第8話 孤児院とミーナ

 

 八



 ダストさんと共に孤児院の中へと入り、先ずは院長にボクを紹介するという事で、その院長が居る筈の院長室へ向かいました。……向かいましたと言っても、入口から入ってすぐ正面の部屋でしたが。



「『ミーナ』? 居るかね? ワシだ。今日は新しく入る娘を連れて来たんだが、入るぞ?」



 院長室の前でダストさんはそう言うと、返事が無いのにドアを開け、そしてその中へと入って行きました。さすが経営者ですね。遠慮が無いです。

 しかしこの場合、ボクはどうすれば良いですかね? こういう事は初めてなので、入った方が良いのか、それとも呼ばれるまで待てば良いのか、全く分からないです。……とりあえず、呼ばれるまで待ってみますかね?



「えいっ!」


「はひゃっ!?」



 どうすれは良いか分からずに院長室の前で待っていたら、突然後ろから抱きしめられたです。しかも、片手は胸、もう片方は何故かボクの股間へと伸ばされてます。……もしかして、痴漢ですかね? すぐに離してくれましたが。

 それはともかく、危うくチビりかけたです。



「だ、誰ですか!? ボクを後ろから襲う不届き者は!」


「あなた、可愛いけど新入りさんなの? 私はミーナ。この孤児院の院長を任されてるわ」



 ボクを襲った痴漢は痴漢では無く、痴女でした。……痴女では無く院長の間違いですね……!



「院長さんでしたか! あ、ボクはユーリって言うです。今日からお世話になるので、よろしくお願いするです!」


「ユーリちゃんって言うのね。分かったわ! いつでも私を頼ってね? ユーリちゃんみたいに可愛い女の子は特に可愛がっ…………面倒見てあげるから♪」



 可愛がっ……? 何ですかね、今の間は。まぁいいです。

 それはともかく、ミーナさんは美人さんです。歳は二十歳前後ですかね? ボンキュッボンを表した様な素晴らしい体型に、キリッとした顔。瞳の色は碧眼ですね。そして眼鏡を掛けているからか、とても理知的に見えるです。髪の色は金髪ストレートで、長さは肩に掛かるくらい。その為パッと見たミーナさんの印象は、一昔前のキャリアウーマンに見えます。……眼鏡の向こうの怪しい視線が無ければ、ですが。



「外から声が聞こえると思えば、そんな所で何をやっているんだ、ミーナ? ……紹介する必要は無くなった様だな。ワシはこれで帰るとするが、くれぐれも頼んだぞ、ミーナ」



 院長室から出て来たダストさんはそう言い残し、孤児院から去って行きました。

 ボクはダストさんに小さく手を振りながら見送ってましたが、背後からの怪しい気配にゾクリとしたです。

 恐る恐る振り返ると、ミーナさんがボクの体を舐める様に見ていました。正直、怖いです。



「み、ミーナさん、何でボクをそんなに見てるですか!?」


「…………」


「ミーナさん!?」


「……っ!? あ、ゴメンね! あまりにも可愛らしいから、つい、ね。ところでユーリちゃん? あなた、下着は履いてないの?」



 なおも、怪しさ満点な視線をボクに向けてるミーナさんでしたが、そのミーナさんはボクが下着を履いてない事を言及してきました。

 どうやら、さっきボクに抱き着いた時に気付いたみたいです。……あからさまに触ってたので気付かない方がおかしいですが。

 ともあれ、ボクは正直に言う事にしたです。



「そ、その、ボクは記憶が無くて、気付いた時にはこの格好だったです。……下着って何ですかね?」



 ……記憶喪失を装っての正直という事で話しましたが、どうですかね? ミーナさんにもご理解頂けたですかね?



