第5話 魔法、コングラッチュレーション!

 

 五



 遠くに見える湖の畔に立つお城を目指して小さな山を降り始めたですけど、改めて考えると……不思議です。

 どれだけ寝てたかは分からないですが、起きた途端に催したのは何故ですかね? 寝ていた台の上は汚れてなかったから、たぶん寝ている間は生理現象は無かった筈です。不思議ですよね?

 つまり、ボクが言いたいのは、お腹が減ったって事です! そして……



「助けてぇーーーですぅーーーー!!!」



 ……ボクは逃げてるです。

 何故逃げてるかと言うと、山の麓の森林を歩いてる時に美味しそうな果物を見付け、頑張って木によじ登って、それで美味しく食べたまでは良かったです。お腹も満足したです。

 それでお腹がいっぱいになって気分良く歩いていたら、踏んだです。……木の陰で寝ていた動物の尻尾を。

 何の尻尾を踏んだのか、ですって? 何ですかね、あれ。ゴリラ(?)の上半身が、虎(?)の首から生えた不思議な動物の尻尾を、ボクは見事に踏んずけたです! てへっ♪

 そんな訳で……ボクは絶賛逃走中なのです!



「誰かぁぁぁーーー!! 助けてぇーーーですぅーーー!! あっ!?」



 逃げる時に余計な事は考えない方が良いですね。地面から僅かに顔を見せている木の根に足を取られ、顔面から見事に地面にダイブしてしまったです……。痛いです。……それどころじゃないです! は、早く逃げないと!

 素早く立ち上がり、そして素早く後方確認。まだ大丈夫ですね! 再び全速力で……逃げる……で、す……?

 こんな所に壁なんてありましたかね? それも、暖かい毛皮に覆われた。あぁ、ダメですね、この毛皮。ちゃんと手入れしないからゴワゴワしてるです。


 ……。


 …………?


 ………………!?


 ……………………っ!?


 ひぃぃぃぃぃぃっ!!!?


 恐る恐る上を見上げると、ありました。素敵な筋肉の鎧に覆われたマッチョを絵に描いた様な、素敵な素敵なゴリラ(?)さんの逞しい顔が……!



「こ、こんにちは、です。ご、ご機嫌いかがです?」


「グルルルル……ゴアァァァァァァァァアア!!!」


「ですよねぇーーー!!」



 振り返った瞬間に目の前に居たゴリラタイガー……省略して、ゴリライガーは、咆哮と同時にそのゴリラの太い腕で殴ってきたです!

 咄嗟の事に思わず、腕を交差させての十字受けをしてしまったですが、ヤバいですね。人間の持つ力の凡そ十倍の力を持つゴリラが怒りのままに殴れば、運が悪ければ十字受けした両腕の粉砕骨折、いや、運が良ければ、ですかね? 最悪、死に至る程の威力です。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」



 人間、命の危機には全てがゆっくり見えると言うですが、ボクにもそれがゆっくり見えたです。

 右腕をテイクバックしたゴリライガーはそのまま躊躇せずに殴り、その大きな拳がボクの十字受けへとゆっくりと到達、そして振り抜かれました。

 しかしボクの両腕は粉砕骨折しないで、そのまま身体ごと後方へと弾き飛ばされたです。女の子の身体になって、体重が軽くなった事が幸いしたですかね? 殴られた痛みを感じる事無く後ろに飛ばされ、少しだけ離れた所の木の幹にぶつかって止まりました。



(……あれ? 痛く、ないです……? ははーん。さてはあのゴリライガー、思ったよりも弱いという事ですね?)



 木にぶつかった筈の背中も痛くないのは不思議ですが、とにかく怖がって損したです! 元々、ボクは喧嘩では負け知らずです。あのゴリライガーの攻撃が痛くなければ、もはやボクの敵では無いです!



「今度はこっちから行くです! おりゃーーーですぅーーー!!!」



 某格闘漫画よろしくゴリライガーへと飛び掛ったボクは、右手で拳を握り込み、飛び掛った勢いをも利用して、力いっぱい右ストレートをぶちかましてやったです! あんなヘナチョコな攻撃しか出来ないならば、ボクの渾身のジャンピング右ストレートで沈むと良いです!



 ポコッ!


「…………あれ?」


「グルルルルルルル……」



 ですが……ボクのジャンピング右ストレートは、ゴリライガーのゴリラ部分のお腹にジャストミートしたですが、全く効きませんでした。それどころか、自ら再びゴリライガーの懐に飛び込んでしまったです! ゴリライガーの表情もボクの事を馬鹿にしてるのか、ニヤリとした醜い笑みを浮かべているです。


 これは、どうしたもんですかね……。ボクの攻撃はどうやら全く効かないみたいですし、かと言ってゴリライガーの攻撃もボクには痛くもないです。でも、虎の部分の爪で引っ掻かれたら間違いなく痛いですよね? そう考えると、鋭い爪とか卑怯です! ボクなんて手ぶらですよ!? しかも、今は非力な女の子なんですから、こんな化け物なんて相手に出来る訳無いです!


 ……やはり、逃げるが勝ちってやつですね……!

