《クソガキッズメモリアル ~転校生編~ と弟子》その④
『グルルルルルル……』
「…………へ?」
「びょんびゃああああああああああああああォ!!」
大の大人でも簡単に飲み込んでしまうだろう。
大きく開かれた龍の口が、二人に迫る。
ユージンは呆気に取られ、アーデルモーデルは絶叫しながら下半身より小便の滝を作り出した。
「輝き乳首! 超発光!」
『グギャアアアア!』
太陽のごとく、ユージンの二つの乳首が強く輝く。
思わぬ不意打ちで目を潰された龍は怯み、悶えるように叫ぶ。
その隙を逃さず、アーデルモーデルの服を引っ掴んで、ユージンが慌ててシコルスキの元へと走って戻ってきた。
「アーデルモーデルくんを通路の方に!」
「そっから動くなよ、アデル!!」
「すべびゃああああああああああ!!」
来た道である通路に、ユージンがアーデルモーデルを放り投げる。
恐怖でアーデルモーデルは再び漏らし、その勢いですっ飛んでいった。
「水風船かアイツは」
「膀胱内に湧き水でも湧いているのかな? 信じられない量の小便を漏らしているよ」
「祖先にスプリンクラーが居るのかもしれませんねえ」
「どんな家系だよ……って、ふざけてる場合じゃねえ! どうすんだ、おい! 龍だぞアレ!」
「しかもあれは『
「分かりやすいけどよ!! その比喩やめとけ!!」
「この先が目的地なのは間違いないようだけど――そこに向かう侵入者を、あの龍が全て排除するよう命じられているようだ。他の警備が手薄な理由が明らかになったね」
「まあ、龍に勝てる人間など限られていますからねえ。いい判断だと思いますよ」
未だに龍は怯んでいる。
すぐに襲い掛かってくるわけではないようだったが、それでもこのまま大人しく引き下がるとは思えない。
侵入者の排除を命じられているのであれば、逃げたところで追って来るだろう。
つまるところ、シコルスキ達には戦う以外の選択肢が無くなったのである。
(さて……どうするか。流石におれも、龍と正面からやり合った経験はない)
「あれを打ち倒すのは、恐らく僕らでは不可能でしょう」
「え……詰んでんじゃねえか。逃げた方がよくね?」
「追ってきた場合、それこそ詰みです。幸いにして、普段はずっと眠っているのか、今はまだ寝起きのご様子。動きが鈍いようですし、時間さえ稼げれば何とかしますよ」
「……出来るのかい?」
「我々なら大丈夫でしょう」
「時間はどうやって稼ぐんだ」
「それは当然――輝き乳首! 明滅!」
ユージンの乳首光が、一定の間隔でチカチカと点滅する。
落ち着きを取り戻した龍は、グルルと唸りながら、目立つその光に視線を誘導され――一気に襲い掛かる!
『グオアアアアアアアアアアアアアア!!』
「ふざけんじゃねーぞテメェェェーッ!! あああああああああああああああああ!!」
ユージンは龍の噛み付きを、初撃こそ短剣で弾いて防いだものの、続く攻撃はどうすることも出来ずあっという間に飲み込まれてしまった。
「死んだよ、彼」
「いえ、大丈夫です。ほら」
「んぎぉぁああああああああああああああ!!」
気合だけでユージンは龍の牙を引っ掴んで持ち上げ、口蓋が閉じられるのを防いでいた。
「タフだなぁ」
「タフですねえ」
「うるせーッ!! オレが龍のクソになる前にさっさと何とかしろやボケナス共―ッ!!」
これでしばらく時間を稼ぐことは出来るだろう。
シコルスキはナカニダスの方に向き直った。
「先程言った通り、あの龍は寝起きです。倒すことは出来なくとも、再び眠らせることならば可能なはず。僕ときみであの龍に同時に触れ、催眠魔法を打ち込みましょう。二人分の魔法なら、あの巨体でも何とか効くでしょうから」
「簡単に言ってくれるね。龍も馬鹿じゃない。尾だけでこちらを攻撃する気のようだよ」
ナカニダスが少し前進すると、長い龍の尾が機敏に反応し、真横に薙ぎ払われる。
背後へ跳んでそれを難なく避けるものの、これでは近付くのも容易ではない。
