第21話 毒ですか!? いいえ。ボクの作ったスープです!
二十一
「どうしてこうなった……です!? ……グフッ!」
今日の授業は『冒険者の塔』にてサバイバル術の基礎を学ぶ為のものでした。
内容としては、薬草や毒草の見分け方から始まり、食べられる野草の見分け方と続き、最後は野草と干し肉のスープを作ってそれを食べて終わるというものです。
あ、そうそう、冒険者の塔の内部の造りは、小さな林や草原の様なものが再現されていて、さながら小さな箱庭でした。それ故に、薬草や毒草、それに食べられる野草等、それこそ自然そのものが再現されてました。だからこそ、サバイバル術を学ぶ為の擬似的環境が整ってると言えますね。
それはともかく、それが何故力尽きた様なボクの言葉になったかと言うと……どういう訳か、ボクの作ったスープが尋常ではない不味さだったからです。
ミサトちゃん達他の一年生と同じ材料で、しかも同じ手順で作ったのに、何故にボクのスープだけ激不味なのか。……不思議です。
「ユーリだけ何故か失敗したみたいだけど、他はしっかり出来た様だね。それでは、今日の授業は終了だよ。
明日の授業はクラス毎に学ぶ事が違うから『座学の塔』の自分達の教室に集まる様にね」
『『『はい!』』』
ボクだけ地面に倒れ伏してる状態で今日の授業は終わりました。
いくら自業自得……いや、自爆とは言え、ボクを放ったらかしで良いですかね!? いや、良くないと思うです! ……自爆なので仕方ないですが。
ちなみにサバイバル術担当の講師は『ガイア=マッシュ』という名前で、ジョブは【
あ、当然所属しているパーティは『静かなる賢狼』だそうです。それと、年齢は38歳で、パーティで唯一の既婚者だとか。
ガイアさんの事はそんな所ですが……しかし、本当に不味かったですね、ボクが作ったあのスープ。だいたい色からしておかしかったです。
他の一年生達のスープは綺麗な琥珀色のスープだったのに、何故かボクのスープだけ濁った紫色。しかも、何やら茹だった様にボコボコと泡が出てました。自分でもよく飲めたと褒めてあげたいです……!
……何が言いたいのかと言うとつまり、罠の解除に引き続き、今現在のボクは料理も不得手だという事が分かりました。
という事は、もしも好きな男性が出来たとして、その男性の胃袋を掴む事はボクには出来ないという事です。心が男のボクには有り得ない事ですが。
そんな複雑な気持ちのまま倒れ伏してるボクに、心配そうな顔で声を掛けてくれる人がいました。ミサトちゃんです。
「ユーリちゃん、大丈夫かニャ?」
「だ、大丈夫です……! 毒を飲んだ訳じゃないですし……」
「……毒々しい色ニャのに、よく飲めたニャ」
ミサトちゃんのボクを案じる(?)言葉のお陰か、その後、何とか復活したボクと、ボクを待っていてくれたミサトちゃんと共に孤児院へと帰りました。
ミサトちゃんの事が好きなネコーノ君も今日は珍しく、クリス君やノルド君と三人で先に帰ってましたね。明日は天気が悪くなりそうな気がするです。
……珍しい事をすると天気が悪くなるとかってよく言うですよね?
そんな事を心配しつつ孤児院へと帰り、入浴後にマレさんの美味しい夕食で口直しを行い、そしてそのまま就寝しました。
ミーナさんも今日は大人しかったですね。まぁ、昨日あれだけ脅しておいたので、直ぐに何かをしようとは思わない筈です。何日か過ぎれば再び何かを画策するかもしれませんが。喉元過ぎれば熱さを忘れる、とも言いますし。
ともあれ、本日もお疲れ様でした。
☆☆☆
――翌日。
冒険者学園、座学の塔、一年生のSクラスの教室。
教壇の前にはフル装備を身に纏ったレイドさんが居ます。金属製の軽鎧に、腰には一振りの長剣を佩いていて、まるでこれから魔物と戦いに行く様な恰好です。
……授業ですよね? 座学の。
「よーし! 今日の授業はトキオから出ての課外授業だ。という事は、当然魔物との戦闘を予定している。冒険者にとって、魔物との戦闘は切っても切り離せない事だからな。そういう訳で、今日は『ホーンラビット』を狩りに行く」
何ですと!?
