第6話 お城じゃなくてトキオという街でした
六
「ふぇぇぇー! 大っきいですぅー!」
山を降り、麓の森林を抜けた先の街道で出会った、馬車の護衛をしていたラルフさんという冒険者と共に、トキオというお城の様な城壁に囲まれた街にボクは辿り着きました。
お城の様な城壁という事で分かったと思うですが、つまり、石室を出た所から見えていたお城というのは、このトキオの街だったという事ですね。
それはともかく、ボクの言葉でも分かる通り、トキオという街は巨大な城壁に囲まれた、いわゆる城塞都市と呼ばれる街でした。但し、完全な城塞都市では無くて、農作業などは城壁の外で行われる様です。その証拠という訳ではないですが、すぐ傍の湖から城壁の周りへと水路が引いてあって、その水路を利用した水田がトキオの面積の数倍程も広がっていたです。
その為、トキオへと通ずる街道は水田の中を通る感じになっていて、ボク達の事を蛙の合唱が迎えてくれました。
そんな感じで辿り着いたボク達ですが、馬車を護衛しながらの歩きという事もあって、ラルフさんと出会ってから二日程掛かりました。その間、馬車の持ち主でもある商人の『ダスト』さんとも話をしました。
そのダストさんはトキオに店を構えているらしく、仕入れの為にトキオから一週間程離れた『オサカ』という街に行っていたそうです。それで、出会った時はその仕入れの帰りだったみたいですね。
ちなみに、ダストさんのお店で扱われている商品は、日用雑貨から武器防具までと、ありとあらゆる物を取り扱ってるそうで、いわゆる
あ、そうそう! 馬車の護衛はラルフさんだけじゃなくて、『ケイト』さんという女性の冒険者も居たです。
ケイトさんは普段からラルフさんとコンビを組んでるらしく、今回も二人で馬車の護衛という依頼を受けたとの事でした。
ラルフさんと出会ってからトキオまでの道中、その三人にこの世界の事、冒険者の事、その他様々な事をボクは教えて貰いました。
☆☆☆
――二日前。
まだ夜明け前の暗闇の中、ラルフさんの松明の灯りに照らされた街道を少しだけトキオ方面へと歩き、街道脇に作られた野営の為の広場に着きました。
そこでは馬車一台が止められていて、その傍では焚き火を前に一人の女の人が座っていたです。
「見回り、お疲れさん! ……って、その娘は誰だい!? あんた、まさか……! だったら同じ女として許しちゃおけないよ!」
「んな訳あるか! ……見回りの途中で街道の端で眠る、このユーリって言う娘を見付けて、それで危ないと思って連れて来たんだよ。盗賊なんかに見付かった日にゃ酷い目に遭わされるからな」
「なるほどねぇ。ま、あんたの事は信じてるから嘘じゃねぇってのは分かってるが。……あんた、ユーリって言うみたいだけど、そんな所で何で寝てたんだい?」
焚き火の前に座っていた女の人とラルフさんはボクの事で話していたですが、その話が終わるとボクに質問をしてきました。
むぅー。何と答えれば良いですかね? ハッキリ言って、ボクはこの世界の事は全く分からないです。かと言って、シヴァという自称神様と元通りの一つの身体になって、それであの石室で目覚めてって話しても信じてはくれないだろうし。……悩むですぅ。
「何だい、答えられないのかい? それともあたしが名乗らないからかい? チッ! めんどくせぇけど仕方ねぇな。あたしの名前はケイトって名だ。……さ、ユーリの番だぜ?」
「………………」
「まさかあんた……! 記憶喪失ってやつか!?」
何と答えようか悩んでる最中、この女の人……ケイトさんが、素晴らしい事を言ってくれました。記憶喪失。これしか無いです! 記憶喪失で通せば、この世界の事を色々と教えてくれる筈です! ボクって、天才♪
「ボク、ユーリって名前しか分かんないです」
「やっぱりかい。でかしたねぇ、ラルフ! 記憶喪失の娘を助けるなんて流石だよ!」
「……さっきはそんな感じには見えなかったけどなぁ。まぁ、詳しく話してないから分からなかっただけか」
「何をぶつくさ言ってるんだい、ラルフ!? さ、ユーリはこっち来て座りな!」
「はいです!」
こうして、記憶喪失を装ったボクは焚き火の傍へと招かれ、そこでケイトさんとラルフさんから世界の事とか、色々と聞く事が出来ました。
世界の事を聞く前に、先ずは自己紹介から始まりました。もちろん、ボクは記憶喪失という事で自己紹介はしなかったですよ? 当然です!
それはともかく、ケイトさんはラルフさんと同じで、Dランク冒険者だと言ってました。それで、年齢は教えてくれなかったですけど、その時ラルフさんがボソッと三十歳だと言ってたです。ケイトさんの見た目は二十歳そこそこにしか見えなかったので、驚きですね!
