第19話 本当に焦らしていません
私たちは今、中華料理を食べている。
「一回食べて見たかったんだよな北京ダック。一人じゃ食えねえだろ」
と言いながら、亮太は育ち盛りの少年のようにバクバクとダックの皮を頬張っている。
「あれ、もう食わねえの?」
「いやなんか、亮太見てたらお腹がいっぱいになっちゃった」
「そうか? なあ、もっと食ったほうがいいぞ。体力使ってんだから」
「うん」
(あれ? なんで顔、赤くなってるの。なんで?)
気持ちいいくらい食べて飲んで、私たちは帰宅した。外国のビールって味が薄いから度数も低いと思ったんだけど、普通に4.7%あってほろ酔いになってしまった。
もちろん痛い目にあった過去があるので、一杯しか飲んでいません。
「酔ってないのか?」
「ん? 酔ってないよ」
「嘘つけ、酔ってるぞ」
「なんでそう言い切れるのよっ」
亮太は、相変わらず言い方がツンツンしてるし、上から物を言ってくる。
まあ、背が高いってのも半分はあるけれど。
「だって、おまっ」
「だって何?」
あなたの方が酔ってるんじゃないのと問いたくなった。だってあの亮太が言葉を詰まらせるなんてありえないから。「だって」と言った後、亮太は視線を下に向けた。つられて私も当然見る。
「……ぁ」
私はいつの間にか亮太の手を握っていた。いったい、どこから手を繋いでいたんだろう。
「ごめっ」
ごめんと言って手を放そうとしたら、ギュッと握り返された。もちろん心臓もギュンっと鳴った。
私は恥ずかしくて、顔を上げることが出来なくなってしまった。
亮太は何も言わない。
(言ってほしい! こんな時こそ何か言って!)
「亮太?」
「んー」
「なんで何も言わないのよ」
「悪いかよ」
「悪くないけど、気持ち悪い」
「おいっ!」
亮太はキィッと私を睨んで、その後当たりをきょろきょろと見渡した。そして近くの公園の中に入って行く。駅までもう少しなのに、なんで寄り道するんだろうと疑問に思いながら黙って従った。
「あのさ」
「うん?」
「俺、あんたに試されてんのかな」
「はあ?」
眉間に皺を入れた彼は不服そうにそう言った。何が言いたいのか全く意味が分からない。
「あんたさ、俺の忍耐をわざと試して、とことん焦らしを入れようとしてるだろ」
「ごめん、意味が分からない」
「だからっ! 俺、この間、好きな女は抱きたい年頃だって言っただろ」
「何言ってんの、こんな所でっ。ってかそんな言い方だったっけ?」
「あー! くそっ」
亮太はイライラが頂点に達したのか、「くそっ!」と言って頭をガシガシ掻きだした。
(そんなことしたら、せっかくイケてる髪型が台無しになっちゃうよ?)
その光景を他人事のように見ていたら、亮太の座った目が私を見ていた。
目の前の男は口角を上げて不敵な笑みを漏らした。
これは嫌な予感しかしない。
私が後ずさる靴のヒールが乾いた音を出した。一歩下がれば、亮太は一歩前進してくる。
距離は一向に開かない。
(何この追い詰め方! 犯人になった気分っ)
ゆっくりではあるけれど、一歩ずつ下がっていたら膝裏がベンチに当たり、その反動で座ってしまった。亮太の動作は無駄がなく、流れるように早かった。
ベンチに座る私の後方にある背もたれに片手を乗せ、片膝を私の足にぴったりくっつくように置き、もう片方の手は私の肩を掴んだ。その掴んだ手は、決して拘束力のあるものではないのに逃げられなかった。
そして、亮太の影が私を覆った。
「んっ」
キスをされた。
すぐに離れると思った唇は、いっこうに離れる気配がない。苦しくなった私は亮太の胸を押し返そうと足掻く。でも、手首を掴まれ動きを封じ込まれていた。
(さすが警察官! じゃなくてっ)
「ふはっ」
息苦しさに我慢できなくなって唇を開けた。それを待っていたように亮太の舌が侵入してきた。
(ちょっと、こんな所でこんな濃厚なキスするんじゃないわよ)
誰か来たらどうするか。あなたは警察官でしょうに。通報されたら笑えないわよ! なんて思考もだんだん薄らぎ、私はまんざらでもないように受け入れてしまう。
気付けば手首を握っていた亮太の手は、私の後頭部に回していた。私はそんな彼のシャツの裾を、力の入らない指で掴んでいる。
(必死だな! わたしってば)
「んんっ……っあっ。はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ。奏っ」
離れた唇の代わりに、耳元で名前を呼ばれてそのまま強く抱きしめられた。
このままではまずいと脳が言っているにも関わらず、私は亮太を抱きしめ返していた。
「ん、亮太っ」
「奏」
ゆっくりと亮太が私の隣に腰を下して、肩を引き寄せる。公園は外灯がポツン、ポツンと等間隔に立っているだけで、誰一人と通る姿はなかった。
「分かったか? 変に焦らしを入れたら、容赦しないからな」
「だから、焦らしてないのに」
「……」
「ねえ、酔ってる?」
「かもな」
亮太はぶっきらぼうに言いながら、頭をコツンとぶつけて来る。
素直なのか、そうじゃないのか分からないけれど。伏見亮太、けっこう可愛いかもしれない。
「おまっ、誰が可愛いだ!」
「ちょっと読まないでって」
「読んでねーよ。勝手に入って来るんだって」
「ああ!」
「煩ぇ、なんだよ」
「あのね、お祖母ちゃんが会いたいって、亮太に」
「それ、いま言う?」
ちょっぴりシラケた空気が流れてしまったけれど、思い出した時にいってしまうのが私なのだ。
「ごめん」
「はぁー」
亮太は溜息をつきながらも、家に帰りつくまで手を離さないでいてくれた。
◇
そして、翌日。
「取り敢えず、休みが合う週末見つけて行くぞ」
「え! 行ってくれるの⁉︎」
「仕方ねえから行ってやる」
亮太は恩着せがましく言うけれど、顔がほんのり赤くなっていた。
(だから何でそこで赤くなる)
亮太の赤くなるツボがよく分かりません。
シフト表と合わせた結果、なんと次の週末が私の夜勤開けで都合が良いことがわかった。
亮太は連日の追いかけっこ(本人曰く)で、強制的に有給取らされているらしいので問題ないという。
「意外と早く行けるようになったね」
「だな」
「お祖母ちゃんの力かも……」
「は?」
「さて、寝ますか。おやすみなさい」
「おい!」
お祖母ちゃんから見た亮太はどんな風に映るのだろう。
(そういえば、すでに孫婿って言ってなかった⁉︎)
それは会ってからのお楽しみ。おばあちゃんと亮太のお手並み拝見ですね。
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