《クソガキッズメモリアル ~転校生編~ と弟子》その③
決行日は週末――スプライトが宿直を担当する日である。
宿直をする教師は、夜間に初等部の校舎内を見回り巡回する。
その中に図書室も含まれており、まずはスプライトが図書室の鍵を開けて、中へと入っていったタイミングを狙う。
放課後、家に帰らず夜まで時間を潰したシコルスキ達四人は、すっかり日が沈んだ暗い校舎を背に、作戦の最終確認を行っていた。
「そろそろ宿直担当は図書室を見回りに行く時間です。行きましょうか」
「おい、コル。先生をビビらせて気絶させるのはいいけどよ、結局どうやるんだ」
「ぼくら、まだそこは何も聞いてないよ……?」
スプライトはかなりのビビリであり、特に怖い話などに弱い。
他愛もない適当な噂話ですら、ちゃんと聞くのを忌避する程だ。
その中で、宿直というのは彼女にとって寿命を縮めるような行為に他ならない。
シコルスキはそれを利用し、まずはスプライトを気絶させ、宿直者が持っている鍵束を奪うのが第一関門であるとしている。
が、肝心のビビらせ方については、誰にも何も言っていないのであった。
「普通に襲撃して鍵を奪うのが、一番話が早いだろうに」
「僕らはあくまで、封印されたドスケベ蔵書が見たいだけです。誰かを傷付けたいわけではありません。心配しなくとも、僕にお任せ下さい」
(……甘いな。いや、このくらいの歳の子供なら、そう考えるのが普通なのか)
無理に聞き出してもシコルスキは口を割らないだろう。
それを知っているユージンとアーデルモーデルは、諦めてシコルスキに一任する。
四人は物音を立てないようにして、スプライトが入っていった図書室へ、こっそりと忍び込む。
「はああ……。何で宿直なんてあるんだろ……。中等部からは専任の警邏が居るって話なのに……。来年は中等部に異動願出そうかなぁ……」
ランプで周囲を照らしながら、スプライトは一人で愚痴りつつゆっくり歩いている。
シコルスキ達が図書室に入ってきたことについては、全く気付いていないようだ。
「で……どうすんだ?」
「ユージンくん。まずは服を脱いで下さい。あ、上だけでいいですよ」
「ああ!?」
「仕方ありませんねえ。では下も脱いでいいです」
「下も脱がせろって意味じゃねーよ!! 何考えてんだテメーは!?」
「ひいい! 声が大きいよ!」
「問題ないよ。消音の魔法を使っておいた」
「ナイスフォローです、ナカニダスくん」
ツッコミの音量がデカいユージンだったが、ナカニダスがその音を消したので、スプライトにまでは声が届かなかった。
いきなり服を脱げと言われて、じゃあ脱ぎますと素直に従うやつはそう居ないだろうが――ユージンは何だかんだで上半身裸になった。素直だった。
「脱いだぞ。変なコトするなよ」
「しませんよ――そいっ!」
両手の人差し指を突き出し、シコルスキは瞬時にユージンの乳首を突いた。
さながら秘孔でも突くかのような、鮮やかな手口であった。
「んフあぁ!」
「感じているのかい?」
「誰も得しない場面だよぉ……」
「これで準備は完了ぉおぼぼぼぼ」
殴ると声が出るので、ユージンはシコルスキの首を腕で絞めた。
完全に極まっており、このままではシコルスキは呆気なく死ぬだろう。
反射的にアーデルモーデルがユージンを止める。
「お、落ち着こうよジーライフくんもライエンドくんも……」
(あのまま放っておけば、おれが手を下すでもなく目的達成だったな……)
「次同じことやったらテメーの一族皆殺しにすんぞ!」
「げほ……。僕が言うのもアレですが、その時は手伝いますよ……」
「いらねーよ! まずテメーから殺すからよ!!」
「あまり無駄話する暇は無いんじゃないかい。あの教師、そろそろこっちに戻ってくるけど」
図書室を一周したらしいスプライトが、こちらに向けて歩いている。
まだ気付かれてはないものの、ナカニダスが忠告しなければ、シコルスキとユージンはまだイチャついていただろう。
「じゃあユージンくん、僕の合図と同時に先生の前に飛び出して下さい」
「それだけでいいのか」
「ソレ以上のことを先生にしちゃダメだよ……。まだ……」
(このキノコもどこかズレているな)
「3、2、1……今です!」
息は合っているのか、ユージンが飛び出したタイミングは完璧だった。
「ひいいいい! な、なに!? 誰かそこに居るの!?」
「輝き乳首! 赤!」
シコルスキがそう唱えた瞬間、ユージンの両乳首が真っ赤に発光した。
それはさながら、闇夜に光る獣の眼光のようであり、見ただけでは単に乳首が光っているとは思えないだろう。
「びぇゃああああああああああああああああ!! おばけえええええええええ!!」
「オレの乳首どうなってんだこれ!? 車のテールランプみてーになってんぞ!?」
「玄野が童貞を捨てる場面のようだ」
「残光乳首は偉大なる発明ですからねえ」
「ど、胴体にも顔があるみたいだよ……ガンメンかな?」
「
目論見通り、スプライトは真っ赤に輝くユージンの乳首を見て気絶してしまった。
シコルスキは彼女より鍵束を拝借し、持ってきていた毛布をふぁさっと掛けておく。
「さて、第一関門は無事突破しました。行きましょう」
「待てやオイ! 説明しろ……!!」
「先程きみの乳首を突いた時に、乳首が発光する呪いを掛けておきました。特定の呪文を唱えれば、そのように闇夜を照らす希望の乳首となるのですよ」
「しれっと呪ってんじゃねーよオレを!! ちょっと下向いたら眩しいんだよ!!」
「安心して下さい。大体百年もすれば勝手に呪いは解けますし。まあ逆に言うと、百年経たないと誰にも解呪出来ないのですがね」
「実質生涯呪われたのかオレは!? お前マジこの潜入終わったらボコボコにするからな!!」
(内容はともかく、百年単位で人を呪うのか。笑っているが、簡単なことじゃない)
なお、乳首の発光は時間経過で収まるとのことである。
未だ赤々と輝くユージンの乳首光を背に受け、シコルスキは鍵を使って書庫の扉を開こうとする。
「なあ。もうオレ服着ていいか?」
「いえ、ちょっと待って下さい。暗くて手元が……輝き乳首! 白!」
これでよく見えるようになったので、シコルスキは問題なく書庫の扉を開いた。
「蝋燭やランプよりも明るいね」
「色素変わるんだ……ライエンドくんの乳首……」
「オレの乳首の色そのものが変わるみたいな言い方やめろ」
「そういうわけで、ユージンくんには光源となってもらいます。服はここに放置で」
スプライトの持っていたランプよりも遥かに眩しいユージンの乳首光は、この先の探索において大きな助けとなるだろう。
よって、シコルスキはユージンの服を投げ捨てた。蹴られた。
「ところで――この程度の鍵なら、魔法で簡単に開けると思うんだけどね」
「いえ、恐らく解錠の魔法に反応し、警報魔法が自動発動すると思います。専用の鍵を使って開く、という正しい手順を踏まない限りは」
「なるほどね。とても図書室に仕込むようなモノじゃない、か」
鍵で入ったので何も起こらないものの、それ以外の方法でこの書庫に入った場合、侵入者対策として爆音が鳴る。
そのことを事前に察知していたからこそ、シコルスキはこういう方法を採択したのである。
ナカニダスは小さく「過剰だな」と呟いた。
「……なあ。オレの見間違いか? この図書室の書庫って……こんなに広かったっけ」
書庫へと入った四人だが、ユージンが周囲を乳首光で照らし、ぼそりと感想を呟いた。
――先が見えない程続く、長い長い本棚の列。
真っ暗闇の底無し沼のような天井。
明らかに校舎よりも巨大な空間が、いつの間にやら広がっている。
「しょ、書庫って図書委員になったらたまに入れるって話だけど……。こんな場所だなんて誰も言ってなかったよ……?」
「どうやら、こちらが本来の姿のようですねえ。恐らく、時間帯で繋ぐ空間を切り分けているのでしょう。同じような部屋が僕の家にもありますから」
「昼間は通常の書庫、夜間は『封印』に繋がる書庫――というわけだね」
「あー、お前んちの喋る本がある部屋もこんな感じだったな……。流行ってんの?」
「あれはジーライフくんのおじいちゃんだからこそ作れる部屋なんじゃ……?」
「細かいことは気にしても仕方ないですよ。奥から強い魔力を感じます。そこが目的地ですね」
「これだけの魔力反応を秘匿する程の空間――気を付けた方がいいかもしれないよ」
ユージンが先頭を歩いて、乳首光で道を照らす。
並んでいる本棚が、さながら通路を形成しているものの、本棚に差されている本は全てダミーのようだった。
幾つか分かれ道も存在するが、シコルスキとナカニダスが強い魔力源を感知しているので、迷うこともない。
「魔物の一匹でも出るかと思ったのに、何も出やしねーな。オヤジの短剣パクって来たのによ」
「で、出ないほうがいいよぉ、魔物なんて……」
護身用として、ユージンは父親が使っている短剣を装備している。
時折鞘からそれを抜いては、己の乳首光で刃を照らしていた。
「一応学園内ですからねえ。万が一のことを考えているのでしょう」
「こうやっておれ達に簡単に侵入され、そのまま素直に『宝』を持ち帰られる。そんな間抜けなことが、果たして起こり得るかどうか疑問だけどね」
不穏なことをナカニダスが言うが、それからしばらく四人は探索を続けた。
特に問題も起こらず、どんどん魔力反応のある方に近付いていく。
「ん? 広い場所に出たと思ったら……行き止まりじゃねえか」
「壁があるね……。ジーライフくん、道間違えたの?」
「そんなはずは無いのですがねえ」
代わり映えのしない通路が途切れ、一転して広い場所に出る。
だが、ユージンの乳首光が照らすのは、行く手を真横に遮る真っ黒い壁であった。
「つーか何だこの壁? すっげえゴツゴツしてんな。足引っ掛けて登れそうだけど」
「……あれ? 何か変な音しない?」
ユージンとアーデルモーデルが、壁をペタペタと触って調べている。
すると、地響きに似た音が、書庫内に響き渡った。
シコルスキは周囲を見渡し、ナカニダスが一歩後ろに下がる。
「先に忠告しておくよ。死ぬんじゃないか、あの二人」
「ふむう……これは中々、驚きましたね」
「んん? 生暖かい風が……コル! 余計なことすんな!」
「音が近付いてきているような……」
「ユージンくん! アーデルモーデルくん! 横です、横!」
ユージンが先に横を向いて、それを乳首で照らす。
続いてアーデルモーデルもそちらを向き、生暖かい風と地響きの正体を知った。
人間の頭よりも大きい瞳。
巌のような鱗。
鍾乳洞のような、まばらに、しかし太く鋭く生え揃った口腔内の牙。
人々はその生物を、他の生物と区別する為にこう呼んだ。
『龍』と。
<あとがき>
次かその次ぐらいで終わりです
GW中には終わるでしょう(多分)
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