第17話 認めたらあなたの気持ちを教えてくれますか?
トクン、トクン、トクン……
さっきまで速かった胸の鼓動が、不思議と穏やかに打ち始めた。
他人の心臓の音を聞いて、自分の心臓がリズムを整えるなんてとても不思議で仕方がない。張り詰めた神経が解されていく感覚がした。
私は意地を張っていただけだ。だけどツンツンしている伏見亮太に反抗してしまう。
本当はとっくに彼に惹かれていると気づいてるのに。好きに、なっちゃってるのに。
でも……
「起きてるか?」
「うん」
返事をすると、伏見さんは私の背中に回っていた腕を解いた。頭の上から「くくっ」と笑う声がしたので、反射的に顔を上げてしまう。
彼は上から私の顔を見おろしながら、長い指で少し下を指さした。
「ん?」
「あんた、出ていくって言った割にはさぁ。くくっ」
(うわっ! 私、いつの間にぃ!)
爪の色が変わるほど、伏見さんのシャツを握りしめていた。言ってる事とやってる事がおかしい。
「ごめんっ」
離そうとしたけれど、力入れ過ぎて逆にどこに力を入れたら外れるのかが分からなくなってしまった。
(えっと、人差し指ってどれ? いや、親指が先、かな?)
「どうしよう。指、外れなくなっちゃった!」
「そんなに力いっぱい握るか? あり得ないんだけど。あんたバカなの?」
「バカって言うな。神経が混乱してるだけっ」
「ごめん。手伝う」
口ではあんなに罵しるくせに、実際に触れる手は驚くほど優しい。指を一本づつ外してもらい、やっと離れた私の手は、伏見さんの手のひらに包まれて大人しく納まっている。
「血行をよくしてやる」
「ありが、と」
「あんたの手冷てえし、ちっちぇよ」
「うん、知ってる」
ほわほわ温かい気が指先から流れ込んで来る。心の何処かで、このままずっと包んでいて欲しい。離さないで欲しいって思ってしまう。
これはもう、末期症状なのかもしれない。
「なあ」
「はい」
「ここを出る理由はなに」
「理由は……だって、自分の家あるし。それにっ」
「それに?」
「私がここに居る意味が分からない。伏見さんがなぜ私を置いているのか。どうして婚約者だなんて嘘ついたのか。全然、分からない」
(それに、私の気持ちが限界だよ)
私がそういうと、伏見さんから顎を持ち上げられて突然、上を向かされた。
そして黙って、じっと私の目を見ている。
(ちょっと、顎クイっ。こんなの、ドラマでしか見た事ないんですけど!)
「知りたければ教えてやる」
顎を下から持ち上げられていると言葉を発することが出来ない。しかも何故かそれを外すことも出来ない。
「でも俺は言葉では言わない。あんたが素直になれば、それ相応に答えてやる。俺の心を読んでみなよ」
(読む? 伏見さんの心を? どうやって!)
