第10話 身元保証人?
翌日、私は出社してから今月のシフトの画像を伏見さんに送った。
返信は『家を出る前にもメールしろ』というそっけないものだった。私は『すみません』と返信をしてからふと考える。
(なんでこんな忠実に従ってるんだろ。バカみたい)
「おはようございます! 行ってらっしゃいませ」
「ご利用ありがとうございます!」
通勤ラッシュの改札に立ち、お客様の動向を見ながら挨拶をする。
乗車券や定期券がICカードに移行してから、改札通過はスムーズになったけれど、磁器の関係で反応しなかったり、残高不足で引っかかる人がいる。改札付近ではもっぱらその対応がおもになっていた。
たまに懐かしき切符で引っかかる人もいるけれど、そんな時は改札機をパッカリと開けて詰まりを取り除く。
忙しいけれど、大きなイレギュラーはない。だからだろうか、ホームに立つより改札にいる方がボーッとしてしまう。
ロボットのようにニコニコ笑顔で、同じことこを繰り返すことに退屈とさえ思える。
(はぁ、あと一時間かぁ……)
やっぱり私はホームに立つほうが好きなのだ。
(伏見さんって、普段どんな仕事してるんだろう。犯人逮捕とかするのかなぁ)
知らないうちに、伏見さんの存在が私の中で大きくなっていく。それはきっと定期連絡のせいだ。
休憩時間まで送れって、何でそこまでする必要があるんだろう。あり得ないでしょ。
だからつい、乱暴なメールを送ってしまう。
『ストーカーみたいで怖いですよ』
『誰がストーカーだって? 俺は堂々と本人から情報を得ている。やつらと一緒にするな』
(生意気な警察官め!)
そんな日が二週間は続いたころ、もういい加減面倒になって報告を止めてしまった。けれど不思議と、伏見さんから催促のメッセージは来なかった。
(なんで? お怒りの言葉とか来るかと思ったけど、ないじゃん……変なの!)
これが困ったことに、なければないで気になる。でも、また連絡するなんて作戦にハマった気がして嫌だ。何気ないメッセージのやり取り、ただの連絡だったはずなのに生活の一部になってしまっていた事にイライラする。
休み時間になると無意識にスマホを見てしまう。
シフトの変更に敏感に反応してしまう。
不機嫌な警察官の顔が目に浮かんでしまう。
「いっ、っああっー!」
それは突然だった。
耳鳴りではなく激しい頭痛が襲った。頭のてっぺんを何かで突き刺したような痛みだった。
立っていられずその場に座り込むと、同時に映像が見えた。
逃げる男を追う複数の男たち。ホームで揉み合い、一人が線路に落とされた。迫りくる列車、ブレーキ音、それに混じって『パン』という乾いた音。
逃げる男が手にしているモノそれは……拳銃だ!
(どこ? いつ? うちのホームなの⁉︎)
「うあっ、痛い」
「森川っ、大丈夫か!」
誰かに声をかけられたのを最後に、私はフロアにそのまま崩れ落ちた。
―― ビーポー、ピーポー……ウーン……
(あ、私、救急車に乗ってる。けっこう揺れるんだね)
カチャカチャと救急隊員が忙しなく音を立てる。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」と耳元で言われる。でも、答えられない。意識はしっかりしているつもりなのに、声が出せない。
するとまた、ホームに落とされた男の顔が見えた。
(うそ! 伏見さんっ⁉︎)
そう叫ぼうとした瞬間、暗闇に包まれた。
「受入れお願いします! 意識レベル……血圧……」
全く音が聞こえなくなった。
◇
ピー、ッツッ、ピー、ッツッ……
一定の機械音が響く。私はなんとか目覚めた。
「ぁ…。(しゃ、喋れない? なんでっ!)」
首を動かして辺りを確認した。
ベージュのカーテンに四角く囲まれていて、見たことの無い機械が置かれてあり、手は繋がれている。
点滴だろうか。私の胸元からは何本がチューブのようなものが出ている。
(そうだ、病院! 私、仕事中に倒れて救急車に乗せられたんだった。やだ怖い。私、どうなっちゃったの?)
鼻にチューブが通されて、口には酸素マスクまでつせられている。
――ピー、ピー、ピー!
いきなりアラームのような音がしたかと思うと、直ぐに看護師が入ってきた。
「森川奏さん? 分かりますか?」
その問いかけに私はうんうんと何度も頷いた。
「よかった。もう大丈夫です。先生呼んてきますね」
そう言って足早に部屋を出ていった。
看護師さんが「よかった」と口にしてしまう程、私は危なかったのだろうか。自分につけられた器具をみたら納得する。きっと医学的には危険な状態だっのかもしれない。
暫くすると医師が現れ、酸素マスクが外された。
医師の説明によると、激しい頭痛の原因はまだ分からないらしく、精密検査をするのでこのまま入院する様に言われた。恐らく、一時的に脳内の酸素濃度が減ったことが考えられるそうだ。
そして、そのあと事務局の人が入院手続きの説明に来た。
「入院の手続きをしなければならないのですが、ご家族は?」
実は家族のことを聞かれると困る。田舎にはお
「あの。祖母しかいなくて、しかも県外だから難しいんてすよ。私、本人ではダメなのでしょうか」
「なるほど。えーっと、どうしようなか。身元を保証してくれる方、何かあったときの連絡先が必要でして。例えば、緊急手術の際は身内の方の承諾が必要になるんですよ」
「手術?」
(万が一私に何か起きて、治療費未払いで残ったりしたら困るもんね。うーん、会社にそんなの頼めるのかな……)
「私が身元保証人になります」
「えっ?」
「ええっ」
驚きの声が事務局の人と重なった。声がしてドアのほうを見ると、そこに居たのはなんと伏見さんだった!
「ふ、伏見さんっ!」
「お知り合いですか?」
伏見さんはベッドのそばまで来ると、徐ろに内ポケットから何かを出して見せた。それは革の手帳のようなもので、首から下げている。
(こ、これが警察手帳!)
「私の身分は県警に問い合わせて頂いて結構です」
「はぁ。しかしご家族ではないですよね?」
「ええ。でも家族になる予定はあります。私は彼女の婚約者です」
「はあぁぁ‼︎ 何言ってっ」
(この人とんでもない事を言いだしたんですけど!)
大きな声で反論しようとしたら、伏見さんが隣に来て私の手を握った。
「大丈夫か。心配したよ」
キスしそうなほどの距離で、瞳を潤ませながらそう言ったのだ。
「え、いや。でもっ」
「奏、本当に心配したんだ」
彼はとどめを刺すように、私の肩に項垂れた。
「なっ……」
私は驚きのあまり、それ以上の反論も抵抗もできなくなっていた。
「婚約者さんでしたか! えーっと、事務局長に相談してきます。森川さんのお勤め先はこちらの鉄道会社で宜しかったですね?」
慌ただしく事務局の人が出ていくと、伏見さんは眉間にシワを寄せて、まじまじと私の顔を見た。
「あんた本当に大丈夫か。いったい何があったんだよ」
「っていうかその前に、さっきの何ですか。いつ婚約者になったんですかっ」
「悪い。ああでもしないと病院を追い出されるかもしれないだろ」
「え、追い出しはしないでしょう。それになんで此処が分かったんですか!」
「駅で張り込みしてたからだ」
「いたんですか! 駅に!」
駅で張り込みしていたのなら、私が見たあの映像は間違っていなかったということだ。それを思い出すと、急に呼吸が浅くなって血管がドクドクと脈打ちはじめた。
「あ、あのっ。気を付けて! ホームには追い込まないで、お願いっ!」
「なんだよ、急に」
「もみ合って、ホームから落ちちゃ……痛っ」
「おい、落ち着け。今は考えるな」
「でもっ、伏見さんが! うあっ」
伏見さんは私の頭を両手で包み込んで、自分のおでこにくっつける。
「奏、今は考えるな」
そうされると、不思議と痛みは引いて行った。
でも伝えたかった。あなたの命が危ないと。
「気を付けるよ。大丈夫だ、心配すんな」
伏見さんの子供に言い聞かせるような優しい声を聞いて、私は安心したのか再び眠りに落ちた。
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