第11話 猫好き貴族のネコーノ君
十一
冒険者学園の中庭で始まったクラス分けの為の試験ですが、正直に言うと少しがっかりしたです。
何故かと言えば、ほとんどの子達が魔法を使わずに、学園で貸し出しているロングソードやショートソードを使っているからです。
ボクの初心者魔法でさえあんなに派手だったから期待してたのに、今まで一人も魔法を使う子がいないです。……切ないです。
ともあれ、ボク達の順番まで後十人程になりました。ボクの期待はともかく、試験に集中したいと思うです!
「さっきからお前は何ニャ!? 鬱陶しいニャ!」
「失礼ですぞー。僕はこう見えて貴族なんですぞー? その僕が君に求婚してるんだから、相手して欲しいのですぞー!」
「貴族というのは知ってるニャ! あっち行くニャ!」
試験に集中しようとした矢先、ボクの横で順番待ちをしていたミサトちゃんに声を掛けている男の子が居ました。金髪碧眼で少しぽっちゃりとして、何処にでも居そうな平凡な顔のその男の子は自らを貴族と言う様に、背中に煌めく刺繍を施してある、とても高価そうなローブを着ているです。
…………ローブ……ですと!?
こ、これはもしかして、もしかすると……魔法を使ってくれるのでは!? となれば、話に割り込んでみるです!
「ねぇねぇ、ミサトちゃん! その子は誰ですかね? と言うか、君は魔法を使うですかね? あ、ボクはユーリと言うです! もしも魔法を使うならば、見せて欲しいです!」
「キミハ、ダレデスカ? ボクハ、ネコニシカキョウミハナイノデスゾー」
「……何故にカタコトです!?」
「ユーリちゃん、相手にしなくて良いニャ。コイツはトキオの領主の息子で、名前は『ネコノリオ=ノースライン=ハポネ』って言うニャ。猫が好き過ぎて、みんなからは変人扱いされてるニャ。だけど、誰にでも平等に接するからみんなには好かれてるニャ。……けど、あたしは苦手だニャ。だって、あたしが猫の獣人だからってずっと絡んで来るニャ」
猫好きな貴族ですか。……と言うか、トキオの領主の息子ですと!? しかも、サードネームがハポネ!? もしかして、ハポネ王国の王族に名を連ねる子ですか!?
ひ、ひぇぇぇーー!! そんなに偉い人とはつゆ知らず、ミサトちゃんが無礼を働き大変申し訳ないです!
……などとボクが思ってみても意味が無いので、とにかく話を聞いてみるです。
「えっと……ネコノリオ=ノースラ――」
「僕の事は『ネコーノ』って呼んで欲しいですぞ! それでさっきの質問ですかー。そうですねー、僕は魔法使いになりたいのですぞ。だから試験も魔法を使いますぞー」
「ホントです!? 是非とも参考にさせてもらうです! 出来れば派手な魔法を――」
「それで、ミサト殿! 是非とも僕と結婚して欲しいのですぞー!」
「嫌だニャ! あたしは世界のお宝を手に入れる為に冒険者になるニャ! ネコーノとは結婚しないニャ!」
ボクの話は華麗にスルーされました。
……と言うか、ミサトちゃんのもふもふはボクも狙ってるので、ライバル出現ですね……! でも、ミサトちゃんはネコーノ君には渡さないです! あの猫耳はボクの物です!
……それはさておき、ネコーノ君は試験で魔法を使用すると確かに言ってました。ミサトちゃん争奪戦はともかく……楽しみですね、ボク以外の人が使う魔法は。ネコーノ君の魔法に期待するです!
「えっと……次は、あぁ、彼か。ネコーノ君! 君の番だから、こっち来て! もう! これから学園で一緒に学ぶんだから、いつでもイチャイチャ出来るでしょ!? ……と言うか、羨ましい〜! 僕も素敵な彼女とイチャイチャしたいなぁ。……って、そうじゃなくて! ほら、ネコーノ君!? 早く、早く!」
「分かりましたですぞー。……では、ミサト殿。僕の勇姿をその目に焼き付けるのですぞー! 惚れる事間違いないですぞ」
「うるさいから早く行くニャ」
いよいよネコーノ君の番です!
ギルド職員だけど臨時で試験官をやっているカミーサさんに促されたネコーノ君は、やれやれといった雰囲気を醸しながら所定の位置に向かいました。ゆっくりと優雅に歩く姿は、さすがは貴族といった所ですね。
貴族云々はともかく、ネコーノ君は所定の位置まで行くと、そこで立ち止まり、ローブの袖から一本の短い棒を取り出しました。
あの短い棒が”杖”になるんですかね? 魔法使いに付き物の。その短い杖を右手に持ち、ネコーノ君は目を閉じて集中し始めたです。
「行きますぞ! 『我が体内を巡りしマナよ。激しく燃える炎となりて我が敵を討て!
