300字の世界

荒城美鉾

お題【歌】二階の彼女

 そのアパートの二階から聞こえてきた歌声。言わば「一耳惚れ」だった。

 翌日から通学にはそのアパートの隣を通ることにした。美しい声が綴る、異国の歌。苦手な箇所なのかいつも同じところでつかえたが、それさえも好きだった。だから部屋から出てくる男の人を見かけた僕は呆然とした。

「お兄さんはあの歌のお姉さんの恋人?」

 困惑していた彼だが、事情を察すると部屋に入り、再び戻ってきた。一枚のレコードを抱えて。

「これが、君の思い人」

 

 時は経ち、僕はあの日もらった古いレコードを今もかける。愛おしい歌声は変わらず、同じところでつかえる。呼び鈴が鳴る。扉の外には小さな男の子が立っていた。

「あの、お兄さんは…」

 歌声は流れていく。

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