そしてケイトさんの格好ですが、鎧下の代わりとなる布のシャツと布のズボンの上に、革で出来た軽鎧を着けてます。軽鎧と言っても、胸部から肩にかけての物と、後は手の甲から肘までの腕当てと脚部の
一方のラルフさんですが、年齢は三十五歳でケイトさんと同じく独身。冒険者ランクは知っての通り、Dランク。身長が2m程あり、体重も100kgあるそうで、見た目のイメージは熊さんといった感じです。
装備してる物は、ケイトさんとは違って、金属製の軽鎧を着けてます。その下にはやはり、鎧下代わりの布の服を着ていました。それで武器は、背中に背負った大きな斧……いわゆる
ともあれ、ケイトさんとラルフさんはそんな感じでした。
それで、自己紹介の後に教えてくれたこの世界の事ですが、暦は【真歴】と言うらしく、今年はその真歴で言うところの2019年という事でした。
そして、ボク達が居る場所は【パンゲア大陸】の中央付近にある小さな国の【ハポネ王国】みたいです。世界全体を表す名前は【エンドラ】だとも言ってました。
ちなみにボク達が向かっているのはトキオという都市で、ハポネ王国で二番目に大きな都市だという事でした。
「なるほどです。色々教えてくれて、ありがとうです!」
「そんで、ユーリはトキオに着いたらどうするんだい?」
「冒険者になりたいって言ってたぞ?」
「……ラルフには聞いてねぇよ! ま、学園があるからそれが一番だな。でもよぉ、金はあんのかい? 入るには金が必要だぞ?」
一頻り世界の説明が終わった所で、冒険者学園の話になりました。それは良いですが、お金が掛かるとな!? 当然そんな物は持ってないです。街でお金を稼ごうにも、ボクの見た目が十三歳ならば雇ってくれる所も無さそうですし、かと言ってお金を盗むなんて出来る訳ないです。困ったです……。
「何の話をしてるのかと思えば、金の事かね。……所でその娘は誰かね?」
学園云々で悩んでいたら、背後からそんな言葉が聞こえてきたです。
「あ、ダストさん、おはようございます。この娘はラルフの奴が見回りの時に拾ってきた、ユーリって言う娘です」
ケイトさんが挨拶をしたのは、今回の馬車の護衛の依頼主のダストさんという、見るからに商人といった体型のおじさんでした。後で聞いた話ですが、おじさんと言っても既に初老の域で、今年で六十歳を迎えるらしいです。
そのダストさんが起きて来たという事は、もう朝という事ですね。気付けば辺りは明るくなってました。
「初めまして。ユーリって言うです」
「可愛らしい娘だのう。で、そのユーリちゃんは冒険者になりたいのか。だったら、ワシが何とかしてやろう」
何と!? ダストさん、貴方は神様ですか!? 自称神様のシヴァよりも後光が差してる様に見えるです!
「ほ、ホントですか!?」
「あぁ、本当だとも。ワシは慈善事業で孤児院も経営してるもんでな。感謝はしなくても大丈夫だ。こういう事をしておれば天国に行けると信じてやっておるだけだからね」
「ありがとうです、ダストさん!」
という訳で、その後二日を掛けてトキオへと辿り着いたのです。
☆☆☆
――現在。
しかし、大っきな城壁ですね。高さも10mはあるです。しかもその城壁は、右を見ても左を見ても、ずっと遠くまで続いている様に見えました。スケールの大きさに圧倒されますね。
その大きな城壁から視線を正面に戻すと、街道から繋がる所にはやはり大きな門があるのが見えました。……門が無いと入れないですからね!
それはともかく、その門の脇には衛兵の詰所があって、どうやらそこで入国審査ならぬ入街審査があるみたいでした。
そしてその入街審査で、ボクは困った事態に直面する事になりました――。
「ようやくワシらの番だな。ケイトさんにラルフさん。一緒に来ておくれ」
「はいよ、ダストさん」
「ケイト、お前タグはどうした?」
「あるぜ? ほら!」
入街審査を待つ事一時間。ようやくボク達の番になり、ダストさん達三人は身分証を手に詰所へと向かいました。
……ボク、身分証なんて無いけど大丈夫ですかね? でも、ダストさんが何とかするって言ってたから何とかなるですよね……?