固唾を呑んで注目してたネコーノ君ですが、どうやら魔法に関してはボクよりも初心者ですね。……残念です。
ちなみに、ボクの頭に浮かんだ魔法についての概要は、魔法とはイメージだという事です。
初心者は呪文を唱える事によって使いたい魔法のイメージを頭の中で固め、そして魔力……どうやらマナと言うみたいですが、そのマナを変換してからようやく放つです。
つまり呪文を唱えたネコーノ君は、イメージだけで魔法を放てるボクよりも初心者であるという証です。
ですが、どんな魔法を放ったかには興味があるです。確か、キャットフレイムと言っていたですね、ネコーノ君は。……どれどれ、効果の程は?
効果についてボクが注目していたネコーノ君の魔法は……ネコーノ君が右手に持つ棒……ショートワンドの先端から炎が迸った瞬間にそのまま地面へと落ち、そこでユラユラと燃えるだけでした。
「ネコーノ君……失敗したかな? 仕方ないねぇ。あ、でも成績には影響無いって話だから落ち込む事無いよ? 僕もギルドで色々失敗ばかりで、いつも怒られてばかりなんだよ……。あ、でもでも、良い事も有るんだよ? カウンターで隣りに座る娘が可愛くてね? それで――」
「カミーサ殿! うるさいですぞー! 僕の魔法は失敗してないのですぞ!」
カミーサさんが、ネコーノ君が落ち込まない様に色々と励ましてましたが、ネコーノ君はそれを遮り、魔法は失敗してないと言い放ちました。
ですが、ボクの目から見ても足元でユラユラと燃えてるだけで、明らかに失敗した様にしか見えないです。
……などと思っていた矢先、ネコーノ君の足元でユラユラと燃えている炎の形が変化し始め、ある動物の形の炎となったです!
その動物の形とは……猫です。見方によっては小さな虎にも見えない事は無いですが、その炎はボクの目にはとても可愛らしい猫の姿に見えるです!
その猫型の炎は、ハッキリとした猫の形を成すと目標の人形へと向けて走り出し、そして体当たりをしました。
人形に当たる際「ニャーーゴ」と聞こえたのは空耳ですかね? それはともかく、炎猫は人形の足元に当たった瞬間に爆発したです。
しかも驚く事に、爆発した瞬間の炎は猫の顔。これにはボクも、思わず叫んでしまったです!
「爆発した形も猫ですぅ〜♡ 可愛過ぎるです♪♪」
「今日も完璧ですぞー! ミサト殿。これで僕と結婚ですぞ!」
「……アホは死ななきゃ直らないニャ。次はあたしかニャ?」
「ネコーノ君、やるねぇ! いやぁー、まさか炎が猫の形になるとは思わなかったよ! 形を変化させるなんて、既に上級魔法も使えるんだね! 大したものだよ! 僕もあんな魔法が使えればモテるかな? やっぱり派手な魔法は……。あ、ネコーノ君も園舎に向かってね! 次は、えっと……そう! 君だよ君! さ、こっちに来て始めて!」
ネコーノ君が放った猫の魔法に心を奪われていたら、カミーサさんが何やらブツブツ言っていますね。しかし、アレが上級魔法ですか。……まぁ、いいです。
ともあれ、そのカミーサさんに園舎へ向かえと言われたネコーノ君は、尚もミサトちゃんをチラチラと見ながら園舎へと向かって優雅に歩き去って行きました。やはりミサトちゃんの反応が気になるみたいです。
ネコーノ君の様子はともかく、どうやら次はミサトちゃんの番みたいですね!
猫の炎で燃えていた人形も元に戻った事だし、ミサトちゃんがどんな攻撃をするのかにも注目したいと思うです。
「えっと、君は武器は使わないのかな?」
「あたしにはこれがあるニャ」
武器を何も持たないミサトちゃんへと、カミーサさんが訊ねていました。そしてミサトちゃんは、もふもふの手を開き……あ、肉球があるです♪ 人間と同じ様な手なのに肉球があるとは……! 不思議ですね、獣人は! ……後で肉球プニプニするです♡
……それはともかく、ミサトちゃんが開いて見せた手の爪が鋭く伸びたです。もちろん、五本ですね。つまりミサトちゃんは、その五本の鋭い爪を使って攻撃するみたいです。
「わぉ! さすが猫の獣人だね! お願いだから、それで僕を引っ掻かないでね? そんな爪で引っ掻かれたら、僕の大事なところ――」
「行くニャ! ニャアァァァァァ!!」
カミーサさんは必ず何かを言わないと気が済まないですかね?
