お題【夜】その名を知らない人

 私の夜の姿を誰も知らない。どんな家族構成で、どんな名を持っているのか。誰も知らないのである。


「おはようございます」

 そう声をかけると、タクヤは朝の光の中に飛び出していった。幼馴染の可愛い女の子と、すぐそこの角で落ち合うのだろう。

「おはようございます」

「いつもありがとうございます」

 この声はシュウだ。スーツ姿で出勤していく。この後、サスペンスな展開に巻き込まれる予定だと聞いた。しかし、私にできることは何もない。


 私は創作の人物たちが住む有名な背景マンションのエントランスで、いつも掃除をする。挨拶をする背景。それが私の仕事。多くのマンガに出ているが――誰も私の名を知らないのだ。そう。誰も。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る