後日談

第39話 この頃の亮太

 穏やか過ぎるほど田舎での時間の流れはゆっくりだ。単線とは言え駅は行き違いをする為に辛うじて、ホームがふたつある。


 上りと下り。

 午前と午後に一回、計二回は列車が同時に止まる。後は特急列車の追い越し待ちくらいだ。

 そんな田舎の駅に春休みや連休になると、子どもたちや鉄道マニアたちを喜ばせるイベントが行われる。あの豪華列車セブンスターがこの田舎駅に停車するのです。

 この近くにある滝が観光客の注目を浴び、なんとその滝は線路からしか見えないのです。


「奏ねえちゃーん、セブンスターいつ来るの?」


 学校帰りの子どもたちがやって来た。


「よくぞ聞いてくれました! 春休み第一日目、午後一時です。しかも! セブンスター運転手の制服を着て写真撮影ができまーす」

「やったぁ!」

「よっしゃあー!」


 子どもたちの歓喜の声が山肌に響いた。


(いいなぁ、子どもは。とてもキラキラしている)


 前の職場では広報課が全て仕切っていたので、直接関わることはなかった。それを思うと小さな駅も悪くない。何でもしなければならない大変さもあるけど、こうしてお客様の感動を直に感じることが出来る。


「ねえ奏姉ちゃん、イケメンの旦那さんは来ないの?」

「え? たぶん来ないよ。だって駅員さんじゃないもん」

「えー、うちのお姉ちゃんが警備で来るって言ってたのに」

「そうなの? 警備かぁ、なくはないけどお知らせもらってないよ」

「そっかぁ。でも、セブンスター楽しみ」


 そう言って無邪気に手を振りながら帰っていった。

 亮太は相変わらず人気者だ。




 * * *



 午後6時、駅の仕事を終え帰宅すると直ぐに亮太も帰ってきた。

 こちらでは制服で勤務する為、出勤退勤時は私服だ。


「お帰り」

「ただいま」


 そう言い終わると亮太が後ろから抱き着いてきた。この頃の亮太はこうやって甘えて来る。もちろん嫌じゃない。


「亮太、ご飯作れないんだけど」

「いいよ別に。代わりに子ども作ろうぜ」

「発情期?」

「喜べよ。盛らなくなったら終わりだぞ」

「エロ警察官」

「煩せぇ」


 夕飯の準備を放棄する形で、イケメン改めエロ警察官に寝室に連れこまれてしまった。朝飯前ならぬ夕飯前ってやつだ。


(若い......)


 私はリビングのソファーに転がりながら、亮太に夕飯の指示を出している。私は亮太がキッチンに立つ姿が好きだ。

 背が高く、細身に見えて中身はスゴイ彼の背中は、本当に頼りがいがある。口が悪いけど、心は優しいんだよ。



「ねえ亮太。春休みの駅のイベントなんだけどさぁ」

「ん? ああ、一日駅長だっけなんだっけ?」

「セブンスターが来るやつね」

「ああ、そうそれ」

「小学生から言われたの。亮太は来ないのかって」

「俺? なんで俺が」

「警察官だから警備で来るはずだって、その子のお姉ちゃんが妄想に耽ってるみたい。亮太、モテモテだね」

「なるほどな。ってか奏! まさか中学生にやきもち焼いてんの?」

「ゼンゼン、ヤイテマセン」


 口の端をクイっと上げた得意げな笑み!

 腹立つなぁ。


「まだ何も聞いてねえな」

「だよね」


 この大きな一軒家に二人で住む。お父さんが建てたドリームハウスはおばあちゃんに守られ、今度は私達が引き継いだ。

 意外だったのは、亮太がマメだった事だ。

 何となく俺様で面倒くさがりだと思っていたのは間違いだった。


「今度の休みは庭の草むしりと、菜園に肥料撒かないとだ。土をちゃんとしとかないと、何植えてもダメだって」

「亮太って土いじり好きだったんだね」

「そうみたいだな」


 巡回で農協とか銀行を回る亮太は、あちこちで知識を増やしている。まさに職権活用しているのだ。乱用と言うと叱られるので、心で思うだけにしている。

亮太が活き活きしている姿を見ると、 田舎に越してきて正解だったと思える。


「なに、ニヤけてんだよ」

「ん? ふふっ。亮太、活き活きしてるなって思って」

「俺、田舎が合ってるみたいだ。なんかみなぎる感じたし」

「良かったね」

「この調子だと親になるのも近いな」

「誰が」

「俺たちに決まってるだろ? さっきだって」

「コボッ、コボッ。な、なによ。もうっ」



 あはははと笑う亮太は、本当に眩しかった。

 何となく、お腹の奥にポコリと何かが宿ったような?

 そんな気がした。

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