《雑誌用短編と弟子(初稿版)》その③(終)
一週間後。
シコルスキ、サヨナ、ユージンの三人は、再びアーデルモーデル宅に呼び出された。
「んじゃ持ち込み行くぞキサマら」
「一人で行けよ」
「そんなことしたら小生死んでまうわ!!」
「ウスバカゲロウ並に儚い生だなテメェはよ!!」
「あれからまだ一週間しか経っていませんが、まさかもう小説を書き上げたと言うのですか?」
驚きつつ事実確認をするシコルスキ。
アーデルモーデルはニヤリと笑って首肯した。
「うむ。造作もないことである」
「ニートであるってことを差し引いても……一週間で作るのってすごく早いですよね?」
「ですねえ。一週間で長編小説を一作書き上げることが可能なのかどうかは、実際にワナビになった読者の方にしか分からないと思いますが」
頑張ればやれなくもない――が、別に一週間で仕上げなければならないような逼迫した状況になど、プロでもない限り陥ることは稀である。
アーデルモーデルに焦った様子など微塵もないことから、恐らく純粋に筆が早いのだろう。
「ったく……。別に持ち込みに付いていってもいいけど、小説の下読みとかしなくていいのか?」
「キサマら素人風情が、小生の作品についてどうこう物言い出来ると思っているのか?」
「心根は最早プロである、というわけですか」
「読者って素人風情そのものなんですけど……。まあいっか……」
サヨナはアーデルモーデルに興味が薄いので、もう途中でどうでもよくなっていた。
というわけで、一行はブリッツ文庫の出張編集部へと赴く――
*
「どうも。ブリッツ文庫編集部、A級編集部員の《ナンア》です。今日は持ち込みありがとう」
「同じくブリッツ文庫編集部、A級編集部員の《トゥッティ》です! 宜しくどうぞー」
「ア、アアア、アアアア……」
作家になりたい者は掃いて捨てるほど居るのか、ブリッツ文庫の出張編集部は大盛況であった。
シコルスキ達は並んで順番を待ち、そうして迎え入れてくれたのは、どこか怪しげな二人の男――ナンアとトゥッティと名乗っている。
始める前からアーデルモーデルはポンコツ化しているので、ユージンが代わりに返事をした。
「コイツの名前アーデルモーデルって言うんですけど、どうにか作家にしてもらえませんかね?」
「あれ? 四人で応募したいとかじゃないの?」
「極稀に連名の作家志望さんとかも居るんですよ!」
「いえ、我々はそのようなCLAMP的集団ではありませんので。作家志望は彼だけです」
「ふーん、そうなんだ」
「なるほどですねー」
(先生のボケにツッコミしてくれない……)
サヨナが心中で師の軽いボケへ触れておいた。
どうやら出張編集部の二人はボケに対して関心が薄いのか、ツッコミ感度がザルのようだ。
「おい、アデル! 作品出せ!」
「ア、ア、エト、ドッチニ?」
「知らねーよ! 偉そうな方に渡せ!」
「ではこちらのサッカーが強そうな方ではなく、あちらのラグビーが強そうな方で良いのでは?」
「「…………」」
「南アとトッティじゃねえか! ぐらい言ってくれても良いんじゃないですか……?」
やんわりとサヨナが要望を出したが、編集部員の二人はガン無視した。
(お前ら作家志望者の低俗なノリには乗らねえぞ、みたいな鉄の意志を感じる……)
こちらをまるで別の生き物と認識しているのだろうか。
畜産物とコミュニケーションを取るのは無意味である、と思っているのかもしれない――
危うい手付きで、ナンアへとアーデルモーデルは原稿を手渡した。
「えー、タイトルは『スキルゼロで最弱のわたし、最強チートだけど性格最低の賢勇者様へ弟子入りして成り上がる!』と」
「すげえタイトル付けてんなお前!!」
「あったかもしれなかった本作のもう一つの未来のようではありませんか!」
「ア、マア……」
ある意味盛り上がるユージンとシコルスキをよそに、ナンアとトゥッティは渋い顔をしている。サヨナはおずおずと訊ねてみた。
「だ、ダメそうですか?」
「んー、そうねー……。ダメそうって言うか……トゥッティどう思う?」
「ぶっちゃけた話をすると、あまり我々が求めているような作品では無いと思われますね、はい」
「ねー? まあまだ読んでないけどね?」
「しかしタイトルとあらすじで、作品ってもう大体八割ぐらいが分かってしまうものですので、ええ」
「けど俺の口から言うのはちょっとなぁ……。トゥッティの方から優しく言ってあげてよ」
「あ、はい、了解です。えー、この作品ですが――」
何やらこちらを置いてけぼりにするやり取りを繰り返しながら、ナンアに促されたトゥッティが優しく微笑んだ。ビクゥ! とアーデルモーデルの身体が跳ねる。
「――ウンコ!」
「優しく言ってあげろや!!」
「ド直球の極みじゃないですか!!」
「いやこれでも優しく言ってあげた方だからね?」
「業界的には褒め言葉の可能性すらありますよ?」
「フンコロガシ業界以外でウンコは褒め言葉にはなんねえよ!!」
「罵倒をするにしても、せめてアーデルモーデルくんの作品を全て読んでからにして頂きたい!」
親友の作品が読むまでもなく排泄物扱いされたので、流石のシコルスキもムッとしている。(アーデルモーデルはショックで気絶した)
が、編集部員の二人は「ああ」と、思い出したかのように頷いた。
「そう言えばまだ言ってなかったっけ? 俺とトゥッティってA級編集部員なんだけどね?」
「これって何を根拠にそうなるかってご存知です?」
「知らんけど……」
「編集部員にはS級~E級までランクがあってですね、当然S級が一番上なんですが……」
「再起不能になるほどブッ潰した作家の数でこのランク上がってくんだよね」
「私とナンアさんはそれぞれ100人以上の作家さんを叩き潰して来ましたので……」
「作家志望者も余裕で潰しちゃうよ?」
「討ち取った首級の数で昇進するシステム!?」
「幽白の妖怪かテメェらは!?」
どうやらブリッツ文庫は非常に独特なランクアップ方式を採用しているらしい。
むむむ、とシコルスキが唸った。
「しかし……それは人権侵害では?」
「でも作家志望者もそうだけど、作家って生き物はすぐに増長するしね。トゥッティ今契約書ある? あったら彼らに見せたげてよ」
「はい、これですね」
「これウチで本を出す前にサインしてもらう契約書なんだけどさ、その中の条項の一つに『基本的人権の放棄に対する同意』ってのがあるから」
「作品をウンコ呼ばわりされたぐらいでショックを受けていると、この世界ではやっていけないかと思われますねー……」
「お前らカイジの世界からやって来たの!?」
「いやカイジでもそこまでやってないですよ!!」
「今我々は出版業界の闇に触れている、というわけですか……」
正確に言うと作家志望者のアーデルモーデルは契約書にサインしていないので、基本的人権は保障されているはずなのだが、まあ細かいこと気にしてたら作家になんてなれないからね? 多少はね? 的なノリで心を砕かれたようだ。
この業界の危険性を説きたいのか、ナンアとトゥッティの話はまだ続いている。
「これウチで飼ってる畜しょぅ……えー、作家の一頭の話なんだけどね?」
「ほぼ言い終わりかけてんぞ!!」
「もう牛とか豚みたいな数え方してますけど!?」
「ほらトゥッティ、アイツの話したげようよ」
「了解でーす。名前は仮に、有象無象の中の一頭だから、有象ってお名前の作家さんなんですけども」
「仮名になってねえなあ!? 本名だなあ!?」
「この有象ってカスがまあ使えなくてさー。文句は多いわ出す作品はつまんねえわ売れねえわでもう……生かしてても仕方ないしコイツの一族郎党を血祭りに上げようか真剣に編集会議で会議したんだけど」
「敵組織の幹部会でも一族郎党血祭りは中々会議でなされない議題ですよ!! 大体武闘派の最初に倒される幹部ぐらいしか言わないですよ!!」
「で、血祭りにしたんですけれどもね。その時海に沈められる間際の有象さんが、とても恐ろしいことを我々に言って来たので……」
「俺はお前らの方が恐ろしいけど?」
「海が汚れるので有象を沈めてはいけませんねえ」
「そういう問題じゃないですよ先生!!」
「何だっけ? 『私みたいなカス作家でも一つの命、蔑ろにしていい理由は存在しない! いつか貴様らブリッツ文庫編集部に天罰が下るぞ!!』だっけ?」
「要約すると『クソが!』みたいなアレですねー」
「しっかり覚えてんのに何故か要約されたぞ……」
「いやー、でもアイツの考えたギャグの中で一番面白かったセリフだと俺は思うな」
「命が懸かったセリフですから。私も笑いました」
ハハハハハ……と、ナンアとトゥッティが思い出話に花を咲かせて爆笑している。
きっと地獄に居る有象もそれを見て微笑んでいることだろう。
が、一方で話を聞かされた三人は気が気でない。
コイツらは狂っている――否、この業界が狂っているのだろうか。
「ていうかヤの付く職業と何ら変わりないですよこの人達!!」
ほぼ答えみたいなものをサヨナが言ってしまった。
「いや編集はヤクザじゃないからね?」
「一緒にされるのはちょっとっすね」
「確かに有象を消したところで罪に問われるかは微妙なラインではありますが……うーむ」
「カス作家は法の下の平等すら蔑ろにされんのかよ」
「でさ、どうする? それでも読めって言うならそこのキノコ型の彼の作品読むし、何なら作家にしてあげてもいいけど? 丁度一人分の枠空いてるし」
「二分間待つので決めて頂ければとー」
「ムスカより一分ケチった……!!」