冒険者学園と言うだけあって、生徒一人一人の服装と言うか装備は一応それらしい物を纏っているですが、剣等の武器はさすがに持ってないです。あ、ボクは黒神の中に双刃剣ブラフマーを持ってますが。
あれ? ネコーノ君はショートワンドをローブの袖の中に入れてますし、ミサトちゃんは自分の爪を伸ばして戦うので、三人は特に問題無いですね。
「レイドさん、俺とノルドは武器を持ってないぞ!?」
「大丈夫だ! 学園から借りられるから安心してくれ。
という事で、武器を学園の武器庫に取りに行って、そのまま出発だ!」
……クリス君とノルド君の武器の心配も無くなったです。
しかし、早くも魔物との戦闘ですか。まぁ、一年生ですし、レイドさんもその辺は理解してると思うので、恐らく誰でも勝てる様な魔物を相手にさせようとしてる筈です。
先程もチラッと名前が出てましたが、ホーンラビット……つまり、角が生えた兎ですよね?
兎という事でイメージ的には可愛いですが、気掛かりとしては、ホーンラビットが可愛い過ぎてボクに倒せるかどうか、です。
今のボクは、誰がどう見ても女の子の姿です。それが原因なのか、可愛い物には目がなくなったです。
普通なら、身体は魂に寄ると言いますが、ボクの場合、どうやら魂が身体に寄ってるみたいです。つまり、心は男のつもりでも気持ちが女の子に近付いてる様な気がするです。……不思議ですが。
兎も角、いくら見た目が可愛いかったとしても、そのホーンラビットを倒せない様では冒険者には成れないですし、これも冒険者として必要な事と割り切って頑張りたいですね!
「ここが学園武器庫だ。自分に合った物を借りて来い」
「「はい!」」
学園武器庫は座学の塔の扉から出て、その扉から見て座学の塔の裏側、つまり反対側にありました。
厳重に幾つもの鍵がかけられ、更に、講師陣しか開けられない様に、登録型の
当たり前ですよね。いくら幾つもの鍵をかけようが、腕の良いシーフには簡単に開けられてしまうです。しかも、いくら貸し出し用とは言え本物の武器なので、それを犯罪に使われたら大変です。闇の犯罪組織みたいな所に売られても大変ですが。
ともあれ、厳重な管理体制に安心しました。
「聖騎士を目指すクリスはロングソードで、ドワーフのノルドはグレートハンマーか。やはりと言えばやはりだな。んじゃ、行くぞ!」
武器庫の管理に納得し、クリス君達がそれぞれの得物を選んだので、いよいよ出発です。
ちなみにですが、今回はトキオの東西南北にそれぞれある門の内、南門から出街するみたいです。
トキオの北区に在る冒険者学園から最も近いのは北門なのに、あえて南門から出街するのは理由でもあるんですかね? レイドさんが南が好きだとか。
そんな事を疑問に思いながらも、冒険者学園がある北区から、朝から多くの人で賑わう南区の飲食店街を抜け……ボク達は今、南門にある守衛所にて出街手続きを行ってます。……代表としてレイドさんが行ってますが。
「おお! 無事に学園に入れたみたいだね!」
「あ、カイトさん! その節はお世話になったです!」
出街手続き中、南門の守衛長のカイトさんが守衛所の奥から姿を見せました。どうやら、つい先程まで休憩してたみたいですね。交代制なので当然ですが。
むしろ、もしも休憩が無いなんて言ったら、いったいどんなブラック企業ですかって話です!
……それはともかく、カイトさんと挨拶を交わしたボクですが、例のやらかした事を思い出し、恥ずかしさから顔が若干赤くなるのを自覚しました。カイトさんもボクの赤くなった顔を見て思い出したのか、少しだけ照れた様な表情をしてるです。……早く忘れて欲しいですね……!
「冒険者学園に入ったばかりで出街するという事は、ユーリちゃんはSクラスに選ばれたのか! 記憶喪失でも以前の事は体が覚えてたんだね、Sクラスに入るなんて。相当な実力者だったみたいだよね、記憶を失う前のユーリちゃんは。
ちなみにだけど、冒険者を目指す人に何が得意なのか聞くのもなんだけど、何が出来たんだい? あ、無理して言わなくても良いからね? 冒険者の多くは手の内がバレると命の危険に繋がるからと秘密にしてるからね」
ボクの汚点を振り払うかの様に、カイトさんはそう訊いてきたです。
何と答えれば良いですかね?
魔力測定器で魔力がゼロと診断されて入街が許可されたのに、スラさんを生み出した魔法のお陰で学園に入れたなんて事を言ったら明らかに怪しまれるです。
と言うか、ボクの試験を直接見てたのはカミーサさんだけなので、普通に剣術と答えておくのが良いですね。
「マジックドールへの攻撃がクラス決め試験だったですけど、それを両手にそれぞれ持った剣でバッテンに斬ったらSクラスに入れたです! ……採点基準は分からないですけど」
「ユーリちゃんは記憶を失う前は双剣使いだったんだね! やっぱりマキトさんに憧れて……って言っても、記憶喪失なんだから知る訳ないか。それでもSクラスは凄いよ! とにかく、頑張ってね!」
「はいです!」
その様なカイトさんとの会話が終わった所で、出街手続きもタイミング良く終わったです。
……身分証はどうなったのか、ですって?
ダストさんが、ボクが孤児院に入ってるという事を証明する為の書類を幾つも書いてトキオの領主に提出したらしく、孤児院に入って次の日の朝には届けられてました。
さすが、ダストさん。出来る商人は仕事が速いですね!
ちなみに、守衛所に提出してた身分証は学園証です。ダストさんが届けてくれた市民証とも言うべき物は、大事に黒神の中にしまってあるです。失くしたら大変ですからね!
そうそう、市民証にはこう書かれてました。
『ハポネ王国のトキオ出身及び在住。街民番号1082358号。名前ユーリ』と。
ダストさんが色々と手を尽くしてくれたみたいです。あの手この手やコネ等を使って。
そのダストさんが労力を惜しまずにボクの為に申請してくれた市民証を受け取った時は、ボクなんかの為にと、嬉しさと感動で自然と涙が流れてました。
ダストさんには本当にお世話になりっぱなしです。そんなボクの心の中でダストさんは、既に『お父さん』と呼んでたりするです。恩返しも、お父さんと呼んであげたら良いですかね? 照れ臭いですけど。
そんな事を考えてる間にも、ボク達は南門から伸びる街道を右手にレイク湖を見ながら南に進み、そのレイク湖から引いた水を利用して造られた美しい田園風景が途切れた辺りで街道から逸れ、草原へと足を踏み入れました。
草原の名は『トキオ草原』と言って、トキオの南に拡がる所からその名前が与えられた草原だとか。それでそのトキオ草原では、多くの植物や動物、そしてホーンラビット等が棲息しているとの事です。
そして、トキオ草原は草原と言うだけあって生えているのはほとんどが草や花ですが、街道から離れるにつれて草の丈が高くなり、1km程進むと腰の辺りまでの高さになってました。
そこまで進んだ辺りでレイドさんは立ち止まると、ボク達に向けて言葉を発しました。
「この辺で良いだろう。見ても分かる通り、この辺の草は俺達の腰の辺りまで伸びてる。つまり、ホーンラビットが身を隠すのには持ってこいな場所だな。という事で、一人一頭を狩ってこい!」
「レイドさん、質問です!」
「なんだ、ユーリ?」
「ボクはホーンラビットを見た事無いですし、知らないです。ホーンと名前に付く事から角が生えた兎だと思うですが、特徴とか気を付けないとダメな事を教えて欲しいです!」
立ち止まったレイドさんから課外授業の課題が告げられましたが、ボクはホーンラビットについて何も知らないので質問したです。
何故かと言えば、何も知らないでいると、思わぬ痛手を負う事も考えられるです。敵を知り己を知れば百戦危うからず、とも言うですし。しっかりとホーンラビットについて聞いておくです!
「あー、俺から説明するのも面倒だから、クリス達にでも聞いてくれ。つまり、誰もが知っている魔物という事だ。という事で、俺の居る場所に夕方までに戻って来い。それじゃ、行けっ! ……ああ、昼飯は自給自足で何とかしろ。昨日サバイバル術を学んだんだからな!」
講師なのに生徒の質問に答えないのはどうかと思うですが、ホーンラビットはそれ程弱いという事だと思うのでレイドさんにツッコミを入れるのは止めておくです。……むしろ、お昼を自給自足という所にツッコムべきですかね? 今度、ボクの作ったスープをレイドさんにご馳走してあげるです。あの激不味スープを。
……ともあれ、ホーンラビットの事は取り敢えずミサトちゃんにでも聞いてみるですかね?
「ミサトちゃん。ホーンラビットについて教えて欲しいです」
「おでこから角が一本生えてる兎ニャ。大きさは子牛くらいで、突進してきて角で攻撃するニャ。急所に刺さったら死ぬから気を付けるニャ」
き、危険な兎さんでした!
ですが、注意しなくちゃダメな事は分かったです。突進による角攻撃に注意すれば良いという事ですね!
「ミサトちゃん、ありがとうです!」
「お互い頑張るニャ!」
「ミサト殿! 僕の魔法で見事なホーンラビットを仕留めますぞー! そしてミサト殿に捧げますぞー!」
「ネコーノはうるさいニャ! レイドさんの話を聞いてニャかったニャ!? 一人で一頭を狩るニャ! だから、向こうに行けニャ!」
「グハァッ! ですぞっ!」
ミサトちゃんとお互い頑張ろうと言った所で、ネコーノ君がまたもやミサトちゃんにアタックしてました。あっさりと右フックを喰らってましたが。
そんなお約束ネタをネコーノ君がぶちかました事を合図に、ボク達五人はそれぞれバラバラになって草原の奥へと進み始めました。
そしてボクはこの課外授業で、とんでもない物を発見する事になるとは夢にも思わなかったです……!
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