第12話:僕らの歩む道
これが真相だ。
あの日、陶子は松山百の隣で、読んだり書いたりのフリをしていただけだった。
わざわざ哲学書なんて難しい題材を選んだわけ。
何でも良かったから。
どの本を手にしたところで、書く内容はあらかじめ決まっていた。
「どうして、こんなものを書いたんだ」
「……小説も、哲学も、エッセイも、絵本も、全部一緒。ただの傲慢な思想の押し付けよ。こんなもの書けるはずがないじゃない」
「違うな。なにも、読書感想文は人生で初めてってわけじゃなかっただろ? 妄想でもねつ造でも、書こうと思えばいくらでも書けたはずなんだ」
「それは……」
「代わりに本当のことを答えてやろうか?」
「……」
このまま提出しようものなら、指導熱心と噂の尾張教師なら怒髪天を衝くのは確実だ。陶子だってそれを知らないはずがない。
ならばなぜ、こんなものを作成したのか。
松山百を家におびき寄せるための下準備? だったら最初から今日、一緒に書けばよかったのだ。それに殺しが成功したとして、対外的には「事故死」という扱いになる。警察から事情聴取くらいは受けるだろうし、学校側も対応に追われる。宿題ごときに構っている暇はない。
「松山百と一緒なら、補習になっても構わないと思ったんだろ?」
答えは明瞭だ。確かに陶子は、明確な殺意を持っていた。でも、陶子の心にあったのは殺意だけじゃなかった。
一人なら辛いだけの現実でも、二人なら楽しい世界に変わることもある。
人生が苦しいままでも、悲しいままでも、悔しいままでも。
それだけじゃない。
痛いだけじゃない。
陶子だってきっと気づきはじめている。最初は殺すという目的のために近づいた松山百と接しているうちに、人の温もりを、居心地の良さを知ってしまった。それは誰でも良かったわけじゃない。無邪気で真っ直ぐな、松山百だからこそ抱くことができた感情だ。
でも陶子にとってそれは初めての経験で、どうすればいいのかわからないのだ。
なあ陶子、心配はいらないよ。
人間は初めてのことには戸惑ってしまう生き物だ。そしてその「初めて」を積み重ねていくのが人生なんだ。最初の一歩を踏み出すことが怖いなんて自然なことだから、どうか拒絶しないでくれ。進む道は横じゃなく、前にあるんだ。
それは僕も同じことだ。
「なあ、陶子」
「なに」
これまで僕は、陶子を十メートル後ろから見守っていた。見守っていたつもりだった。
でも壁は常に前にあって、ぶち当たるのはいつも陶子の方なんだ。僕は陶子を盾にして、自分は安全圏からただ傍観していた。壁にぶつかる痛みを学んだ陶子は、前に進むのを止めた。自分で自分の身を守るため、横に道を開き、歩きながらも、ずっと先には進めずにいた。
兄妹なのに、家族を言い訳にして、別々の道を歩んできた。
そろそろ、交わってもいい頃じゃないか。独力がもう手詰まりなのは、互いに十分理解しているはずだ。
「僕が大学に入ったら、一緒に暮らそう」
「え?」
「僕は一年間勉強を頑張って、奨学金返済不要の大きな大学に入る。大学提携の安いアパートに入居する。アルバイトもして、最低限の生活費は稼ぐ。それにあの能天気な父親のことだ。僕が家を出るって宣言したら、自立の第一歩とか言って、喜んでお金を出してくれるさ。だから、二人で暮らそう」
一緒にいよう。
それでやっぱり駄目だったら、その時にまた考えよう。
それぐらい軽々しく、ずうずうしく生きてみよう。
周りにも親にも振り回されず、兄妹の絆に縛られてみよう。
「私が耐えられなくなったら、その時は兄さん、死んじゃうよ」
そう答えて、陶子は笑った。
「最愛の妹に殺されるなら本望だよ」
そう答えて、僕も笑った。
二重螺旋と、愛。 及川 輝新 @oikawa01
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