ともあれ、ミサトちゃんはカミーサさんの言葉の途中で人形に向けて攻撃を開始しました。
「……えっ!? 何だか腕が大きく見えるです!?」
「そう言えば、ユーリは知らないんだったな。ミサトは猫の獣人と
「ふぇぇぇ!! 何だかカッコ良いですぅ!」
そうです。ボクの目の錯覚では無く、クリス君が説明してくれた様に、ミサトちゃんは両腕が人虎そのものといった物になり、その強靭な力と鋭い爪で人形を粉々に切り刻んでいたです。
「終わったニャ! ネコーノが鬱陶しかったからスッキリしたニャ!」
……綺麗な花には棘があるとは言うですが、ミサトちゃんは怒らせない様にしなきゃと、ボクは心に刻みました。
「うきー!? 触らぬ神に祟りなしってこの事だね! ……あ、いや、そんなつもりじゃないからね!? ほ、ほら、次の子の番だから、君は早く園舎に……ね?」
やはり一言多いですね、カミーサさんは。その所為で、ミサトちゃんにキッと睨まれてるです。
ともあれミサトちゃんの番が終わり、その後のクリス君とノルド君は、それぞれに借りたロングソードとグレートハンマーで試験を受けてました。
クリス君もさすがと言えばさすがですね。人形を袈裟斬り及び逆袈裟でバッテン印に切断してました。ノルド君もさすがドワーフといった怪力を発揮し、人形がぺちゃんこになってたです。二人とも冒険者を目指してるだけありますね!
その二人の後、ボクの番だとばかり思ってたですが、呼ばれず……他に残ってた五人の子達が次々と人形を攻撃して行きました。
ボクはトキオに来たばかりの新参者だからって事ですかね? それとも、願書を提出して受理された順番という事ですかね? ともあれ、ボクは最後になってしまったです。
「えっと……あ、君で最後だね! ……と言うか、君、見ない子だね。トキオには来たばっかりなのかな? トキオって良い所だから、楽しむと良いよ! あ、そうだ! 南区にあるお店で『マレさん
ボクで試験は最後なのにカミーサさんの話が中々終わらず、10分程待たされたです。
とにかく、ようやくボクの番です! 頑張りますよ! ……と言っても、既に他の子は試験を終えてこの場には居ないし、見てる人もカミーサさんだけなので、少しつまらないです。
まぁ、とにかくネコーノ君の魔法を見てイメージが湧いたので、ボクも動物の形の魔法でも唱えてみるですかね。
ですが、ただの動物だとつまらないです。せっかくファンタジー溢れる世界なんだから、ファンタジーらしい動物が良いですよね?
むぅー。ファンタジー、ですか。ファンタジーと言えば、やっぱりスライムですかね? 水滴の様な形だったり、水玉の様な形だったり。
あ! じゃあ、スライムをイメージして、そのスライムに全属性を与えるってのはどうですかね? しかも、自らの意思で動く感じの。
自らの意思で考えて行動して、相手の弱点を突いた属性で攻撃してくれるっていう、スライムの形の魔法。……想像するだけで萌えるです!
ならば! それで決まりですね♪ やってみるです!
「カミーサさん。ボクの魔法に驚くが良いです!」
「うーん。君がどんなに頑張っても魔法でしょ? こう見えて僕も魔法には詳しいんだよねー! 龍の形をした雷魔法に、鳥の形の風魔法。それに、ネコーノ君は猫の形の炎だったけど、獣王の形の炎魔法とかも知ってるからねぇ。何だったら、人間の形の水魔法とかが僕としては嬉しいかな? あ、出来れば女性の姿の方がより嬉しいかも♪ それで僕の希望としては、是非とも魔法で裸の女性を――」
……カミーサさんは、もう放っておくです。
さて、と。先ずは集中ですね。それでイメージを膨らまして、体内でマナに全属性を与えるイメージを……
出来てきたです。熱いイメージ。冷たいイメージ。感電するイメージに、土のイメージ。空気のイメージに水のイメージ。眩しいイメージに、漆黒のイメージ……
それらを一つに纏め、水玉の形と成す。出来たです……!
後は自らの意思で動く様にすれば良いですが、どうすれば……?
あ、なるほど! 命を与えれば解決ですね! ……ですが、命なんてどうすれば良いですかね?
なんて事を考えた瞬間、ボクの下腹部が仄かに熱を放ち、次いでキューッと締め付けられる様な感覚がしたです。それと同時、頭の中に強烈なイメージが湧いて来ました。
何となくですが、これでイメージ通りのスライムの形をした魔法を放てそうです!
「いくです……! 『我、創造神の名のもとに汝に生を与える。汝は全てであり、全ては汝である。……生まれいでよ! 【
……ボクの意思に反して、口からは呪文が勝手に紡がれていました。そして、両手は魔法を放つ為に人形に手の平を向けて構えていたですが、その手の平の先の空間に異様な物が浮かび上がって来たです。
例えるならば、それはまるで小さなブラックホール。直径が1m程の漆黒の球体がボクの手の平の先に出来上がっていました。
その中では雷が迸り、土が隆起し、風と水が渦巻き、光が生まれると同時に闇に飲まれ……ありとあらゆる事象が発生していました。
やがてその漆黒の球体は凝縮し始め……そして、小さな半透明の、まぁるいスライムへと姿を変えました。
ポンッと音が聞こえて来そうな感じで地面に落下したスライムは、その場でプルプルと揺れて、まるでボクの命令を待っている様でした。
思えばこの時が初めてだったですね。ボクの身体に眠る秘められた力が最初に発現したのは……
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