第6話 戸惑い

 結局、お客様は転倒してしまい、救急車まで出る始末となった。

 なぜ防ぐ事が出来なかったのだろう。

 私は仮眠室で横になり、先ほどまでの自分の行動を思い返していた。


(お客様が下り坂で転ぶ映像が見えた。でも、実際は改札を抜けた先で転倒。場所が変わっている。バッテリーがズレたままだったら映像で見た場所だったの?)


 考えたところで、どちらにしても防いであげることができなかった。

 私は地下鉄の改札まで見送るべきだったんだ。


「はぁ……私って、気が利かないな」


(でも、変。この間から映像が先で耳鳴りが後になってる)


「森川さん大丈夫ですか?」

「あ、結城ちゃん。ごめん、もう戻るね」

「課長が早退しろって言ってます」

「え?」


 どうせあと二時間だから上がっていいというこだそうだ。なんだか気をつかわせてまって申し訳ない。でも、たまには甘えてもいいかなと思った。

 それくらい気持ちが萎えていた。


「お疲れ様です。すみません、お先します」


 改札を通ると鉄警隊の人がちょうど下りてきた。警乗してきたのかだろう。

 ※警乗=警察官が警備のため乗車すること。


「おや? もう上がりですか?」

「はい。あ、先日はお世話になりました」

「ああ、伏見警部の件。珍しいんですよ、あの人が誰かに関わるとか」

「え? どう言う事ですか?」

「いつもは誰かに指示出して現場に戻るんですけど、自ら送るなんていうからどうしたことかなって」

「それって、良い事ですか? 悪い事ですか」

「まぁ、我々にも判断つきませんが頑張って下さいとしか」

「なぜ私が頑張るんですか!」

「あはっ、はは……」


 敬礼して戻って行ったけど、誤魔化された気がする。何かにつけて今後も絡んで来たらどうするの。あんな扱いにくそうな人に目を付けられたのだとしたら、運の尽き。


 想像したら、身震いがした。


(どうかヤツが鉄警と絡みませんようにっ!)



 ◇



 そんな願いも虚しく、暫くして私はまた伏見さんと顔を合わせる事になる。


「痴漢⁉︎」

「そうなんだよ。勇気ある女子高生が、腕掴んで引き摺り降ろしたんだぞ」

「すごい! なかなかできないですよ」


 その痴漢をしたらしい、サラリーマンだろう男性は鉄警隊に引き渡され、尋問されている。確定したわけではないので【らしい】としか言えない。

 冤罪えんざいということもありえるから。


「森川ならその人見たら分かるんじゃないのか」

「分かるって?」

「本当にやったかどうかをだ」

「うーん……かもしれませんけど」


 以前までの私なら「ちょっと見てきます!」なんて言っていたかもしれない。でも、いまは体が動かない。

 自分が動いて、もし上手く行かなかったらと思うと、それがとても怖い。


「では、見回り行ってきます」


 私は掃除用具を手に駅構内の巡回に出た。ゴミを拾いながら、不信物がないか困っている人が居ないかを見回るためだ。

 最近は外国人のお客様も増えた。そのため、私たち駅職員も英会話のレッスンを時々受けている。


 私はホームに立たない時は、スカートの制服を着用するようにしている。制服はタイトスカートだから走りづらくて嫌だけど、体裁もあるので仕方がない。

 サービズ業はイメージが大切だから。

 笑顔で優しい女性スタッフが対応します! みたいな雰囲気づくりというわけだ。


「お疲れ様です」


 豪華特急列車セブンスターの乗務員たちが、列を作って通り過ぎた。

 彼らは我が社選りすぐり精鋭部隊だ。

 サービスにおいて彼らの右に出る者はいない。それくらい誇りをもって業務についている。


「眩しいよねぇ、若い子たちの憧れなんだよね」

「まあ、あんたには無理だろうな」

「うわっ! あなたっ」


(出たっ、伏見ー! 神出鬼没っ)


「呼び捨てかよ」

「は?」

「いや、それよりさ」


 伏見警部は眉間にしわを寄せたまま、私を上から下までジロジロと見てくる?


「な、なんですかっ!」

「ふっ。似合わねー」


 その一言でなにを言いたいのかすぐにわかった。


(なんだこの刑事! 何様だ! 悪かったわね、スカートでっ)


 私が睨み付けると、口の端を上げて声も出さずに笑う。その姿にムカつく要素以外、見つからなかった。


「似合わなくてすみませんね。だいたい、なんで此処にいるんですか」

「痴漢したらしい男の引き取りだ」

「そうですか。その人、本当にやったんですか?」

「さあ、まだ何も」


 関わる必要はないのに、どうしてもその男性が気になってしまう。私の悪い癖だ。


『森川ならその人見たら分かるんじゃないのか』『本当にやったかどうかをだ』


 でも、それは私が確認する事ではない。私は駅員で、お客様が安全に列車を利用できるように努めていればいいのだから。


「そうです、か。お疲れ様です」


 私はこれ以上関わるまいと掃除道具を持ち直し、また構内を回るために伏見警部に背を向けた。


「気になるんだろ。その男の事が」

「いえ、別に」


 私は逃げるようにその場を去った。だって、怖いって思った。気のせいだと思うけれど、絶妙なタイミングで私の心をついてくるのはどうしてなのか。

 まるで私の心が彼に読まれているみたい。


(調子が狂うのよ、勘弁してほしい)


 それはそうと耳鳴り、映像……映像、耳鳴りと、これまでとパターンが逆になっているのが気になる。

 ただ逆になっただけなのか、それともなにかの前兆なのか。


 よく、分からかない。

 こんな能力、迷惑だ。


 どうして私は普通に生きられないのだろう。

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