「街に入るのは三人だけか?」
「あぁ、ワシらの他にもう一人居るんだがな? 記憶喪失の娘なんだよ。ワシの孤児院で面倒を見ようと思っとるんだが、構わんか?」
「記憶喪失の娘? 今は駄目だ。ここからでも見えると思うが、そこの『レイク湖』の向こう側に巨大な穴が見えるだろう? 二日ほど前に大爆発があってな。初めは隕石の落下と言われてたんだが、どうやら誰かの魔法だという事が分かった。それで、今は身元不明者の入街を禁止してるんだよ」
何ですと!? ボクの魔法でまさかの入街禁止ですと!? 話の内容が聞こえた瞬間、ボクは馬車の荷台の陰に隠れたです。まだバレた訳ではないのに隠れたのは、きっと後暗い気持ちがあるからですね。
しかし……困ったです。トキオに入れないと冒険者になる事は疎か、ダストさんの孤児院でお世話になる事も出来ないです。
……と言うか、初心者のボクの放った魔法で騒ぎ過ぎです! ちゃんとした魔法使いの人ならば、きっと天変地異だって起こせるとボクは思うです! 横暴です! 陰謀です! ボーボーです! ……兎に角! 何とかして欲しいです、ダストさん!
「なるほど。事情は分かりました。だったら、その娘がこんな事が出来ないと証明されれば問題無いという事ですな? 地形を変える程の魔法ならば、その身に宿す魔力量も恐らくとんでもない筈。だったら、魔力測定器でその娘を測って、魔力量が一般人と変わらなければ入街を認めて下さいますな?」
「……確かにそれなら大丈夫だろう。今使いの者に測定器を持って来させるから、ダストさん達はこのままここで待つ様に」
さすがダストさん! 商人の称号は伊達じゃない、です! でも、ホントに大丈夫ですかね? だって、魔法初心者のボクがアレをやったんですよ? ですが、これをやらなきゃ何も始まらないです。だったら、やるしかないです!
ボクはそんな事を考え、少し緊張しながら馬車の荷台の陰に隠れて待ちました。ダストさん達はもちろん詰所の傍で待ってます。そのまま暫く待っていると、守衛が測定器を持ってくる様に頼んだ、部下と思われる衛兵が戻って来ました。その手には袋を持っている事から、たぶんその袋の中に魔力測定器が入ってるんだと思うです。
「カイトさん、持って来ました!」
「ご苦労! さて、ダストさん。その娘は何処に?」
「ありがとう。手間を掛けさせてすまないね。ユーリ! こっちに来なさい」
馬車の荷台の陰に隠れて話を聞いてたボクを、手招きをしながらダストさんは呼びました。
「は、はいです!」
緊張してたボクは、恐る恐るといった感じで荷台の陰から出て詰所へと歩き、そしてダストさんの隣りに立ちました。
……緊張の瞬間です。心臓がバクバク言ってるです。飛び出しそうです……! そして、漏れそうです。
ともあれ、覚悟は出来たです。後は野となれ山となれ、女は度胸です!
「この娘がそうか。確認の為名前を聞くが、ユーリ、という名で合ってるか? ダストさんが呼んだ名は間違いでは無いんだな?」
「は、はいです! ユーリで合ってるです!」
「これも確認だが、身分証、またはこの街に知り合いが居る、もしくは何処の街出身とかは分かるか?」
「ユーリという名前以外分からないですし、知らないです」
この守衛さんはカイトさんと言ってましたかね、確か。守衛長なんですかね? 何だかそんな気がするです。
質問に答えながらそんな事を考えてましたが、最後にボクが言った「知らない」という言葉でカイトさんは何やら頷き、そして深く考え始めたです。
もしかして、ボクが知らないのにボクの事を知ってる、なんて事は無いですよね?
まさかと思いつつ、そう考えゴクリと唾を飲み込むボクに、カイトさんは納得した様な表情を浮かべました。そして……
「確かに記憶喪失っぽいな。話した感じ、悪さをする様な娘にも見えない。問題無いだろう。後は、魔力測定器の結果次第、だな。じゃあユーリちゃん、これに触ってくれるかな?」
……カイトさんは、そう言いました。
なるほど! さすが守衛長ですな! あの質問でそこまでボクの事が分かりますか! 守衛長の肩書きは伊達じゃないです! ……などと考えてる場合じゃないですね。
カイトさんがボクに触れろと言って出したのは、占い師の館で良く目にする”水晶”でした。但し、普通の占い用の水晶じゃなくて、何となく光る水晶です。淡く光るって言うんですかね? 兎に角、見ていて吸い込まれそうな程綺麗な水晶でした。
「そ、それでは……ゴクンッ! 触れさせてもらうです……!」
「はははははははは! そこまで緊張しなくても大丈夫だよ。ユーリちゃん、君の魔力量を測るだけだから。測定された君の魔力量は、今私が持ってる黒い石板『マジックボード』で判る様になってるんだよ。お? そろそろだな。何々? 君の魔力量は……え?」
ボクが緊張しながら水晶に触れたと同時、カイトさんは測定器の説明をしてくれたですが、何やら結果を見て驚いてるです。……と言うか、もう水晶から手を離しても良いですかね? それと、漏れそうなのでトイレに行きたいです。
オシッコが漏れそうでモジモジしてるボクへと、カイトさんは驚くべき事を告げて来ました。
そしてそれは……ボクにとって、ある悲劇を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます