第23話 好きが増えて困る
今朝はなにやら外が騒がしい。寝る前に天気予報は確認したけれど、やっぱりそうなったのかと覚悟を決めた。
カーテンを開けると雨はまだ弱いものの、風がとても強かった。スマホで運行状況を確認すると始発は5分遅れと表示されていた。
「亮太ごめん、私もう行くね」
「ん? 何? なんかあったのか」
亮太は眠そうに、頭をくしゃくしゃ掻きながらリビングに現れた。
(なんなのよ、その無防備な感じ。キュンってなるじゃない)
亮太の過去を知って、彼が震えるほどの弱い部分を私に見せてからは、以前に増して彼に対しての好きが増えてしまった。
『どうしてくれよう!』『どうもしなくていいよ!』と自分で自分に突っ込むほどだ。
「風が強いんだよね。たぶん遅延が出るから、早めに行って手伝おうと思って」
外の様子を確認した亮太は「おう。気をつけてな」と私の頭をポンッと撫でた。
いちいちキュンキュンさせないでほしい。これじゃあ私が餓えた狼みたいだと、そんな馬鹿な事を考えながら家を出た。
◇
「おはようございます」
「お、森川おはようさん。始発から遅れが出てるぞ」
「はい。そう思って早めに来ました」
「さすがだな。朝礼前に悪いけど遅延証明書頼む。通勤ラッシュ始まったから」
「了解しました」
前日の晩から準備はしているけれど、当日は何分遅れで運行するか分からない。朝の状況を見て、取りあえずは十五分遅れで作成。
その後、最大に遅れが出ている路線の時間に合わせて作り直しをしなければならない。
改札が賑やかになりはじめた頃、職員に適当な枚数の遅延証明書を渡す。
そして、事務所に戻り現在の運行を確認。
『わっ、風速十五メートルかぁ、ヤバいなぁ)
このまま風速が二十メートルにまで達すると徐行運転となる。最悪運行中止だ。
「森川、遅延三十分!」
「はい!」
朝礼をする暇はなく、朝上がりの人も残業で対応に追われた。結局、遅延は六十分となり午前九時二十分、運転は見合わせとなった。
取りあえず通勤客はなんとかやり過ごせたけれど、今度は一般旅行客の対応に追われることになる。
「新幹線はどうなりますか?」
「はい。新幹線受付窓口が、あちらの職員にお尋ねください。同じように遅れは出ておりますので」
乗り継ぎ客の問い合わせに追われる。
在来線と違って、新幹線はまだ運行しているが速度規制の為、遅れが出ている。風速三十メートルにもなればこちらも運行見合わせになるだろう。
そもそも線路が違うので規制される規定も違う。途中駅で停車ともなれば、車内で足止めになるのだ。テレビで時々見るあの風景だ。
やっと十五分休憩になり、ロッカーに置いていたスマホを見ると、亮太からメッセージが来ていた。
―― 列車止まったな。大丈夫か?
―― うん。取りあえず天候回復を祈るのみです
たった一行のやりとりなのに、心配してくれる誰かがいて、心配する誰かがいることに安心した。。
(心配なのに安心するって変なの)
ふと思う。
いつも亮太は私の事を気にかけて、何かあったら助けてくれる。私はそれに甘えて頼り切っていたけれど、彼もあの特殊な能力があるんだから私みたいに悩んだり、辛い思いをしているんじゃないかと。
私は一度も彼の仕事の大変さや愚痴を聞いたことがない。
もしも本当にこのまま彼と一緒になるのなら、支えられるだけでなく、支える側にもならないといけない。
そんな事を考えながら、仕事に戻った。
結局、夕方まで電車は止まり、動き始めたのは帰宅ラッシュに入るギリギリの午後五時半頃。遅延を回復させるのは難しく間引いて運行した。
特急列車も運休が出た。
混雑も凄いため、他の私鉄やバスの路線図なども配り、できるだけお客様の分散に努めた。
「はぁぁ、やっと休憩だぁ」
「森川さんお疲れでーす。もうヘロヘロ」
「結城ちゃんもお疲れ」
私達が泊まりで重なることは珍しい。いつもなら女子トークで盛り上がるところだけれど、お互いに疲れすぎて労うだけで精一杯。
「あー、目を閉じたらすぐ眠れますよ」
「だねー。でもまだ寝ちゃダメ。あと終電がある」
「りょーかいでーす」
はぁ、亮太は今頃何しているのかな?
そう言えばあの人、私がいない時って何をしてるんだろ。
「おっ、乙女二人が転がってらぁ」
「お疲れ様です」
休憩室は男性社員と同じ。おじさん達も疲れてヘロヘロの様子。
「あー、ヤベ。疲れすぎて収まりが悪りぃや」
「何の収まりが悪いんですか」
「えー、セクハラとか言うなよ」
「言いませんよ。何ですか?」
「疲れすぎると逆にコイツがギンギンなんだよって、バカ言わせんな」
「あ……、お疲れ様です」
すぐにお察しできてしまうのをどうにかしたい。キャーとか言うのとを覚えよう、もう遅いけれど。
(亮太も疲れすぎたらギンギンなのかな……若いからね、そりゃここのおじさんよりはね。っ、バカ! あーもー、これじゃあ私が欲求不満みたいじゃない!)
帰ったら、もう少し亮太に優しくしよう。仕事の愚痴とか聞いてあげて、甘えさせてあげよう。とはいえ、彼が私に甘えてくるとは思えないけど。
(何かにつけて、亮太、亮太だな私の頭は。今更ながら恋する乙女になった気分で格好悪いよね)
「はぁ」
「も、森川さん?」
「ん? 何、結城ちゃん」
「もしかして、溜まってます?」
「何が」
「性的欲求」
「え!」
せめて恋してるんですね、と言わせたかった。私はそんなに欲求不満に見えるのだろうか。それとも。大人になりすぎると「恋してます」って思われないのかな。
(残念すぎる……)
そして私は、始発まで悶々として過ごすことになったのだった。
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