「んふっ、んんっ⁉︎」
「目、開けたまま?」
「ふわぁぁっ、何してんのよー!」
「キス」
「――っ」
ダメだ、もう降参しよう。だって、なんだか体中が熱くなって、落ち着いていた心臓がヒートアップししはじめた。
ドクドクドクドクドクッッッ・・・
「死ぬぅ」
「色気がなさすぎ。目は開けたままで、台詞がそれ? 彼氏、いたことあるんだよな」
「いたよ! 伏見さんよりも優しい人がねっ」
そう言うと伏見さんは眉間に皺を入れ、少し首を傾けた。
(俺より優しいヤツなんて、いないよ)
「えっ!」
(俺は、あんたの事を護ってやれる。傷ついた心も身体も癒してやれる)
「今の、伏見さんの声?」
伏見さんは頬骨を上げて笑った。目なんて見たことないくらいに優しく細められていて、こんな顔も出来るんだって驚いた。そして、その顔がまた、近づいて来る。
今度はさすがに目を閉じた。
上からの圧迫感はすごい。やっぱりこの人は背が高いんだなと改めて知らされた。
「聞かせてくれ。俺の事をどう思っているのか」
「どうって、そっちが先に言ってよ。なんで、私ばっか」
「言っただろ、あんたか素直に言えば俺も答える。けど、二回もキスされといて分からないって鈍感にもほどがあるぞ」
「鈍感じゃない! だっておかしいでしょ? 別にときめいた出会いでもないし、どっちかと言えば乱暴だったし。なんの段階も踏まずに婚約者だの同棲だのってあり得ない。もしかしたら騙されてるかもしれないし。罵られたり、優しくされたり、いちいち反応する自分が嫌。疲れたから、帰りたいの!」
私は本当に素直じゃない。
素直に好きになりましたって言えばいいだけなのに。
そして、一気に捲し立てたせいか、疲れが出てその場にへたるように座り込んでしまった。
「あのさ、俺も捻くれてて言えた義理じゃないけどさ。あんたが俺の事どう思ってるか教えてくれ。本心が聞きたい。それ次第では、ちゃんと解放してやるよ。二度とあんたの前に現れないって誓う」
「もうっ、やぁ」
よく分からないけど泣けてきた。私が本気で拒めば消えると彼は言う。これだけ強烈なインパクトを残しておいて消えられたら、私はどうなるの。
二回目のキスは目を閉じて受け入れたじゃない。なのに大嫌いだなんて言えない。
抱きしめられて安心したとか、手を繋がれてドキドキしたとか、離れると寒さを感じるとか。
この人の体温って心地いいなとか、今更っでしょ。
「スキ……」
「聞こえない」
伏見さんは屈んで私の顔を覗き込んだ。もう一回言えって無言の圧力を感じる。
なんだか気配とか雰囲気で分かるようになった自分に笑いが出る。
「ふふっ。なんかムカつく」
「あ? そうじゃないだろ」
「うん、好きだよ。私は伏見亮太が好き。年下なのに態度デカくてムカつくけど……好き」
開き直った私は強かった。だから伏見亮太の気持ちが知りたかった。誤魔化しでもなく、同情でもない本心を知りたかった。
「私は言ったよ。だから聞かせて? あなたの気持ちを。私をどうしたいの?」
(何を考えているのか! お・し・え・て!)
正面から睨みつけてやった。一瞬、彼は怯んだけれど、口角を上げて嫌味な笑みを覗かせる。
「へぇ。俺の事が好き、なんだ。年下なのに態度がデカくてムカつくけど、好きなんだ」
「復唱するなっ!」
「俺の気持ち教えてやるよ。年上なのにお人好しで、すぐ顔が赤くなる三十のくせに
「あの、不名誉な形容が多いんですけど」
「俺、優しいだろ。そういうあんたがいいって言うのは俺だけだぞ」
「だけ、じゃないと思うけど」
「俺だけだよ。俺にしか、奏の事を護れる人間はいない」
(今、かなでって言った――!)
伏見さんは、へたり込んだ私を引き寄せて、優しく包み込むように抱きしめた。
今までで一番、優しい抱擁。
(やだ、これ……私の負けだ)
「でさ」
「うん」
「俺の事、伏見さんは止めてくれ。一応、婚約者なんだよ俺達」
「あっ、その件だけど」
「名前、呼んで」
「亮太……クソ亮太!」
「あんた、いちいち挑発的だな! さっきさ、私の事どうしたいの? ってのもそうだろ」
「……」
「黙んまりか。じゃあどうしたいか教えてやるよ。二十代の男が好きな女を抱きしめてるんだ。その後どうしたいかお姉さんなら分かるだろ?」
「……え!」
(なんだ! この男っ、態度と口がまるで正反対!)
「だめ! 絶対にさせないっ! おやすみっ」
案外するりと拘束は解けた。
私はその隙に素早く部屋に逃げ込んだ。ドアを背に、しばらく立っていたけれど亮太が追いかけてくる様子はない。
(あれ、ちょっと寂しい?)
でも、簡単にさせないんだから。焦らしてやるんだからっ。とことん焦らしてやるぅぅ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます