第37話 スラさんはスラさん改になりました!

 

 三十七



 顔を真っ赤に染めて俯く若い男と、小さな胸と股間を腕で隠し、その場で何とか全身を隠す様にしゃがみ込んだ全裸の美少女。若い男は恥ずかしさからプルプルと震え、美少女は涙目でその男を睨んでいます。


 若い男の名は分からないですが、涙目の美少女とはボクです。……小さな胸と自分で言って、悲しさから涙が溢れたです。


 精霊の森の奥を流れる小川の上流、そこに在った小さな滝の傍で『事件』は発生したです。

 その事件とは、『美少女を刃物で脅し、痴漢する』という物では無く、粗相をして滝壺で洗ったローブ類が乾くまで全裸で居たボクを、猪を仕留めようと追って来た若い男が危なく殺傷していたかもしれない、という物です。傷害未遂事件って事になりますかね?

 見た所、若い男が持つ双剣は普通のロングソードです。力の継承で人間を辞めたボクには通用しそうも無いですが、万が一でもお肌に傷が出来たら、とても痛いです。そして痛いのは嫌いです。傷付いたら、泣きますよ? ……裸を見られた上に小さな胸と自爆したので既に泣いてますが。



「そ、その……き、君の名前は分からないけど、着る物はな、無いのかな? そ、それまで後ろを向いてるし、何なら少し離れるから、その間に服を着てくれるとオイラとしては助かるんだけど……」


「……絶ッっ対、こっちを見ちゃダメ、ですよ? 見たら……切り落とすです!!」


「――っ!? そ、そんな恐ろしい事しないよ! ……ま、まだ経験も無いのに……!」



 そう会話した後、若い男は言った事を守って少し離れた茂みまで行き、そこでボクに背を向けて直立不動の姿勢になりました。意外と律儀りちぎですね。少しは好感度が上がりますが、まだ許してはいないですよ?

 その若い男からボクは視線を外さず、後退あとずさりしながら干してある女神の羽衣の所まで移動し、素早くそれらを身に付けました。とりあえずはこれで安心です。


 ちなみに、今身に付けている下着類は、試練のダンジョンにてボクが【道具創造アイテムクリエイト】で創った物です。ブラはいわゆるスポーツブラと呼ばれるタイプで、パンツの方はお子様パンツタイプです。どちらも、常に身体のサイズに合わせて大きさが変化する様に魔法を付与しました。更に、激しい動きで擦れても痛くない様に、シルク以上の極上の素材をイメージしてます。擦れると痛いですよ? ……どこが、とは言わないです。

 それを数着分創り、【黒神】に仕舞ってあります。

 今思えば、漏らした時にそれを出して身に付ければ裸を見られる事も無かったのに、それを忘れていたという事は、やはり漏らした事で多少気が動転してたんですね。人が居るとは思ってなかったのもあるですが。



「もう、こっちを見ても大丈夫です……」



 全てを身に付け、ボクは若い男にそう言いました。



「あ、ありがとう。お、オイラの名前は、ミ……『ジャン』って名前だよ。君は? それに、何でこんな所であんな恰好してたのさ? 精霊の森は君みたいな女の子が一人で居ると危ない所なんだよ? 他に大人の人とかは居ないの?」



 若い男……ジャン君は、まだ顔を赤く染めながらもボクの所に戻って来て、続けざまに質問して来ました。両手に持っていたロングソード二本は、その時になってようやく腰の鞘へと仕舞っていたです。


 女の子のボクを前に警戒してたんですかね? いつまでもロングソードを仕舞わなかったのは。

 ジャン君曰く、精霊の森は危険だからって事で、もしかしたらボクが魔物から襲われない様に警戒してたって事ですかね。そう考えると、ジャン君は意外と紳士なのかもしれないですね。ボクの裸を見た事は許せないですが。



「そ、そんなに睨まないでよ……。オイラだって見たくて見た訳じゃないしさ。それに、あんな恰好で居た君も悪いと思うよ? あ、ゴメン。そういうつもりで言ったんじゃないから睨まないで!」


「はぁ……。裸を見られたのは恥ずかしくて腹立たしいですが、見られても減るもんじゃないですし、もういいです。って言うか……どこまで見たです?」


「な、何にも見てないよ! 胸が小さいとか、茂みはうっすらだとかは見てないから!!」


「しっかり見てるじゃないですかっ!! もういいって言った以上、もう気にしてないですが、誰かに言ったら……切り落とすです……!」


「ひぃぃっ!! い、言わない! 絶対に言わないから、オイラを信じて! そして切り落とさないで!」



 股間を両手で隠しつつ、顔を青ざめさせるジャン君。しかしジャン君は、ボクが本当に切り落とすなんて事をすると思ってるんですかね。だとしたら心外です。

 かつてはボクもオッサンでした。シンボルの大事さは、痛い程良く分かってるです。なので、そんな事はしないです! ……シンボルを剥き出しにして襲われたら切り落としますが。


 ともあれ、ボクはまだ名乗って無いので、ジャン君に名乗る事にしました。



「……名乗るのを忘れてたです。ボクの名前はユーリって言うです。ボクは記憶喪失で、一週間より前の事が分からないです。今は冒険者を目指して、トキオで冒険者学園に通ってるです」



 つい忘れがちな設定を思い出し、何とか自己紹介をしました。……と言うか、設定、忘れてました。

 試練のダンジョンで三ヶ月も過ごしたので、忘れても仕方ないですよね?



「トキオだって!? しかも、冒険者学園に通ってる……だって? まだ冒険者じゃないのに、君みたいな女の子がこんな所に一人で居たら危ないよ!? ……ちなみに聞くけど、いつからこの森に居るの? トキオからだと、この森まで歩いて三日は掛かる距離だよ? 『セダイ』からでも二日は掛かるし。

 あ、ユーリちゃんって言うんだね。トキオからって聞いて聞き逃す所だった」



 うっかりしてたです!


 でも、今朝来たとは言ってないので、何とか誤魔化せそうです。

 さて、何と言って誤魔化すか……。ま、適当で良いですね! どうせこの後別れるんですし。



「この森には、えっと……その……あ、課外授業の最中迷って……それから……んと、そ、そうです! みんなとはぐれて途方に暮れてたです! それで、えっと……魔物に追われて、逃げて……誤って滝壺に落ちたです。それでローブを乾かしていたら……って事です」



 何とかそれらしい事を言ってみたですが、しっかり誤魔化せたですかね?

 ジャン君の見た目は何となくどこか抜けてるイメージなので、恐らく大丈夫だとは思うですが果たして?


 ……漏らした事は言いません!


 ちなみにジャン君の見た目は、無造作に肩まで伸ばした輝く様な金髪に、クリっとしてるけども意志の強さを感じる眼差し。鼻はスっと筋が通っていて、それでいて男性なのに柔和な口元です。女性と男性の可愛い感じを総取りした様な、とにかく癒し系の男子の顔です。

 ボクが心まで女の子ならば、間違いなく庇護欲に駆られる様な顔立ちですね。

 チャームポイントは、男の子……青年と言った方が正しそうですが、とにかくジャン君の髪の毛にアホ毛がピンと立ってる所ですね。アニメのアイドルに目が無い女の子ならば、アホ毛だけで萌え死にすると思うです。



「すっごく大変じゃないかっ! 森の外に馬車が待ってるから、とにかくこの森から出よう! それからトキオまで送ってくよ!

 しかし精霊の森で課外授業なんて……。クラウスさんはちゃんと指導してるのか……?」



 何とか誤魔化す事には成功したみたいですが、何やら馬車でトキオまで送ってくれると言うジャン君。最後の方はごにょごにょ言ってたので聞こえなかったですが、送ってくれるという事はたぶん、凄く良い人だとは思うです。

 しかし気持ちはありがたいですが、そんな事をされたら今日中にトキオに帰れないです。馬車の速度って、時速20kmくらいですよね? 自分で走って帰った方が明らかに速いです。断りますかね?

 ん? 今の時刻は午後二時くらいだから、ギリギリ門限の夜八時までには着けるんですかね。でもそうなると、ジャン君がセダイまで今日中に帰れなくなると思うです。セダイという街がどこに在るかは知らないですが。


 やはり、やんわりと断ってみるです。



「送ってくれるのは嬉しいですが、それだとジャン君が帰れなくなるんじゃ?」


「あ、オイラの事なら大丈夫! オイラ、こう見えてもセダイの冒険者学園の特待生だから自由に出来るし、馬車も王……じゃなかった、親父がチャーターしてくれた物だからね。だからオイラの事は心配しないで! オイラなんかの事よりも、君みたいな女の子を送ってかない方が問題だよ。こう見えて、オイラは紳士だからね!」



 ……断れなくなった雰囲気です。


 仕方ないですね。ここはジャン君の厚意に甘えるとするです。袖振り合うも多生の縁、とも言いますし、もしかしたらジャン君との出会いも、後々役立ってくれる事があるかもしれないです。


 ……と言うか、ジャン君も冒険者学園の生徒でしたか! しかも、特待生とな!?

 つまり、ボクと同じSクラスというだけじゃなくて、更に自由に行動する事まで許されている、と。


 とんでもない逸材……いや、天才って事ですか……!


 ボクが冒険者として活動を始めた時、ジャン君は既に高ランクとなっている可能性があるです。そう考えると、今回知り合いになれたのは幸運だったかもしれないですね。

 冒険者は低ランクだと報酬も少ないみたいですし、ボクが目覚めてから直ぐに出会った『ラルフ』さんと『ケイト』さんはそれで苦労してるって言ってたです。

 つまり、高い報酬を稼ぐ為には高ランクの人と依頼を受けるのが得策です。


 ……優良物件確保、です!



「分かったです。ジャン君のご厚意に甘えさせてもらうです。ありがとです、ジャン君」


「どういたしまして! それじゃあ、行こうか!」


「あ、森を出るのはどの方角ですかね? ボクの使役する魔物のスラさんを回収しないと帰れないです」



 スラさんを忘れる所でした。てへっ♪


 スラさんに戻って来てもらわないと、またやらかしてしまうです。そもそも、スラさんが居ないのを忘れた事で漏らして、それで裸を見られるハメになったです。スラさん、大事です……!

 あ、でも、夕方に集合って言ったから、夕方まで待たないとダメですかね。

 ダメ元で、戻って来てって念じてみれば戻って来ますかね? ちょっと試してみるです。



(スラさん? 聞こえるなら、ボクを感じて、ボクの所に戻って欲しいです)


(ヌヴァー。聞こえますぞ、主よ。私の目的も終わりましたので、これから戻ります。ヌヴァー)



 通じたです!


 しかし、ますます便利になるですね、スラさんは。それはともかく、今回のスラさんの散策の目的とは何だったんですかね? 何かを吸収する必要があるとか無いとか言ってたですが。

 スラさんが何かを吸収して、もしも今以上に便利になったら、ボクの股間に常に張り付いてもらってるのが申し訳なくなってくるです。


 ……まぁ、スラさんがソコより素晴らしい場所は無いって言ってたので、ボクとしては感謝しか無いですね。



「ユーリちゃんって、魔物使いなんだね! オイラ、魔物使いの人って初めて見たよ! 凄いなぁ……! あ、オイラが馬車を待たせてるのはあっちの方角だよ!」


「ボクが森に入った所より、少し南寄りですね。とりあえずそこまで行くです。スラさんには念話でボクの所に戻って来てって伝えたので、たぶん大丈夫です」


「離れた魔物との意思の疎通まで出来るんだ! 本当に凄いなぁ。あ、それじゃあ行こうか!」



 こうして、不慮の事故(?)で出会ったジャン君とボクは、精霊の森を後にする為に移動を開始しました。




 ☆☆☆




 精霊の森を出る為に移動する最中、やはり魔物も出没しました。

 ジャン君は護衛の騎士のつもりなのか、決してボクの手出しは認めず、自ら率先して魔物へと斬り掛かって行きます。

 両手に持ったロングソード二本を巧みに操り、それこそ舞を踊る様に魔物達を屠っていました。



「だぁありゃああああ!!」


「ゲギャーッ!」

「ゲギャギャギャー!」

「グゲゲゲゲッ!」



 森を出るまで、恐らく最後となるゴブリン三体との戦闘。ジャン君はやはり一人で踊り掛かっていったです。

 ゴブリン三体はボク達がまだ子供だと思っている為か、意味の分からない言葉というか笑い声を上げてました。


 しかし――。



「ゲギャ!? ギャァアアァァァ……」

「ゲギョォオォォ……ォ……ォ……」

「ゲバババババ……!」


「やっぱりゴブリンだとつまらないなぁ。あ、姫! もう安全です。さぁ、こちらへ」


「……あ、ありがと……です」



 ゴブリン三体をあっさりと屠ったジャン君は双剣の血糊を振り払って納刀すると、ボクへ向かってそうのたまいました。先程護衛の騎士と例えましたが、まさか本当にそのつもりだったとは驚きです。思わず呆気にとられてしまいました。


 しかし、姫……ですか。


 ジャン君は恐らく14歳です。この年頃の男の子は、かつての世界でを患いやすかったです。ボクも昔、患いました。はい、厨二病ですね。

 でも今の世界はファンタジー溢れる世界です。……まさか、そういう事ですか!?

 確かに魔法や魔物、それに冒険者が存在する世界です。


 グラッチェ、知らない神々! ボクの夢を叶えてくれてありがとです! ……美代達の恨みは晴らさせていただきますけどね。


 神に感謝云々はともかく、姫はいただけないですね。

 だいいち、ボクは元オッサンです。むしろ、王子様や騎士様などと呼ばれた方が嬉しかったりします。女の子になってしまった以上そんな呼ばれ方はしないですが。


 ともあれ、ボクも患っていた厨二病に犯されているジャン君の夢を壊すのも偲びないので、しばらく付き合ってあげる事にしました。


 騎士らしく恭しい仕草で跪き、手の平を上に向けてそっと右手を差し出すジャン君。そのジャン君の夢を壊さない様に出来るだけお姫様をイメージして、そしてふわりと被せる様にジャン君の右手の上に左手を置きました。傍から見ると、お姫様の手に騎士様が忠誠を誓いながらキスをする様な感じです。

 ボクがジャン君に合わせたからか、ジャン君もどことなく嬉しそうな顔をしてますね。


 そんなお姫様と騎士ごっこの後、精霊の森を抜けました。するとそこには、二頭の立派な馬が繋がれた豪華な馬車がありました。どれ程豪華かと言うと、箱馬車の縁は黄金で装飾が施されており、扉や背面には鳳凰や神を表した様な意匠までされてます。王侯貴族が所有しててもおかしくない様な馬車ですね。



「姫、馬車はあちらに御座います。御足をくじかぬ様にお乗り下さいませ」


「ありがとう、ボクの騎士様。……でも、スラさんがまだ戻って来てないです」


「あ、そっかぁ! 忘れてたよ、オイラ。じゃ、少しここで待ってようか」



 精霊の森を出た所でそんな会話をしましたが、ジャン君の馬車には御者さんは居ないんですかね?

 御者はともかく、ジャン君の馬車は先程も言ったですが、まるで王侯貴族が乗る様な煌びやかな馬車です。本当にジャン君は何者なんですかね?

 さっき、親父がチャーターしたとか言ってましたが、あんなに煌びやかな馬車をチャーター出来るという事は、ジャン君の家は貴族かもしれないです。

 だとしたら、ジャン君と仲良くなっておけば、お金で苦労した時に助けてくれるかも。ますます優良物件ですね!



「ミハエル様! お待ちしておりましたぞ!」


「あ、セバス! ちょ、ちょっとこっち来て!」



 馬車とジャン君について考えていたら、突然どこからともなく執事が現れたです。ジャン君が一人で精霊の森に来たならば馬車じゃなくて馬に乗って来ると思っていたので、驚く事は無かったです。……ホントですよ? 微妙にチビったのは内緒です。


 と言うか、『ミハエル様』って、ジャン君の事ですかね? それに、『セバス』……ですと?

 セバスというニックネームで思い浮かぶのは、セバスチャンです。そして、執事と言えば、セバスチャン。

 まさかまさかの、お約束的な名前の執事ですかね? ちょっと期待しちゃいますよ!



「お、お待たせ、ユーリちゃん! こっちの執事っぽく見えるのは、『セバスサン』といって、オイラの親父がチャーターした馬車の御者さん」


「どうも初めまして。わたくし、セバスサンと申します。お見知りおきを」



 ジャン君の紹介で挨拶をする執事さん。右手を胸に添えて左手は後ろへ回して腰につけ、そして綺麗なお辞儀を披露しました。その仕草は、正に執事そのものです。


 しかしなんと言うか……微妙な名前です。それに、御者さん、ですか。ボクの期待を返して欲しいです……。

 でも、ジャン君の地元のセダイの馬車を運営する商会では、もしかしたら執事スタイルを売りにしてるかもしれないです。一般市民でも貴族の気分を味わえるってコンセプトで。

 という事は、先程セバスサンさんが呼んだミハエル様というのも、その貴族気分を味わえるサービスの一環なのかもしれませんね。


 サービス云々を考えつつも、ジャン君と他愛のない会話をしながらスラさんを待つ事10分。そのスラさんから念話が届いたです。



(ヌヴァー。主よ、近くまで戻って来ました。何やら見知らぬ人間がいる様ですが、このまま近付いてもよろしいでしょうか?)


(問題ないです、スラさん。ジャン君達には一応説明してるですし、スラさんが戻って来ないと馬車にも乗れないです。あ、ボクは魔物使いという事になってるから、スラさんもそれに合わせて欲しいです)


(了解です。ヌヴァー!)



 念話が終わり、その事をジャン君に伝えます。待ってもらってる以上、伝えるのが礼儀だと思うので。



「スラさんから念話が届いたです」


「お、やっとユーリちゃんの使役する魔物が見れる訳だね! 実はオイラ、すっごく楽しみにしてたんだ! どんな魔物なんだろう♪」



 期待してる所申し訳ないですが、スライムです。

 まぁ、普通のスライムとは全くと言っていい程違いますが。何より、とんでもなく強くて、果てしなく便利です。スラさんは世界最強のスライムです!



「ほう。ユーリ様は魔物使いで御座いますか。とても可愛らしい魔物使いさんですな」



 セバスサンさん、ボクにまで執事的なサービスをしてくれるとは。優しい笑顔が素敵ですよ、セバスサンさんも。

 お返しに、ボクもニコッと笑ってあげました。



「お待たせ致しました、主よ」



 セバスサンさんの笑顔に癒されていたら、背後からスラさんの声が。しかし、スラさんにしては声の質が違う気がするです。どこかで聞いた事がある様な、いつも聞いてる様な。不思議な違和感を感じました。



「ゆ、ユーリちゃんが二人!?」


「これはこれは、ユーリ様は双子の姉妹で御座いましたか」



 スラさんを見て意味の分からない事を言うジャン君とセバスサンさん。……もう、セバスさんで良いですね。

 セバスさんは穏やかな表情を浮かべてますが、ジャン君は人には見せちゃいけない顔をしてるです。せっかくの癒し系男子の顔なのに、台無しですね、これじゃ。


 しかし、何故に二人はボクが二人居るとか双子の姉妹とか言ってるですかね? ボクは一人ですし、そもそも、ボク以上の美少女は居ないはずです。……おそらく。

 あ、ミサトちゃんとか、すっごく萌える女の子は居ましたね。


 とりあえずスラさんに返事をする為、そろそろ振り返ってみますかね。



「な、何ですとーっ!?」


「ね? ユーリちゃんも驚くでしょ?」



 ジャン君の言う通り、すっごく驚きました……!


 鏡を見てるんですかね? それとも、本当にボクの双子の姉妹が居たんですかね? あ、もしかしたらシヴァちゃんが現れたのかも。

 ……などと考えてしまうのも、ジャン君達が驚くのも納得しました。


 振り返るとそこには、ボクが居ました。道理で声を聞いた事がある筈です。ボクと同じ声ですもん。しかも、身に付けてる装備まで全く同じです。何だか、ドッペルゲンガーに騙されてる気分がして来ました。



「主よ。私です、スラさんです。精霊の森にて私が吸収したものとは……『メタスライム』なのです。そして、私はこの能力を手に入れました」



 メタスライム……とは、何ぞや?


 そう、ボクが疑問を感じたら、スラさんが答えてくれました。もしかして、覚えたての念話の影響ですかね?


 ……ともあれ、スラさんの説明に耳を傾けるです。



「メタスライムとは、あらゆる物、そして者に変化出来る能力を持ったスライムです。そして、変化した相手の能力もそっくりそのまま使えます。但し制限があり、私の基礎能力を超える力は使えません。なので、今の姿は主の姿なのですが、主の力を真似る事は不可能です」



 スラさんはボクの姿で、しかもドヤ顔を披露しながらそう説明してくれました。お陰で、メタスライムの事が理解出来たです。

 つまり、スラさんはそのメタスライムを吸収した事でその能力を獲得したという事みたいです。いわゆる、コピー能力ですね。

 コピー能力と言えば、某有名漫画家の作品にコピー能力を持った人形が登場しますが、スラさんはその人形の生きてるバージョンになった訳ですね。これは、色々と使えそうです。

 例えば、スラさんに学園に行ってもらってる間にボクが何かをやるとか、あるいはスラさんに指定した人物に化けてもらって、その化けた人物の周りを調べてもらうなんて事も出来そうです。

 恐ろしい程の素晴らしい力ですね……! 今までのスラさんがただのスラさんだとしたら、今のスラさんは『スラさん改』といった所です。ビバ! スラさん改!!



「えっ!? もう一人のユーリちゃんがユーリちゃんの使役する魔物なの!? しかも、メタスライムを吸収したって……? という事は、スラさんだっけ? そのスラさんもスライムって事だよね? オイラ、スライムって最弱の魔物だと思ってたけど、意外と凄い魔物だったんだね!」



 ふふーん! スラさんは世界最強のスライムですよ? ボク、お手製ですからね!



「確かに素晴らしい能力で御座いますな。ささ、スラ様もお戻りになられましたので、馬車へとお乗り下さいませ。そろそろ出発しませんと、トキオへは今日中に着かなくなってしまいますぞ」


「あ、分かったです。所でスラさん。元の姿に戻って定位置に居て欲しいです」


「分かりました、主よ。……ヌヴァー!」



 セバスさんに促されたので馬車に乗り込もうとしましたが、その前にスラさんに元に戻れるのかを聞きました。『どこでもトイレ』のスラさんが股間に居ないと落ち着かないです。現に、先程チビりましたし。……漏らしたのは内緒です。


 ボクの言葉を了承したスラさんは、直ぐに元の姿へと戻りました。その様子を見てましたが、複雑な気持ちになったです。

 だって……ボクの姿だったんですよ? それがグジュグジュに崩れる様に溶けて……それで小さくなって、いつものスラさんに戻ったです。R指定されても仕方ない、グロテスクな戻り方でした……。



「さて、それでは出発致します。用を足す時は声を掛けていただければ止まりますので、気軽におっしゃって下さいませ」


「分かったよ、セバス。ユーリちゃんも大丈夫かな?」


「大丈夫です。スラさんが戻ったので」


「それでは出発致します」



 ボクに確認を取ったジャン君がセバスさんに指示を出すと、馬車は静かに動き出しました。貴族が乗る様な豪奢な馬車なので、驚く程に静かな発車です。車輪が地面から拾う振動も少ないですし、ベンチシートタイプの座席もふわふわです。これならお尻が痛くなる事も無く、長時間の移動も苦にはならなそうです。素晴らしいの一言ですね。



「しかし、本当に凄いスライムだよね、スラさんって! まさか、そ、そんな所に居るなんて。うらやま……じゃなくて、便利だよね、トイレに行かなくて済むって」



 馬車が発車して少ししたら、ジャン君はそう話を切り出しました。何故かほんのりと顔が赤いです。

 しかし、スラさんがボクの股間に居るのが羨ましいのか、それともトイレに行かなくて済むのが羨ましいのか、どっちなんですかね? と言うか、顔が赤くなってるから、前者の方ですね。

 やはりジャン君も年頃の男の子、そういう事が気になって仕方ないみたいです。

 ですが、ここはあえて気付かないふりをして、トイレの方で話を進めるです。エッチな失言にツッコまない事が優しさですよ?



「……貸さないですよ? ボクだけのトイレですし、ボクだけのスラさんです。スラさんが居なくなったら、ボクはどこにも行けない程頼りにしてるです」


「ヌヴァー! 主よ、光栄です」


「スライムの姿でも喋れるんだ!? 本当に凄いなぁ……!」



 スラさんに感心しきりのジャン君。……あげないですよ?


 スラさんについての会話を弾ませつつ、セバスさんが操る馬車は一路、トキオへとボクらを乗せて進むのでした。

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