《脱重版童貞と弟子》


「えー、本日は皆様お集まり頂き、まことにありがとうございます。お日柄もよく、何か催し物を行うには絶好の一日であり、そのような日にこうして皆様と共に祝の盃を交わせるということに、言葉には出来ない素敵な縁というものを感じずにはいられません」


 祝賀会場で、白ワインで満たされたグラスを持ったシコルスキが、壇上に立ってスピーチをしている。


「お集まりって……あれ何かすごい既視感」

「お前入れて三人じゃねえか……っていうツッコミにすげえ既視感」


 だが、この場に居るのはシコルスキとその弟子サヨナ、そしてシコルスキの友人であるユージンのみであった。パーティーと呼ぶには些か人数不足であることは否めないだろう。

 しかし、サヨナとユージンには他に気がかりなことがもう一つある。


「また電撃文庫をディスる感じの催しです?」

「流石は我が弟子、方向性の飲み込みが早い――その通りです」

「飲み込むなそんなもん!! ただの異物誤嚥だよ!!」

「それで、今回は一体何を?」

「フフフ……。聞いて驚かないで下さいよ。最初の単語は、今回も『重』!」

「「!!!???」」


 出版関係において、最初に重がつく単語と言えば一つしかあるまい。全ての作家が欲してやまない、甘美なる響きを持つアレな単語――もう言わずともお分かりだろう。



「賢勇者シコルスキ・ジーライフの大いなる探求第一巻の重版が決定しました★」



「あっ 普通……」

「ボケを差し挟む余地が無かったのか……」


 パァン! ボォン! と、祝砲のクラッカーが会場いっぱいに鳴り響く。

 もうちょっと溜めてから言っても良かったかもしれないが、そういう感じのネタは前回の短編でやってしまったので、もういいじゃないですか(疲弊)

 とはいえ普通におめでたいことである。シコルスキが二人とワイングラスを突き合わせた。


「とうとうこの日が来てしまいましたねえ。いや本当に……長かった!」

「作者の存在含めて一切の期待がなされていなかったクソラノベが、重版っていう何かよくわかんないけどめでたい感じのアレをする――快挙ですよ! 今日はパーッと騒ぎましょうよ!」

「たまにはふざけずに、真面目にこれまでの苦労を偲んでねぎらい合うってのも悪くないな。ハハハ、酒がうめえぜ」


 本来の流れだと恨み節を全方向に吐き出すところだが、今回に限ってはそういう雰囲気でもあるまい。限りなく和やかな空気が三人を包んでいた。

 そうして各々手に持った飲み物を飲み干した頃合いで、シコルスキが悲しげな顔で告げた。







「じゃあ反省会をしますので着席して下さい……」







「なんでや!!!!!!!!!!!!!!!」

「いいじゃないですか今回ぐらいは!! 大人しく喜ぶだけで!!!」

「理由含めてお話しますので、何卒ご着席の程を……」


 シコルスキは葬式における司会進行のオッサンみたいな表情で着席を促す。

 溜め息をつきながらも、仕方なくサヨナとユージンは着席した。


「まずは本作を普段から応援して下さる読者の方へ、この場を借りて心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。このような作品が重版に与れるのは、全て読者の皆様のお力に他なりません。従って、本件について僕の方から一から十まで説明をさせて頂きますので、質問がございましたら挙手にてお願い申し上げます」

「やっぱり語り口が謝罪会見!!」

「今後何かある度に謝罪会見短編をやるつもりなのか……?」


 カメラのフラッシュが怒涛のように輝いている……感じのSEが鳴り響いている。

 シコルスキが深く腰を曲げて一礼した。逆にサヨナは不満げに挙手をする。


「ではそこの胸板が上級者向けゲレンデの方」

「滑落しそうとでも言いたいんですか!? えーっと、そもそもの話、重版したのは喜ぶべきことだと思うので、こんな謝罪会見形式でやること自体がおかしいと思うんですけど。っていうか同じようなことを前回のこのラノ短編の時も質問させてもらいましたけど」


「そうでしたっけ? フフフ」


「ガソリン値下げ隊に因んだ太田和美元衆議院議員の発言なんてもう誰も覚えてねえよ!!」

「政治系のネタは文庫版じゃやらないからツッコミ解説が丁寧……!!」


「えー、確かに、重版とは本来喜ぶべきことであり、謝罪会見を行うのは一見すると不可思議かもしれません。そう、これは本作なりの照れ隠しではないのか、と」


「……質問いいか」

「ではそこのサルノリ最終進化形態の方」

「ゴリラじゃねーか!! ……いや、もう普通に照れ隠しだろ。こんなことやっておきながら、本当は心の底から喜び、そして電撃文庫へ感謝の気持ちが溢れているのが隠しきれてねえぜ?」


 若干ニヤつきながら、ユージンが煽るようにして質問をする。

 それを受けたシコルスキは、用意されていた水差しより飲み水を一口含んで、目を伏せた。

 やがて絞り出すような声で、一言だけ返す。


「……殺す……!!」


「図星!!?」

「当たってんなら素直に喜んだらいいだろうが!! もう意地張って突っ張らなくてもいいんだよ!! 重版で喜んでる普通のラノベ作家的な反応をすればそれで充分なんだよ!!」

「それは質疑と判断してもよろしいですか」

「面倒臭え上にネタの使い回しが腹立つわ……!! ならいいよそれで」


「回答は控えさせて頂きます」


「死なすぞ!!!」

「短編作る暇が無かったからって突貫工事過ぎますよ今回……使い回し含めて……」


「普通に喜んだらそんなの……普通の小説ではありませんか」


「だから普通の小説であろうぜそこは!?」

「無理に尖ろうとしないでください!! クルトガじゃないんだから!!」

「丸みを帯びて良いのは女性のお尻だけなので……」

「上手いこと言うな!! あんま上手くねェしよ!!」


 本来は丁寧に感謝の意を述べて喜びを表現すべきだろう。

 だが本作は悲しい定めを背負って生まれた、ライトノベル業界における過活動膀胱(心因性)である。

 だから……やっぱ殴る……!! 電撃文庫編集部を……っ!!


「元を正せば、年明け早々に重版するという連絡は頂いていたのです」


「え? そうなんですか?」

「じゃあなんで発表が一月中旬になってんだよ」


「後から『やっぱ重版の件は待ってね』って言われたので……」


「おあずけ食らったんですね」

「意味もなく疑心暗鬼になるわけじゃないんだな……」


「どこまで我々の心を弄ぶんだこのドグサレうんこ編集部が、そんなんだから異世界転生ブームにちゃんと乗れねえんだよスットコドッコイレーベルめ――というジョークを交えつつも、煮え切らない態度でこちらをスカして見てくる彼らに辟易した結果、まあそれ含めて絶対趣味短編でブン殴ってやるからなドグサレうんこ編集部が……となった次第です」


「ジョーク……?」

「本音だろうが!」


 果たして重版連絡を受けてここまで攻撃的な作家がこれまで居ただろうか? 居ない(反語)


「それに重版はめでたいとはいえ、そこまでたくさん刷るわけでもないですからね。あくまで二巻発売にあわせた……と見せかけた、いわゆる吊り下げられたニンジンであると僕は睨んでいます」

「言わなくていいことを全部この短編で言うのか……」

「吊り下げられたニンジンってどういうことですか?」


「重版したんだから三巻やれという口実です」


「やりゃいいだろうが!!」

「薄々感じてましたけど三巻やりたくないんですか!?」

「あまり……」

「素直!!」


 訂正しておくと、別に三巻の話とかは現状一切出ていないぞ!(2020年1/18現在)


「やるにしろやらないにしろ、結局のところ話し合って決めますが、別にそういう話があるわけでもないですからねえ。スタートラインすら引かれていないのが現実なのですよ」

「でもそれはスタートラインさえ引かれればやるってことですよね?」

「あまり……」

「やれや!!!!!」

「二巻で終わらせたので……」


 本作は誰からも期待されていない状態でスタートし、何かある度に『思っていたよりも戦果を上げたけど評価するには微妙』という位置付けを常に保っている。

 こんな感じでマーケティングして売っていこう! 的な計画性は一切存在せず、従って『ハイじゃあ次で終わりね お疲れ様でした(ワラ』と、こんな感じで毎回企画が終わっているのである。


「結論を述べると、やれって言われたら最初からそう企画しろとイライラしますし、やるなって言われたらそれはそれでイライラするので、最早電撃文庫編集部との対立は避けられません」


「ちょっと我慢すれば避けられる気がしますけど!?」

「っつーか売れてもない腐れ作家が優遇されると思ってる方がおかしいんだよ」

「その通りです。売れてないのと腐れまでは事実ですが、作家という部分は虚飾ですがね」

「モグリで電撃文庫から出版出来んのか!?」

「袖の下次第では……」

「もう電撃文庫編集部はどれだけボロクソに言っても良いとか思ってませんか? 定期的に本気で怒るじゃないですかあの人達」


 そう目くじらを立てないでほしい――

 それはともかく、シコルスキはもう一度居住まいを正した。


「どれだけ頑張っても……認めてくれないことがあります。本作は電撃文庫編集部にとって廃棄物に近い存在なので、きっと一度の重版や世間の評判など無価値とされるでしょう」


「……やっぱり悲しい……」

「今からでも遅くねえからもう適当に媚び売って誤魔化そうぜ?」


「なのでそんな恥垢……ゴホン、チンカスである電撃文庫編集部を見返すには一つしかありません」


「俗語で言い直すな!!!!」

「調子に乗るなよって恫喝されますよ!!」


 席から立ち上がって、シコルスキは深く頭を下げた。

 その姿はまさに悲壮そのものであり、一種の覚悟すら漂っている――



「本屋さんに現れるであろう本作一巻重版分を見かけたら保護してあげて下さい……! そして結局本作の二巻は多く刷られないので、やっぱりそれも来月保護してあげないと、早々に種の絶滅が予見されています……!!」



「まーたいつものやつ!!!」

「こういう話を大体各所で四、五回ぐらいやったら重版かかったから社会実験の成果として報告しとくか」

「そういうわけで会見はここで打ち切らせてもらいます   あっ! 本作打ち切りと掛けた洒落ではありませんが、基本的には二巻打ち切りの状態に変化はありません」

「どういう位置に持っていきたいんですかねこの作品を……?」




「使い回しが酷すぎるわ今回の短編」

「仕方がないでしょう。先述の通り、重版が掛かると思いきやストップが出て、そして許可がまた出たのがほんの数日前なのです」

「書く時間がなかった、ってことですよね?」


「いえ、田中さんがメインとなる短編を今作っているので――」※近日公開


「前作への愛が強い!!!!!」

「編集部からも見放されてるのに作者からも愛されないこの作品ってもう一体何なんだよ!!!」




《終》



















<作者注>

こんなことを書いていますが実際はとても喜んでいます(ここも使い回し)

皆様の応援のお陰で、本当に重版しました。ありがとうございます!


ただ、作中でもそうあるように、重版が掛かったからと言って今の攻撃的な姿勢はほとんど変わりません。

賢勇者という作品がある限り、電撃文庫そのものには牙を剥き続ける所存です。ご安心下さい。

そこまでして抵抗する意味があるのか? と思われるかもしれませんが、笑いとは抑圧と反発から生まれるというのも事実であり、個人的には必要経費なのだと考えています。

だから電撃文庫さん側も私からの攻撃は必要経費だと判断してね(最低)


そして様々な方々より煽られている続刊についてですが、やっぱりこれも作中にあるように本当に未定です。

やる、やらないの判断は私ではなく担当側が行いますので、私の口からは(今の状況を鑑みるに)「続きはないです」としか言えません。

ですが、やはりそれも、読者の方の応援で変わっていくものなのだと思います。そもそも二巻もそうでしたからね……。

なので皆様も、電撃文庫編集部の方にもっと賢勇者を厚遇してやれっていうお便りはやっぱ定期的に送り付けてあげて下さい(超煽動)


とはいえ……来月出る二巻をもって完結という方向性は変わりません。

向こう十年はこの手のハチャメチャ系ギャグラノベにおいて、賢勇者という作品がこれからギャグラノベを書く方々の壁として真っ先に立ち塞がるくらい、全力で面白く仕上げました。

手前味噌ながら、一巻を超える出来であると自負しています。そこそこ綺麗にも終わります。

それを皆様が読んだ上で、「まだまだ賢勇者を読みたい」と思って頂けるのであれば、それに越したことはありません。

あるいは、「終わったしもう充分だ」と思われるかもしれません。

いずれにせよ、三巻がどうなるかというのは二巻の数字に掛かっています。

生々しいですね><


この賢勇者という作品は、私というミソッカス作家にとって色々な変化を引き起こした、そういう意味では思い入れがある作品となりつつあります。

初めての続刊、初めての重版と来ているので、初めての三巻到達という夢を見せてくれるのでしょうか?

私もどうなるか全く分からないので、もう自分語りはここまでにします(罪悪感)


では改めて、全ての方にこの場を借りてもう一度感謝の言葉を述べたいと思います。

本当にありがとうございました!!

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