「ふぐぎああああああああああああ!! もう保たねーって!! 死ぬぅぅぅぅ!!」
「むしろなぜここまで保っているのかな」
「彼は子ゴリラなので……。とはいえ、君に無理強いはしませんよ。怖いと思ったなら、後ろに居て下さい。僕一人でもウトウトさせるぐらいは可能でしょうし」
「…………」
ここでシコルスキを先行させ、龍の相手をさせている内に、先に進んでしまえばどうか。
ナカニダスはある意味では自分にとって正しい打算を、脳内で弾き出したが――思考とは裏腹に、身体は一歩前へ足を踏み出していた。
「あまりおれを舐めないで欲しいな。誰かの背中で震えて待つなど願い下げさ」
「それは良かった。心強い限りです。では『せーの』で走りましょう」
「必要ないよ」
「腕痺れてきたぁぁぁあああ!!」
勝手にナカニダスがスタートを切ってしまう。
タイミングを合わせて行こうとしたシコルスキだったが、慌てて彼を追った。
巨木を彷彿とさせる尾が、枝よりもしなやかに鞭の如く振るわれる。
一撃でも喰らってしまえば、子供の肉体など粉々になるだろう。
風を切るその音は、死の音と同義であったが、しかし二人の少年は何ら臆さずに躱し続け、龍へと接近する。
「よし――この程度なら何ら問題ない」
「……! ナカニダスくん! 危ない!」
龍の体表を覆う鱗の一部が、ガタガタと音を立てている。
その鱗達はあえて主の身体から剥がれ落ち――肉薄したナカニダスに向けて、勢い良く射出された。
尾の攻撃だけに注意していたナカニダスは、鱗弾への反応が遅れる。
シコルスキはナカニダスに飛び掛かり、そのまま彼を抱きかかえて地面を転がった。
「な――」
「痛てて……。中々器用な龍ですね。しかし連発は出来ない――」
「なぜ――おれを庇った」
ナカニダスの感情が、嵐のようにうねり狂う。
龍に不覚を取ったこと、あのままでは死んでいたこと、その油断をシコルスキに庇われたこと、シコルスキが背中に怪我を負ったこと、その無意味な行為の意味が分からなかったこと――
しかしシコルスキは不思議そうな顔をして、首を傾げるのみだった。
「……? 庇う必要があったからですが? ああ、僕の怪我のことならお気になさらず。背中は切り裂かれてしまいましたが、深手ではないので大丈夫です。それよりも、ユージンくんから声がしなくなりました。もう保ちそうにない――急いで龍へと触れましょう」
(おれは確かに、向こうから見れば行動を共にする仲間に見えるだろう。だがそれでも、数日前に知り合ったばかりの他人だ。そんな他人の為に、損得抜きでどうして動ける? おれを見殺しにしたって、誰もお前を責めはしないのに……)
シコルスキとナカニダスが、龍の岩肌のような身体へと触れる。
そして、同時に催眠魔法を発動した。
――数秒後、もたげていた首が大きな音を立てて、地面へと横たわる。
次いで地響きのようないびきが聞こえてきた。魔法が確実に決まったらしい。
二人の少年は安堵する。
「死ぬかと思った……マジで……。あとコルはぜってえこの後殺すからな……」
半開きになった龍の口から、ユージンがほうほうの体で出てくる。
乳首光の色は赤くなっており、激しく明滅していた。
見るからにピンチだとそういう風に光るらしい。
空気になることによって存在感を消していたアーデルモーデルも、下半身をビチャビチャにしたままの状態で戻ってくる。
三人は彼から一歩距離を置いた。
「ど、どうしてみんなぼくから離れちゃうの?」
「現実と下半身を見つめたら理由が分かると思うぜ?」
「さて、龍はそう簡単には起きないと思いますが、怖いのでさっさと進みましょう」
「…………」
龍を乗り越えて、シコルスキが進んでいく。
その背中の傷を見て、ナカニダスは舌打ちをした。
ユージンは「うっわ」と声を出し、血を見たアーデルモーデルはまた少し漏らす。
<あとがき>
次で終わりです 長かったですね(他人事)
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