「な、なんて可哀想で可愛いのかしら!! い、今すぐ下着を買いに行きましょう、そうしましょう!!」


「えっ? いやぁあああーーーですぅーーーっ!!」



 意味不明なことを言い放ち、突然ボクを脇に抱えたミーナさんは、猛烈な勢いで孤児院の外へと飛び出しました。

 あまりの出来事に、ボクは思わず悲鳴をあげてしまったです。



「ハァハァ……! ハァハァ! こ、興奮してきたわ! こんな可愛い娘の下着を私が選べるなんて……♪」


「み、ミーナさん……! お、下ろして欲しいです! 自分で歩けるです!」



 ハァハァと鼻息を荒くしながら、ボクを抱えてトキオの街中を爆走するミーナさん。

 さすがに恥ずかしいのと、身の危険を感じたボクは、ミーナさんに下ろして欲しいと頼みました。

 するとミーナさんは、素直にボクの願いを聞き入れてくれ、ようやく下ろしてくれたです。


 脇に抱えられて移動したせいか、下ろされた所は見知らぬ場所でした。……今日初めてトキオに来たんだから、どこもかしこも見知らぬのは当たり前ですが。

 ともあれ、ミーナさんも少しは落ち着いた様で、改めてトキオの街を説明しながら、女性物の服を扱うお店へと連れて行ってくれました。



「……興奮し過ぎたわね。それでユーリちゃんはトキオの子なの?」


「違うです。と言うか、分かんないです!」


「じゃあ、私が説明してあげるわね? 先ず、トキオの街は――」



 ミーナさんの説明によると、トキオは東、西、南、北、中央の五つの区画に分かれてるみたいで、それぞれに特色があるのだとか。

 北区は主に武器や防具、それにマジックアイテムなどを取り扱うお店が多いらしく、それを目的に数多くの冒険者が集まるみたいです。それと言うのも、冒険者ギルドが北区にあるからだとか。……当然の話ですね。あ、冒険者学園も北区にあるそうです。


 次に西区。西区は主に家具や鍛治、建築及び服飾関係の職人さんが多く住む区画らしいです。いわゆる、職人街というやつですかね? 貴族なども家具の制作を依頼するとも言っていたので、腕は確かな様ですね。ボクも元建築職人。いずれ訪れてみたいと思うです。

 あ、そうそう! それらを売る為のお店も西区に集中しているそうです。ボク達が下着を買いに行くのも、西区にあるお店の様でした。


 三番目は東区。ここはダスト商会くらいしかお店が無いですが、トキオの一般市民の多くがこの東区に住んでるそうです。宿屋などもあるみたいですよ? それと、ダストさんが経営する孤児院も東区です。東区は、閑静な住宅街ですね。


 四番目は南区。南区は飲食業が盛んな区画だとか。ここはボクもダストさん達と通ったから良く分かってますが、大通りだけじゃなく、裏通りにもたくさんの飲食店があるみたいでした。しかも、その裏通りにあるお店の中には何と、貴族が隠れて通う名店もあるのだとか。そんなに美味しいならば、ボクもいつかは行ってみたいですね!


 そして、最後となるのが中央区。トキオの中心という事でも分かるとは思いますが、ここには貴族街があります。トキオを治める領主の館が在るのも中央区ですね。中央区は、恐らくボクには縁の無い場所となりそうです。だって、偉ぶる人、嫌いですし。



「――というのがトキオの全体像ね。それで、人口は冒険者を含めて100万人。ハポネ王国は世界でもかなり小さな国なのに、都市の規模はかなりの物ね」


「ふぇぇぇ……! 何となくしか分からないですが、とにかく凄いという雰囲気は伝わったです!」


「もっと驚くと思ったけど、記憶喪失なんだからそんな物かもね。さて、着いたわよ?」



 そんなこんなで説明を聞いてる内に、目的のお店へとやって来たです。

 お店は、西区を貫く大通りに面した場所に構えられてました。店頭には女性物の服がたくさん飾られていて、ボクには少し入りづらい感じです。



「ほら、何してるの? 入るわよ!」


「あ……! こ、心の準備がまだ……!」



 お店の前で入店を躊躇うボクをミーナさんは手を引き、そのまま店の中へと連れて行かれてしまったです。

 身体は女の子になってしまっても、心は男です、ボクは。つまり、凄く恥ずかしいです。

 ならば用を足すのは恥ずかしくないのか、と聞かれそうですが、未だに抵抗はあるです。座ってするのとか。本当は立ってしたいですが、初めに大変な事になったので、それからは座ってしてるです。……男の時の癖で拭いた事は無いですが。いつも自然乾燥です!


 などと思っていたら、いつの間にかボクは試着室の中に居たです。……ミーナさんと一緒に。

 そして、そのミーナさんの手には、抱え切れない程の下着がありました。



「さぁ、始めるわよ〜♪」


「あ……!」



 試着室には服などを置く為の棚がありますが、ミーナさんはそこに大量の下着を置きました。……置き切れずに床にも落ちてますが。

 ともあれ、ボクは一瞬の内にローブを脱がされて、生まれたままのあられもない姿にされてしまったです。

 その後、興奮するミーナさんに次々と取っ換え引っ換え下着を試着させられ、ボクの意見は聞き入れられずに十着程の下着が購入されました。



「……ミーナさん? 何での下着やの下着、それに透け透けの下着があるですかね?」


「はぁ〜はぁ〜はぁ〜♡」


「ミーナさん!?」



 ……諦めるです。


 暫く自分の世界にトリップしてたミーナさんでしたが、現実に戻って来るなり「下着を買ったなら、次は当然服もね♪」などと言い始め……結局ボクは再びの試着室の中の住人となりました。