アーデルモーデルは気絶しているので何も聞いてないだろうが、シコルスキ達はナンアとトゥッティの話を聞いて、作家業及び出版業界というものが恐ろしく過酷な世界であることを知ってしまった。
少なくともアーデルモーデルが思い描いているような、甘いイメージというものは一切存在しないようである。
「アデルが耐えられる世界とは思えんな……」
「僕もそう思いますねえ。アーデルモーデルくんはああ見えて自分の作品に対してこだわりが強いですし。自己顕示欲だけは魔人ブウ級ですが、メンタルの強さに関してはカメハウスの亀以下ですから」
「ていうかこのブリッツ文庫自体が、わたし的に死ぬほどヤバい組織な気がするんですけど……」
「二分経過」
トゥッティが冷酷に告げる。
作家側の締め切り破りは決して許さない、冷徹なるタイムキーパーの側面が現れているようである。
三人を代表して、シコルスキが返答した。
「帰りまーす」
「あ、そう。じゃあまたの機会に」
「お疲れ様でした」
「じ、事務的……!」
「怖いわこいつら……」
気絶したままのアーデルモーデルをユージンが背負う。
シコルスキは一礼し、サヨナはアーデルモーデルの原稿を返してもらおうとした。
が――
「いや返さないよ?」
「最近冷え込んでますから。後で応募原稿をまとめて燃やすのが楽しみなんですよ」
「ワナビの血と汗と涙の結晶で暖を取るな!!」
「サヨナくん! 帰りますよ!」
こうして、闇ばかりが漏れ出る出張編集部は終わりを告げようとしたのだが、退散する三人の背中に向けて、ナンアとトゥッティが揃って声を掛けた。
「「次は『電撃』持ってこい!」」
「うっせえわ!! ナロ村に駆逐されろお前ら!!」
叫び返すユージンに対し、ナンアとトゥッティが笑顔で両手の中指を立てた――
*
「……はっ! こ、ここはどこであるか!?」
「お前の部屋」
「え……? あ、夢であるか。何か編集部の男二人に、小生の作品をフンコロガシが転がしがちな物体扱いされた悪夢を見てしまってな……」
「自分の作品にはとことん甘いですね……」
「夢ではありませんよ、アーデルモーデルくん。そのウンコは本物のウンコです」
「!?」
「いやウンコは比喩表現だから本物じゃねえよ」
とはいうものの、流石にアーデルモーデルも事実確認が出来たのか、どこか悲しげな顔をしている。そして、キョロキョロと周囲を見回し始めた。
「あれ? おい小娘、小生の原稿は?」
「今頃は多分、人を温もりで包んでます」
「感動して読者を泣かせてしまった的な……!?」
「そーですね」
サヨナが言葉を選んだ結果、アーデルモーデルが妙な勘違いをしてしまった。
が、まあこれでいいだろう。流石にちょっとサヨナもこのキノコに対して今だけは優しくなっていた。
「アーデルモーデルくん。今回は残念ながら、ブリッツ文庫とは縁がありませんでした」
「……そのようであるな」
「どうすんだよ。もう諦めて他の職探そうぜ?」
やんわりと軌道修正するユージン。
作家業は危険過ぎるが故の配慮である。が、アーデルモーデルは不遜な表情で首を横に振った。
「甘いな、ライエンドよ。小生は一度や二度の失敗ではへこたれん男だ」
「余計なところだけ強靭……」
「ダチにへこたれろやって本気で思う時が来るとは」
「挫けないのも一概に良いとは言えませんねえ」
「それに、小生にはまだまだ武器がある」
「え」
そう言って、アーデルモーデルは部屋の片隅から、幾つもの原稿用紙の束を取り出した。見るに、その全てが完成済みの小説原稿のようである。
「一週間で長編小説めっちゃ書いたからな」
「すげえなお前!! 真面目に!!」
「妙な発明も出来るし、小説も内容は分かんないですけど生産スピード速いし、この人ってちゃんとした道で生きたら結構凄いんじゃ……?」
「アーデルモーデルくんは意外と多才ですよ。それらの活かし方が絶望的に下手なだけで」
「聞くところによると、出張編集部はブリッツ文庫以外にもまだまだあると言う。即ち小生は――他レーベルから出版するッッ!!」
「それはお前の意見か!? それとも海に沈められた
――他レーベルの編集部の方、何かありましたら是非にお声掛け下さいッッッ!!
「というわけで今回は以上です」
「電撃文庫MAGAZINEに載ったあらゆる短編の中で史上最低のオチじゃないですかこれ!?」
《おしまい》
*
《補足》
ご愛読ありがとうございました。
ブリッツに向かうくだり(つまりこのパート全部)は雑誌掲載版ではカットしています。ページ数の関係で……。
でもオチは雑誌掲載版とあまり変わってないです。
あと余談ですが一切声は掛かっていません(孤独)
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