第4話 もう会うことはないしね!
あんな態度の悪い警察官は初めてだった。
でも今回の件は、滅多に起こる事ではないから、彼とも二度と会う事はないだろう。
「はぁ、疲れた。寝よう」
私はすぐに部屋着に着替えて、ベッドに潜り込んだ。とにかく疲れて、眠くて、空腹のことはすっかり忘れていた。
眠りにつけば、私はまた夢を見る。今日起きた出来事の復習を始めるんだ。なのに、今日に限ってはいつもと違った。
『俺の女になれよ』
「えっ、なに?」
『俺にしか、
「うそ……やめて、その手の冗談は好きじゃない」
顔が見えない誰かに私は、愛の告白を受けている夢だった。
「うわっ! 何だったの? なんか、変な夢、見たし……」
時計を見ると午後三時を回ったばかりで、まだ外は明るい。きっと、変な時間に寝てしまったからあんな夢を見てしまったんだろう。
「あははっ、私ヤバいよね。誰かに告白される夢を見るようになるとは、終わってるねぇー」
彼氏いない歴四年目に突入。もう、彼氏が欲しいとは思わなくなったし、カップルを見ても羨ましく思うこともない。仕事に不満もなく、健康的な日々を過ごして来たはずなのに。
「本当は飢えてるのかな……私」
取り敢えず思い出したようにお腹が鳴ったので、スーパーにでも行こうと起き上がった。
そんな時、スマホが鳴った。
「ひっ! びっくりしたぁ」
最近は、電話よりメッセージのやり取りばかりだったせいもあり、珍しく鳴る着信音に驚いてしまった。
「もしもし、さやか?」
『あ、奏? 久しぶりぃ。電話とったって事は暇よね?』
「えー、当たり」
『よし、合コンに行こう!』
「えー、いつ? 私、あんまり休みないよ」
『今日だから大丈夫! 七時にビストロ桜に集合だから、アドレス送っとくね』
「強引だなぁ。どうせ欠員の穴埋めでしょ」
そう聞き返した時には電話は切れていた。
正直なところ、合コンはあまり好きではない。
はじめましての挨拶から始まって、お仕事は何してるんですか? という定番の会話。女性陣のワントーン高い声と、営業スマイルが面倒くさい。それから、たまにあの力が発動する時があって余計に疲れる。
「家が一番いいよ。お家、さいこー」
これでは本当に干物女と化してしまいそう。私は重い腰を上げて、お風呂に向かった。
「目、覚まさないと!」
◇
私はさやかから指定されたビストロ桜で、まさに作り笑いし過ぎて頬をヒクつかせていた。
男三、女三でオシャレなフレンチ食べながら合コン真っ只中だ。食事は美味しいんだけど、話が面白くない。彼らは銀行員だそうだ。
「僕、アウトドア好きなんで連休になるとキャンプとかバーベキューとかに行くんですよ」
「へえ、行動派ですね。頼もしい」
私らしくもない。思ってもないことを言ってしまった。因みに、私はアウトドアが大の苦手だ。
「じゃあ、今度どうですか? 僕と一緒に」
「そうですね。でもお休み合わないんですよね、私たち」
そう、彼らは基本的に土日祝日は休み。私は夜勤ありのシフト勤務だ。週末に休みが巡って来るのは月に一度あるかないか。それは、既婚者を優先しているからという理由もある。
「あぁ、そっかぁ。駅員さんだもんね」
「です。です」
(あ、二回も言っちゃった)
「あれ? 森川さんはお酒飲まないの?」
「私、弱いんですよ。だから、え、困ります」
「一杯だけでいいから、付き合ってくださいよ」
「は、はぁ……」
助けを求めてさやかを見たけれど、超ご機嫌にメガネ男子と話していた。
(あらぁ……さやか好みだわあの人)
一日の疲れと、妙な空気に押されて飲んでしまった白ワイン。本当は一杯も飲めない。
「あれ、奏っ、飲んだの⁉︎」
「さやかぁ、ふふっ。酔った……わたし、帰るっ!」
「森川さんって本当に弱かったんだね。ごめん。責任は僕にあるから、彼女を送るよ」
「大丈夫、れすっ」
「はは、大丈夫じゃなさそうだよ。家、どこ?」
――キーン……!
(っあ! 痛いっ。来たよ耳鳴りっ。何が起きるの?)
『森川さん、ここでいいよね?』
馴れ馴れしく私の肩を抱く男が見えた。
『え? どこですか、ここ』
『俺ん家』
玄関先で覆い被さられ、身動きできずに暴れる私がいた。
(やだー! 最低じゃない、この男っ)
「私は地下鉄で帰りますから、二次会にどうぞ行ってください」
一気に酔いが覚めた私は、男性の好意というか下心を断った。
「お酒に酔った女の子を一人で帰せないよ」
「いや、女の子じゃないので大丈夫ですよ」
(こんな三十路の女を誰が襲うか! おっと、ここにいたっ)
うまく振り切ろうとしたけど、お酒に酔って頭はグラグラするし、耳鳴り止まないし立っているのも辛かった。
(おかしい。何で耳鳴り止まないの?)
私は名前もうろ覚えな男に腕を取られて、不覚にもよろけてしまう。
「きゃっ」
「あぶないよ」
玄関ではないけれど、私をかばうように肩を抱いてきた。
(やだー、やだー。何この図ったような展開。それにまんまとハマった私、恥ずかしいでしょ!)
「すみませんっ、大丈夫で……へっ⁉︎」
急に男の顔が近づいて来た。これはマズイと仰け反るけれど、両手で腰を支えられ逆に動けなくなってしまう。
万事休す――。
そう思った瞬間、私は強く後ろに引かれて誰かに後ろから包まれた。男の人の腕であろうものが、私の胸の前で交差している。驚いて声を上げようとしたら手で塞がれていた。
「んー、んんんー」
もがけば、もがくほどにその腕の力は強くなる。そそて、ついに謎の人物が口を開いた。
「悪いね、コイツ酒弱くて」
「あ。え、彼氏さん?」
(彼氏さんって誰の?)
「帰るぞ、奏」
「え、え、え?」
耳元で『かなで』と呼ばれたことにドキッとしてしまう。そして私はその場から回収された……どこの誰かも分からない多分、男の人に!
「ほら、地下鉄だ。ちゃんと前見て帰れよ」
「あの。ありがとうございました。で、どちら様ですか?」
「は?」
「は?」
私の目の前にいるのは、スラリと背の高い好青年だった。全体的に短髪だけど、前髪が少し眉にかかっていて、目は大きな二重。シャープな顔のラインに薄い唇を持ったイケメンさんだ。
「あんた、人の顔覚えられないヤツなの?」
「どこかで会いましたか?」
「ちっ」
(うわっ、舌打ちした。嫌な人! かなりのイケメンなのに、口悪いし性格悪いわー。勿体無いっ。あれ、こんな感じの人、いたような気がする)
「やっぱりあんた、駅のドアで頭打っただろ」
「何で知って、ああっ! まさか、今朝の!」
悪夢だと思った。二度と会わないと安心してたのに、もう会ってしまうなんて。
「煩せぇやつ」
眉間にシワを寄せる彼は今朝の、SPのような仕事もする警察官だった。
さっきの胸の『ドキッ』返せっ!
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