「これも良い♪ あぁ、これも♡ でも、これも捨て難いわ!」


「………………」



 ボクは、全てを受け入れた達観の表情のままに、ミーナさんの着せ替え人形になってました。

 購入した服はローブタイプの可愛らしい寝巻きを初め、フリフリがたくさん付いたドレスの様な物に、大きなリボンが腰の当たりに付いた物、何故にこんな物がと言える魔法少女的な物までありました。

 ……自分でお金を稼げる様になったら、もっとカッコ良い服を買いたいです。

 ともあれ、お金の無いボクにミーナさんは服などを買ってくれたので、その点では凄くありがたいですね。だから、ちゃんと着させてもらうです!




 ☆☆☆




「ここがユーリちゃんのお部屋ね。何かあったらすぐに言ってね? 私の部屋は隣だから♪」


「……何か言ったら逆に危なそうです」


「何か言ったかしら?」


「ううん、何でもないです!」



 なんだかんだで服を購入後、南区の肉丼屋さんで少し遅めのお昼を食べ、そして孤児院へと帰って来ました。そして案内されたのが、これから暫くボクがお世話になる部屋。その部屋は、コの字型に建てられた孤児院の二階の一番奥の部屋でした。


 しかし、階段から一番遠いのは何故ですかね? もしも敵が孤児院に侵入したとするならば、ミーナさんの部屋が手前にある分最も安全かもしれないですが、そこまで侵入されたのならば逃げ場が無いので、そうなると危険です。……逃げ場? 逃げ場が無いという事は、ミーナさんに襲われた場合の逃げ場も無いという事ですか!?

 いやいやいやいや。考え過ぎですね。ボクみたいな少女を女の人が襲うなんて有り得ないです。


 それはともかく、ミーナさんに守ってもらえるというのは安心ですね。何故ならミーナさん、何と冒険者もやってるらしいです! しかもランクはBランク。つまり、あの強そうだったケイトさんやラルフさんよりも強いという事です! 凄いですね!


 それよりも、今は部屋の事ですね。ボクに宛てがわれた部屋は広さが6畳程もあり、窓は一つで中庭を望める様になってます。その窓際にはベッドが置かれ、クローゼットはそのベッドの足側、部屋のドアの傍に設置されてました。

 あ、トイレと洗面所もあるみたいです。出入口のドアの横にもう一つドアがあって、その中にありました。トイレはもちろん、洋式でした!



「むぅー。孤児院自体は民宿のイメージなのに、部屋は洋室とは。……不思議です」



 そんな事を呟きながら、部屋に入る時に渡されたボクの服や下着をクローゼットへとしまい、トイレで用を足してから、おもむろにベッドへと横になりました。夜までの時間で色々と考え事をする為です。



「……下着がくい込んで落ち着かないです」



 ……今履かされているのは、いわゆるTバックと呼ばれるタイプの下着です。男時代を含めてもこんな物は履いた事は無かったので、色々と落ち着かないです。……ミーナさん、普通のやつが良かったです。


 ともあれ……考える事はたくさんあるです。

 先ず、ボクが一つの身体に戻る前に見たあの光景、世界が終わる光景の事ですが、あの不思議な声はいくつもの世界を重ねると言ってました。となると、この世界はその重なり合った世界という事になる訳ですが、あの時からどれだけ時間が経ってるんですかね?

 暦が【真歴】で、今は2019年という事は、あれからそれだけの時が流れたって事ですかね? しかも、もしもそれだけの時が流れてるのならば、美代達がこの世界に生きてるのかさえ分からないです。……シヴァは居るとは言ってましたが。


 それと、ボクの身体。

 自称神を名乗るシヴァの姿は、五歳相当の幼女の姿でした。あの時のボクは四十三歳のオッサンです。それが一つになったのは良いとして……良くないですがそれはともかく、何故に十三歳相当の女の子の身体なんですかね? 見た目の年齢で平均すれば、二十四歳の姿でも良いと思うです。不思議です。


 最後に魔法。

 ボクが目覚めてから山を下りる時に戦った魔物……ゴリライガーですが、ゴリライガーを倒す時に使ったのは間違いなく魔法です。魔法の原理として頭に浮かんだので、それも間違い無いと思うです。

 ですが、カイトさんに測定してもらったボクの魔力量はゼロでした。だったら、魔力を練り上げた時のあのムズムズする様な感覚はいったい何ですかね? 謎は深まるばかりです。


 いくら考えても答えは出ないので、とにかく今は冒険者を目指して頑張るしかないですね!

 ……という訳で、いつの間にか既に夕方なので、お風呂に行ってくるです♪

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