 しかし、どうやってこの状況から逃げれば良いですかね。……と言うか、こんな魔物みたいなのが居るっておかしいです! それならば、魔法も使えたって良いと思うです。憧れてたんですよ? 厨二病を患っていた中学時代は。


 色々と考えてますが、危機的状況は脳の回転が早くなるので、ゴリライガーの懐に飛び込んでから実際にはまだ二秒にも満たない時間です。

 その高速回転する思考の中で出て来た魔法という単語。その言葉を心に思った瞬間、頭の中にその魔法の仕組みや原理、どうやって放つのか等が次々と浮かんで来ました。



(えっ!? なんです!? 頭の中に色んな知識が突然浮かんで来たです! まさか……これらの知識は魔法を放つ為の知識……ですかね!? だったら、試してみるです! 据え膳食わぬは何とやら、です!)



 右手を前に突き出して手の平をゴリライガーへと向け、イメージ通りに魔力を練り上げました。そこまでは自然と出来たですけど、これはボクが一つに戻ったからですかね? ですが、魔力が体内を移動する感覚は何だか気持ち悪いですね……。くすぐったい様な、かゆい様な。

 ともあれ、練り上げた魔力を右手へと集め、放つ魔法のイメージを固めました。放つべき魔法のイメージは『炎弾』。後は言葉で唱えるだけですね、魔法名を!!



「激しく燃えろ! 『爆発する炎弾……【ボムフレイム】』」


「グル!? グォォァァ? グギャァァァ……ァァ……ァ…………ァ………………」


 グァドオォォォォォーーーーーン!!!!



 決まった、です。初めての魔法。夢にまで見た魔法。それを今、その夢を今ボクは、叶える事が出来たですぅーーー!!!

 やったです! 嬉しいです! 最高です、魔法!! 魔法、コングラッチュレーション(?)です!!


 嬉し過ぎて、はしゃいじゃいましたがそれはともかく……ボクが放った初めての魔法はゴリライガーの心臓付近を貫通し、その体内を焼滅するだけに留まらず、美しい草原を超え、遠くに見える湖の傍に着弾するとたちまち大爆発、そして巨大な炎柱を天高くまで吹き上げていたです……!

 心臓付近を焼滅させられたゴリライガーは当然力尽き、まだ意識が多少残っていたのか数歩だけよろよろと後退ると、ズズゥーンというイメージが出来そうな感じで倒れたです。焼かれながら胸を貫かれたからか、血などは全く流れてはいないですね。それよりも……



(魔法って、凄いですね……! まだまだ魔法初心者のボクなのに、あんなに派手に放てるなんて♪ うわぁ〜、クレーターみたいになってるですぅ! ……誰も、居なかった、ですよね?)



 ……心でそんな事を思ったボクですが、ヤバいです。遠くに見える湖の畔にはお城があるです。当然そうなると、お城に住む人がアレを見てる筈です。……聞かれても知らんぷりですね!



「しかし、魔物とか魔法とか出て来るし使えるなんて。この世界はどうなってるですかね? あの時の変な声は、”我らの世界を重ねる”とか何とか言ってたですけど、今ボクが居るこの世界が重なった後の世界って事ですかね? 情報がやっぱり必要です! ……改めて、お城へ向かってしゅっぱーつ!!」



 ゴリライガーの屍を超えて歩き出し、半日くらい歩いた所で夕暮れを迎えたです。空は鮮やかな茜色に染まり、森の中は既に暗くなってます。お腹もそろそろ減ってきてますし、どうするですかね。

 食べ物は……あそこに果物が生ってるです! 夕食はアレで決まりました♪

 ですが、寝るのは……雑魚寝、ですかね? でも、ボクみたいな女の子がこんな所で雑魚寝をするのは明らかに変です。果物を食べたらもう少しだけ進んでみるですかね。


 昼間と同じ様に木をよじ登り、果物を数個だけもぎ取り、それから降りて来たですけど、木の登り降りは考えてみると危険ですね……!

 ボクは今、ノーパンツです。そしてローブは、言うなればワンピースみたいな状態です。……言ってる事が分かったですね? そうです! 下から人に見られたら、ボクのアソコが丸見えだという事です! 誰も居なくて良かったです。



「やっぱり下着は必要ですね。しかし……美味しいですぅ♪ 二個は明日の朝食ですね! かと言って、持ってるのは面倒です。でも持つしかないし……あ!」



 採って来た果物を食べながら下着について考えてましたが、それよりも果物をどうするかって思った時に気付いたです。黒神……アイテムボックスを持っていた事を。しかもその中に唯一の武器、ブラフマーを仕舞っていた事も。

 ゴリライガーとの戦闘時に気付いていれば、逃げる事も魔法を使う事もしなくて済んだです。……魔法は嬉しかったですが。

 ともあれ、果物を二個食べ終え、残りを黒神に仕舞った後、用を足してから再び歩き始めました。……座って用を足す事が何だか切なく感じるのは何故ですかね? 立ったままという失敗は二度としないですが、座ってするというのも落ち着かないです。


 なんて葛藤をよそに暫く歩くと、ようやく森の終わりが見えてきたです。その向こうには街道らしき道も見えてますね。日は既に沈んでますがまだ若干明るいので、明るい内に森を抜けられて良かったです。後はお城を目指して街道を歩くだけです!


 そんな意気込みで街道を歩き出しましたが、街路灯などは当然無いのですぐに真っ暗になり、歩く事を断念したです。月明かりを頼りにとは思ったですが、今日は目覚めたばかりだし、魔物から逃げたり戦ったりでさすがに疲れたです。街道脇の草むらで一休みですね。



「んしょ、んしょ。これでよし! 草のベッドの完成ですぅ♪ ん。寝心地よし、です! ここなら誰か来てもすぐ分かるし、野犬に襲われても街道沿いだからすぐに逃げられるです。バッチリですね! それでは、おやすみ、です!」



 街道脇の草原の草をある程度、黒神から出したブラフマーで刈り取り、それを街道の端に敷き詰めて簡易ベッドを作りました。出来た所でその上にゴロンと転がり、虫の音を子守唄に眠りに就きます。今の季節が冬じゃなくて良かったですね。さすがに冬だと、こんな所で寝たら凍死するです。それはともかく、段々、眠く……なって…………き、た……です………………




 ☆☆☆




「おい! 何でこんな所で女の子が寝てるんだ!? 大丈夫か、おい!」


「……ん……うーん……ん?」



 気持ち良く寝てたのに、誰ですか? ボクを起こすのは。後五分、いや、三分だけ寝かして……欲しい、です…………。



「しっかりしろ! こんな所で寝てると盗賊に襲われるぞ!」


「…………盗賊!?」



 盗賊という言葉で一気に目が覚めたです! そんなものに襲われたら、金目の物を持ってない以上身体を弄ばれてしまうです。男の身体のままだったら、命を奪われてたかもしれないですね。

 何も考えずに寝てたですが、そう考えると危なかったです。起こしてくれた人、ありがとうです!

 ……と言うか、人です! この世界で初めての人に会えました! 第一村人発見! ってやつですね!



「起こしてくれてありがとうです! ……貴方は誰です?」


「完全に起きた様だな。俺の名前は『ラルフ』。冒険者ランクはDランクだ。今は馬車の護衛の依頼を受けてる最中だ。それで君は?」


「ボクの名前は勇利です」


「ゆうり? 訛ってるのか? ユーリって言うのか?」



 首元から出したネックレスに繋がれたタグを見せながら、自己紹介をしたラルフさん。そのタグが身分証になってるんですかね?

 それはともかく、訛ってるですかね、ボク? 日本語の発音だと通じないんですかね? と言うか、言葉が通じるのは何故ですかね? まぁいいです。

 それよりも、今心躍る言葉が聞こえた様な……?



「ユーリで大丈夫です。それよりも、ラルフさんは何をやってるって言ったです?」


「ん? 馬車の護衛だが?」


「その前です!」


「……その前だと、冒険者のDランクとは言ったが」



 来たぁーーー! 出ました! はい、出ました! ちょっと奥さん、聞きましたか? 冒険者ですよ? 冒険者! 夢にまで見た魔法の次は、本で読んで心踊った冒険者です!

 決めたです! ボク、冒険者になるです! 冒険者になって、色んな冒険して、それで美代達を探し出すです!

 このラルフって言うおじさん冒険者に、その冒険者になる方法を聞くです!



「ラルフさん! ラルフさんが冒険者だというのは分かったです。それで、ボクもその冒険者になりたいです! どうすれば良いですかね?」


「何をやってるかって聞いたのはそういう事か! そうか、冒険者になりたいのか。だったらこの先にある街『トキオ』の冒険者学園に通うのが手っ取り早いな。見た所ユーリは十三歳くらいだし、入学するなら丁度いいだろう」


「じゅ、十三歳!?」



 驚く事に、ボクの見た目は十三歳みたいです。目覚めた石室には鏡が無かったし、確認出来たのは身体が女の子になってしまったって事と、おっぱいがすっごく小さくて悲しいって事くらいだったです。ですが、十三歳と言われて納得したです。いくら何でも小さ過ぎるなぁって思ったです。……おっぱいが。

 でも、十三歳というなら、まだ成長の見込みがあるって事です!

 だったら、頑張って立派なおっぱいに……

 ……じゃなくて! 冒険者です、冒険者! 立派な冒険者を目指して頑張るです!



「ラルフさん! お願いがあるです!」


「分かってる。連れてけって言うんだろ? 丁度良かった。俺の依頼は馬車をトキオまで護衛する事だから、このまま連れてってやる」


「ありがとうです! よろしくお願いするです!」



 そういう訳で、ボクはラルフさんにトキオという街に連れて行って貰える事になったです。これで当面の予定は立ったですね! 冒険者学園に通って、冒険者になって、それでお金を稼ぎながら美代達を探し出す。完璧なプランです。さすが、ボクです!

 ともあれ、先ずは冒険者を目指して頑張るです!


 予定が立ったと喜んでたボクですが、トキオの街である事態に直面するとは知る由もなかったです。

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