第3話 SPじゃ、なかったの?
全身黒づくめの失礼なSPは、私を犯罪者のような扱いをしている。
手を掴むならまだしも、腰のベルトの後ろの部分に指を差しこんで、早く歩けとグイグイと押してくる。
「ちょっと! どこをを掴んでるんですかっ!」
「見たらわかるだろう。逃げられないようにするには、これが一番なんだよ」
「っていうか、なんで私こんな事になってるんですか!」
「……煩いやつだな」
通り過ぎる乗客が見てはいけないものを見たように、チラ見をしてはすぐに目を逸らす。これでは完全に何かやらかした人だ。
連れて行かれた先は駅の事務所、ではなく【鉄道警察隊】の詰所だった。略して
「はぁあ! なんで! なんでなのよっ」
「さっきから、ほんと……煩せぇ。悪いけど、これ見てて」
そのSPは、なんと私を投げるように隊員に引き渡して出て行った。鉄警隊の人は、私の顔を見るなり驚いてしまう。
「あれ? 駅員さんじゃないか!」
「はい、ご存知の駅員ですけど……。私、なんでこんな事になったんでしょうか」
「すみません。取りあえずこちらに」
私が指定された椅子に座ると、鉄警隊の隊員さんがあのSPについて簡単に説明をしてくれた。
今日、とある場所で行われる集会に、ある県議員が出席するためにこの駅を通過する。その県議員から警護を頼まれた県警が出動した。その中の一人が彼だという。
「それって、鉄道警察隊のお仕事じゃないんですか?」
「今回は県警本部が主導でして、私たちは補佐。その議員さんは暴力団関係者に睨まれているみたいでしてね」
「おい! 内容まで話すやつがあるかっ!」
「あっ、すみません!……あの、内密に」
「大丈夫です。言いませんから。で、そのSPさんはなんで私を?」
その理由は本人しか分からないと言われた。
(そりゃそうだろうけどさぁ……)
ところで、彼らはSP(セキュリティポリス)と言わないらしい。政府の要人や国賓の警護をする人たちはそう呼ばれているらしいけれど、東京都(警視庁)以外の地方都市では、警護要員と言うらしい。
「取りあえず、その県議員さんが通過してしまうまで待機していただけますか」
「ええー! 駅事務所じゃだめなんですか? 夜勤明けで辛いんですよ」
「すみません」
だめらしい……。
私はそこで、二時間も拘束された。
「あの、帰ってもいいですか?」
「ああ、すみません。ちょっと確認してきますので」
確認をすると言うのは、きっとあの生意気な男にだ。とにかく私は早く帰りたかった。私は、壁にかかる時計に目をやってげんなりした。
(あぁ、もうお昼になるじゃない。貴重な休日がぁぁ……お腹空いたよぅ)
仕事モードから解かれて、一度切れたスイッチは入らない。私はだらしなく味気のない長机に突っ伏しながら心の中でボヤいた。
暫くすると、険しい顔をした例の男が入って来た。
別に気にしていたわけでは無いけれど、つい左足を見てしまう。
「あんた、家は何処だ」
「はい?」
「送る」
「なんで!」
私が鉄警隊の隊員に顔を向けると、不自然に視線を逸らされた。
この男、偉い立場の人間なのか、それとも関わるとやっかいな男なのか。なんとなく、後者の臭いがする。
「行くぞ、俺はそんなに暇じゃないんだ」
「だったら送ってくれなくて結構です。電車に乗って二駅、徒歩数分ですから何も起きません」
「起こすかもしれないだろ」
「はぁぁ⁉︎」
(なんなの、この人っ!)
高圧的な態度で言ってくるこの男に、私は無性に腹が立った。駅員を捕まえて危険人物扱いにして、失礼すぎる。
(県民の税金で仕事をしている、公務員じゃないのかあんたは!)
「あんた、固執するタイプだな」
「あなたに言われたくないです! その前に、自分の名を名乗ってください! 私は森川奏です!」
まくし立てるように私が言うと、男は眉をピクンと一瞬動かし、犯人でも見るかのような目つきで睨み返してくる。
私も引く気持ちはなかった。負けてなるものか! この失礼な男なんぞにっと鼻息が荒くなる。
「……
「え?」
「行くぞ」
「ちょっ、待ってってば」
今回は腰のベルトではなく右手首を掴まれて、鉄道警察隊の事務所を後にした。
気のせいか、敬礼しながら見送る鉄警隊のみんさんが憐れんだ表情をしていた。
◇
ゴトンゴトンと線路を走る電車は、一定のリズムを刻みなが、乱れることな進む。流れる景色はいつも通りで異常はない。
理解不能な拘束と、意味不明な護送に、正直私はぐったりしていた。
あと一駅だけど、この区間は他より微妙に長く、踏切り二つと信号三つで七分かかる。私たちに会話なんてないし、話すつもりもない。ただ、窓越しにときどき彼の様子を見るくらいだ。
うっすらと窓に映る警護要員こと伏見さんの表情はとても堅い。けっこうイケメンだと思うのに、愛想の欠片もないのには驚いた。口は悪いし、性格も難ありだし……。
「失礼なヤツだな」
「何ですか? 急に」
「あんたは読まれ易い。気を付けた方がいい」
「いったい何に気を付けるって」
「着いたぞ」
いつの間にか最寄りの駅に着いていた。
「どうもっ、お世話かけました!」
私は早く彼から逃れたくて、足早に改札に向かった。なのに、なぜか彼はついてくる。
「おい!」
「なんなんですか! まだ何かあるんですかっ!」
「頭、気をつけろ。じゃあな」
それだけ言って、伏見さんは再びホームへと戻って行った。
(何によ……頭気をつけろって、意味不明。もしかして今朝の仕返しのつもりなの?)
イライラしながら駅の構内を歩き、駅出口のドアを押して出ようとしたその時。
ゴツッ――!
「っ、痛っ」
いつもは開いているはずのドアが施錠されていて、勢い余った私はガラスに
さっきの『頭、気をつけろ』の言葉がよみがえる。
「イラつくっ!」
その通りになってしまった自分にめちゃくちゃ腹が立った。
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