第32話 反省と誘惑。そして誤解
(はっ? なんでだ……。俺、外さなかったのか?)
疲労困憊で、不覚にも奏に抱きついたまま寝てしまったのは覚えている。だけどその前はどうだったか。
(俺、手錠外したよな?)
「なんでまだ繋がってんの?」
重い金属音が鳴る。ふと横を見ると、気持ち良さそうに奏が眠っていた。真っ直ぐに家に帰らずに、公園でぼんやり過ごすとか、職をなくしたお父さんみたいだったんだよな。
「俺がそうさせちゃったんだよな」
「んん……んー」
「くくっ。相変わらず眠りが深くて羨ましいよ」
(やべえ、俺、仕事中だったわ)
職務放棄して奏を探して、挙句に手錠で縛って閉じ込めたなんて知れたら首だな。
「はぁぁ」
俺は今、絶賛反省中だ。
猛烈に後悔している。
しかも、奏に弱みを握られた。
終わった。
『私の彼こういうプレイが好きなのって、言っちゃうからね』
(うわぁぁっ! 拘束プレイとか、変態だろー)
「んふふっ。亮太、何やってるの」
「うわっ! か、奏っ」
「何それ、めちゃくちゃ焦ってる。ふふっ、面白い」
「ぅ、ってかさ! コレ、俺外さなかったか?」
ジャリッと音を立てる俺の仕事道具。とは言えこれを使ったのは犯人じゃなく奏が初めてだ。
手を上げて手錠を指差したら、奏がぽっと頬を赤く染めた。
(えぇっ! なんだよその反応。まさか俺、コレ繋いだままやっちまったとか⁉︎)
「これね、また嵌めたの」
「は?」
「亮太が眠っちゃってさ、ちょっと寂しく……」
自分で嵌めたのって、俺と離れたくなかったからという理由らしい。
(ちょっと寂しくてって、おいっ! 奏ってこんなキャラだったのか⁉︎ 可愛いすぎるんだけど!)
「なあ、そんなに俺とくっ付いていたかったのか」
「うん。だって、亮太、モテるんだもん」
「モテねえし」
「亮ちゃんって呼ばれてたし」
「いや、だってそれはっ」
「私の知らない亮太がいるって思うと、胸が苦しくて」
(苦しいって……。これはもう、アレだろ。俺が慰めてやらないとだろ)
「それで俺が逃げないようにまた、手錠かけたんだ」
「うん」
「っ、おまっ」
「えっ! や、わっ」
俺は我慢できなくなって、起き上がった奏を押し倒した。こいつ、普段はツンツン捻くれてて、ああ言えばこう言う女なのに。
(狡いだろ、急にデレやがってさ!)
「奏。俺おまえから離れたりしないって。家に帰って来れない日もあるけど、俺絶対に帰ってくるって言っただろ?」
「ん、そうだけど。あん、ちょ、ちょっとそれ、きゃん」
首に顔を埋めて、そこでわざと唇が触れるか触れないかの位置で喋ってやった。奏は擽ったがりで、敏感なんだよ。それ、この間知ったんだけどな。
「なんだよ。嫌がんなって」
「ひぃやっ! っあ」
「おい、かーなーでー」
「や、今、舐めたでしょ」
「逃げても駄目だぞ。みてみろ、ほら」
ジャリ……
手錠で繋がってるから、逃げられないんだよ。
「アレだな。奏の方がこういうプレイが好きなんだな。そうだろ」
「えっ、まさかっ。私そんな変ったっ、ああん! もうっ」
「ん?」
顔を上げて奏の顔を見た。
(ヤベ……思わず生唾飲んじゃったし。すげぇ色っぽい顔してんだよ)
じっと顔を見ていたら、ジタバタ暴れていた奏が大人しくなった。 ちょっと潤んだ瞳で俺を見上げている。そして、奏が乾いた唇をペロッと舐めたんだ! それって、誘ってるだろ!
「おい。二十七歳、若手警察官を舐めてんの?」
「え?」
「市民の味方、警察官の忍耐を試してるだろ」
「試してないよ」
「試してないんだな」
「え、あ、はい」
「じゃあ、遠慮なくいただく」
「え! へ? え?」
もうこれ以上は言わせない。俺は奏の唇を自分の唇で塞いだ。「んふっ」と突然の攻撃に奏の声が漏れた。手を重ねて絡めて、強く握って、その柔らかな唇を貪った。
(やべぇ。止められないかもしれない)
警察官とは言え、所詮ただの男。特に奏の前では単なる彼氏だぞ。
(止めなくてもいいんじゃないのか?)
「ん、ん」
俺が少しだけ唇を離すと、酸素を求めて奏が口を開けた。それを黙って見過ごすほど、間抜けじゃねえんだな。
「は、んんー! りょ、うた……ぁ」
「悪い、止めらんない」
舌を滑り込ませて、奏の温かい咥内を暴れた。奏も観念したのか、俺の首に腕を回してきた。
ジャリ……と、手錠の音がする。
「そっちの手は動かすなって」
「んっ」
奏が応えるように舌を絡めてくると、背中からゾクゾクと快感が走った。俺は夢中になっていた。
(あー、俺のが溺れてんじゃん。カッコ悪りぃ)
シャツの上から奏の胸に手をあて、その感触を確かめた。
「りょうたぁ」
(グッ、ちょ、そんな甘えた声で呼ぶなって。腰にクルって!)
「奏、煽るなって」
「違っ、煽ってない。んっ」
奏の甘い声が脳を刺激している。脳の何処かで理性というやつが、その辺にしておけって言っている。
「ふあっ、りょうたぁ」
ブチと切れる音が脳内でした。俺の理性を繋ぐ紐が儚くもその声に引き千切られた。
「奏っ!」
――ピーンポーン♬
「……」
――ピーンポーン♬
「亮太、誰か来たよ?」
「いいって、放っておけばいい」
「あんっ」
――ピーンポーン♬ ピーンポーン♬
「亮太っ」
「ちっ! ったく、誰だよ!」
(せっかく今、いい感じなのに、萎えることしやがって)
取り敢えず俺は玄関に向かった。勿論、手錠で繋がってるから奏も一緒にだ。モニターを見たらエントランスは越えて、もうドアの向こうだという事が分かった。
(誰だよ勝手に入りやがって)
「奏、外すから腕上げて」
「うん」
――ピーンポーン♬ピーンポーン♬ピーンポーン♬
「あぁうるせー! なんだよ!」
外す時間も貰えないのかと苛立って、俺はドアを思い切り開けた。邪魔はしてくれるなと、睨みをきかせながら。
「亮ちゃん! 彼女さん居る? 亮ちゃんの彼女の森川さん!」
「は?」
目の前にいたのは真希だった。そして、いきなり奏はいるかって騒ぎ出す。後ろで奏が「はい、ここにいますけど」と手を上げた。
しかも、手錠で繋がってる方の手をだ。
当然、俺の手も上がった。
「りょ、亮ちゃん! 酷い! 何してるの⁉︎」
「違うんだって。これには訳が」
「嫌ぁぁっー」
真希の悲鳴が玄関で響いた。
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