第20話 おばあちゃんは何でもお見通し

 亮太に実家の話をしたら、車で行く事になった。

 田舎は公共機関の数も少ないので車なら日帰りも可能だ。

 朝の8時半、朝礼と引き継ぎを終え駅を出た。今日は駅前で待っていてくれるらしい。


 ロータリーの近くまで来ると、退院以来見てないかった彼の車が近づいてきた。窓を開け「お疲れ」と言う亮太はサマになる。


(今日は一段と爽やか青年だね。お祖母ちゃん対策だったりして?)


「余計なこと考えるなよ」

「えっ、また聞こえた?」

「いや。……なんか、言ったのか」

「言ってません!」


 いつもと変わらぬやり取りをして高速道路に乗った。天気も良くドライブ日和、運転する亮太もご機嫌だ。……たぶん。

 亮太はサングラスをかけているので表情がいまいち読めない。その分余計にドキドキしてしまう自分に苦笑しつつ、助手席を堪能していた。



 二時間半のドライブが終わり、田舎の国道を走り懐かしき我が家へ帰って来た。

 父が死ぬ前に新築した家は二階建ての現代建築で、今はおばあちゃんが一人で住んでいる。

 足腰が弱ったおばあちゃんは、ほぼ一階でしか生活をしていないけど。


「ただいまぁー」

「お帰り。よく来てくれたね。さあ、お入り」

「初めまして、伏見亮太と申します」

「おや、想像よりもいい男だね」

「おばあちゃん!」


 おばあちゃんは、穏やかな顔を亮太に向け、私にはどこか悪戯っぽい表情を向けた。

 お茶目なおばあちゃんだ。これで今年八十歳を迎えるのだから信じられない。


「ああそうだ。お茶の葉を切らしてて頼んだのがまだ来てないんだ。奏、取って来てくれるかい?」

「そうなの? 分かった、駅前の商店だよね。亮太、車貸して。すぐ戻るから」

「え、俺が行くよ」

「大丈夫だよ亮太さん。こう見えてもこの子は田舎っ子だからね。十八の時から運転してるから」

「そうなの。田舎は車が必須だから。じゃあ、後で」


 私は急いで家を飛び出した。あの二人の対決を見ないわけにはいかないから。





 ◇◇




 奏がお茶の葉を取りに行くといって、家を飛び出してからすぐにお茶が出された。

 どういう事だ。おばあさんは何もなかったように俺の前に座りなおした。


(ボケてはいなようだけど……)


「くっ、くっ、くっ。亮太さんも正直な人のようだね。私はまだボケちゃいないよ」

「ええっ」

「奏からは何も聞いてないだろうから先に話しておこうかね。私はね子供のころから霊感が強くてね。聞きたくない事、見たくない物、知りたくない事が勝手に脳に入ってくる体質だった。それが可哀想な事に孫の奏に遺伝してしまったようでね。実の子に出なかったから安心していたんだけど、隔世遺伝ってのを忘れていたよ」

「そう、ですか」

「私の方が霊感が強いんだけどね、どんなに強くても役には立たないもんだ」

「それは、どういう事でしょうか」

「あの子の両親を助けることが出来なかったからだよ」


 おばあさんは奏が戻る前に俺に全てを話すつもりだ。恐らくおばあさんは俺の能力に気付いている。

 だから俺みたいな若者にも真剣に向き合ってくれているんだ。

 普通だったら霊感なんて信じるわけがないからな。


 奏が高校生の時、父親は単身赴任で家を離れていた。母親は時々、父親のもとに通い世話をしていたらしい。

 ある日、父親の同僚の息子の結婚式がありそれに夫婦で出席することになっていた。

 母親が出発する前日、おばあさんは二人に死が迫っている事を知る。忠告をしたが、霊感など全くない奏の母親は気に留めることなく行ってしまった。


「その時、奏も気付いたようで、結婚式には行くなと母親に言ったんだけどね。次の日の昼過ぎに警察から電話があって、二人とも死んだって」

「死因はっ」

「出血性ショック死だって。式場に無関係な男が刃物を振り回しながら入ってきて、手当たり次第に刺したそうだよ。よくあるだろ? 誰でもよかったから人を殺してみたかったって。あれだよ」

「そんな……」

「その日の晩、奏は見たんだよ。その壮絶な場面を夢の中で。娘を置いて先立つ二人の想いが強かったんだろうね。それ以来あの子は変わった。自分に助けられる可能性がある人は絶対に救うんだって」

「それで、あんなに一生懸命ホームを走っていたんですね」


 俺が唯一、見る事の出来なかった奏が過去に体験した記憶、それは両親の死。

 おばあさんは一呼吸おいて、ゆっくりとお茶を口に含んだ。


「亮太さん。あなた、家族は居ないね」

「はい。お察しの通り、俺には家族と呼べる者が居ません。孤児院で育ちましたので」

「亮太さんなら奏の事を護ってやれるだろ?」

「はい。俺は彼女を全力で護ります。彼女と一緒に幸せになりたいんです」

「それは安心だ。あなたは能力を制御できるようだから。あの子に教えてやって欲しいくらいだ。無鉄砲なところがあってね、全く私の話を聞かなくて困るんだよ」


 そう言っておばあさんは優しく笑った。

 俺はまだ自身の生い立ちを奏に語ったことがない。隠しているつもりはないが、機会を見つけられないでいたんだ。彼女の前だと、どうしても強がってしまう。


「それにしても、二人とも頑固だね。もう少し素直になるといいんだけどね」

「そ、それは自分でも分かっているのですが」

「いいよ、いいよ。だから合うのかもしれないからね。これで私も安心してあの世に行ける」

「行かないで下さい。彼女が、奏が寂しがります」

「そうかい?」


 おばあさんの顔や手には当たり前だけどたくさんの皺があった。

 この人もきっと、たくさん苦労をしてきたんだろう。俺なんかよりたくさん。


「ただいまー! お待たせっ。って! 飲んでるじゃない、お茶!」

「そりゃ、一杯くらいは出せる程度は残しておいたさ。お客さんが来るって分かってたんだから」

「もうぅ」


 奏はおばあさんの笑顔に支えられて来たんだろう。それを俺が引き継ぐよ。

 俺、家族の繋がりとか、家族愛とかよく分からないんだ。でも、奏が悲しい時や苦しい時は傍に居てやりたいって思う。そして俺が持って生まれたこの能力はきっとおまえを癒してやれるはずだから。


「奏、さっさと結婚したらいいじゃないか。ばあちゃんもそう長くは待ってられないよ」

「おばっ!」

「あらまぁ、真っ赤だねぇ。羨ましいねぇ」

(勝てねえな、黙るに限る)

「あ、今晩は泊まって行きなよ。高速道路、止まるからね」

「えっ、どういうこと」

「勘だよ、勘」


 その日の夕方、雨が強く降り、濃霧を理由に高速道路は通行止めになった。


(おばあさんの霊感は半端じゃないな。それにしても奏って中途半端で、可愛いヤツ)


「なんか言った?」

「いや」


 おばあさんの近くに居ると感覚が研ぎ澄まされるのか、奏から溢れる波動は強かった。


「二階の部屋、使いなさい」

「はーい」


(久々に他人ひとん家に泊まるな。それも、悪くない)


 この家に、不思議と心地の良さを感じた。

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