第28話 帰る場所ー迷走ー
訪ねて来た可愛らしい女性は、亮太と施設で育った一人だった。いきなり亮太に抱きついて「亮ちゃん!」って言ったのには本当に驚いた。
亮太が随分頼りにされている事はそれだけで分かったし、亮太がその娘に恋愛感情はないってすぐに分かった。
だって、亮太がすごく困っていたから。
だから自分があの場を外した方かいいと思った。出たのはいいけど行く宛がないことに気づいて、取りあえず公園に向った。
「ドラマのワンシーンかと思っちゃった」
ぼーっと池を見ながら帰るタイミングを測っていた時に亮太から電話が入る。切ったら目の前にあの娘が立っていた。
「亮ちゃんの彼女さんですか?」
「そうですけど」
「亮ちゃんを返して下さい。お願いします」
「え?」
耳を疑った。目に涙をためて「亮ちゃんを返して」って、まるで私が奪ったみたいな言い方。まさかの修羅場体験?と、冷静なもう一人の自分が囁く。
「知っているかもしれませんが、私達は養護施設で育ちました。私達はいつだってお互いを支え合って来たし、お互いの事は何でも分かります。家族の温もりを知らない者が、家族の温もりを知っている人に憧れてしまうという事も。亮太は綺麗な家族像を夢に見ています。本当はそんな綺麗なもの無いのに!」
「私にどうしろと?」
「亮ちゃんから離れてください。今ならまだ傷も浅く済みます」
私は言葉が出なかった。なぜそんな事を言われなければならないのか、なぜ亮太と別れなければならないのかと疑問だけが繰り返される。
「お願いします」
彼女は私に深く頭を下げた。最初は単なる嫉妬だろうと思っていたのに、私が想像したそれとは違った。彼女は亮太を護ろうとしているんだって、思ったから。
「伏見さんの事が好きなの?」
「す、好きです。亮ちゃんと結婚すると誓いましたから」
「それは依存じゃなくて、愛情ですか?」
「あっ! 愛情です」
涙を沢山ためてそう言い切った。そして、また私を責め立てる。
「親のいない寂しさや惨めさが分かりますか? 世間から私達がどんな目で見られ、どんなふうに思われているか知っていますか? 大人になって独り立ちしたのに、世間は偏った目でしか見てくれない。何かある度に、親がいないからね、可哀想ねって。あなたに分かりますかっ」
彼女も過去に、いろいろあったんだろうと思う。施設を出てからの方が、きっと辛かったんだろうと思った。
それを分かり、慰めることができ?人。その慰めを素直に受け入れる事ができるのは同じ立場の人間か、もしくは経験者だ。彼女にとってのそれは伏見亮太なのだと思った。
(じゃあ、亮太はどうなの? それは私なのかな?)
「私には、分からないかもね」
それは施設で過ごした彼らの事をなのか、それとも今の亮太の事なのか。私は両方の意味を込めて答えた。
そんなやり取りをしている時に亮太が来たのだ。。
「奏!」
そう、彼が最初に口にした言葉が私の名前。ものすごく嬉しかった。それと同時に、彼女が深く傷ついたのを知ってしまった。
こんな状況で、私は亮太のもとに帰れるだろうか。いや、帰れない。
「嫌だ、別れない」と言えたらどんなに楽だろうか。私は彼女のように自分の気持ちを爆発させる事ができなかった。
なぜならば、彼らがとても遠くに感じたから。
私の知らない彼らの世界。
「一人になりたいから、離して? お願い」
亮太の手を振りほどいてそう言った。一度一人になりたかった。感情で動けないから、その感情を整理して、自分で噛み砕いてみたかったから。
二人に背を向けてその場を離れた。
亮太は、追いかけてくることはなかった。来なくて良かったと思う反面、もう一度引き止めて欲しかったという思いが複雑に交差した瞬間だった。
* * *
「はぁ、とは言ったものの行く宛がない。今夜はどこかで飲み明かすか! って、お酒弱かったんだよね私。平日だし友達の家に行くのも申し訳ないしなぁ」
会社近くのビジネスホテルに行ったら満室で泊まれなかった。周辺も当ったけど、どこもいっぱいだ。
(空いてないねホテル。カプセルホテルなら空いてるのかなぁ)
とぼとぼと歩いていたら、突然男の人に声をかけられた。
「森川ーっ!」
「えっ! 河上さん? お疲れ様です」
「おまえ何やってんだ。一人か? 未来の旦那はどうした」
お父さんみたいな河上さんの声を聞いたら、我慢していた涙が溢れてきた。
「おっ! え! なっ、どうしたんだよ」
めちゃめちゃ焦る河上さん見たら、ちょっと笑ってしまった。「おまえは、泣くか笑うかどっちかにしろっ」って、怒られた。
河上さんは仕事が終わって帰宅途中だったようで、ざっくりと私の状況を話したら俺の家に来いと言ってくれた。
「そんなご迷惑はかけられません。カプセル泊まりますから」
「バカッ、カプセルなんて泊まらせられるか! カミさんら俺、殴られるぞ」
「でも」
「デモもクソもない!」
河上さんが奥さんに電話すると、奥さんは大歓迎らしく、心苦しいながらもご好意に甘える事にした。
明日の始発で帰れば仕事には間に合うだろう。
「奏ちゃん! いらっしゃい。嬉しいわぁ」
「すみません。ご迷惑おかけします」
「いいの、いいの」
河上さんは息子さんが二人いて、二人とも独立してもう家にはいない。
私達三人は家族のように食事をした。どれくらい振りだろうこんな風景。お父さんとお母さんが生きていたら、きっとこんな感じなのだろう。
でも、亮太もあの子もこう言うのを知らない。少なくとも私は味わった事がある。
「森川、おまえ遠慮するなよ」
「いえ。たくさん戴いてます。大丈夫です」
「あ? ああ、そうじゃなくて。彼氏に対してだよ」
「え?」
「詳しい事は分からんが、本当に相手の事を好きなら諦めちゃ駄目だ。好きだから別れるとか、好きだから我慢するなんて、本当の好きじゃねえぞ」
私は一瞬、何を言われているのか分からなかった。河上さんは私に、自分の気持ちをぶつけろと言っているのかな。
「そうよ。誰かのために何かを諦めるってエゴだと思うの。もしもそれをするなら、自分の子供のためだけかな。自分の子供のためなら命を出せって言われたら出せるもの。それ以外は足掻けるだけ足掻くべき」
「そうだな。入る余地がないなら、戻る場所になればいい」
「戻る場所に?」
血の繋がった我が子を守るためにする行為は、親の本能。それ以外は単なるエゴ。自分だけが満足して、忘れた頃に思い出しては後悔するのがオチだ。
私には彼らの境遇も環境も分からない。逆もそう。
そこに飛び込んだって何も変えることは出来ない。でも、そこで闘って疲れ果てた時に、帰る場所にはなれるかもしれない。
『でも、絶対に帰ってくる。奏の所に。それだけは誓う』
亮太の声が聞こえた気がした。
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