第14話 ボクにとってお嫁さんは貰うものであり、行くものではないです!
十四
修練の間の中央にて、ツヨケン君と向かい合うボク。傍には、立会人であるマキトさんも居ます。
その修練の間の壁沿いにはおよそ200人の生徒達が、ボク達の模擬戦という名の喧嘩が始まるのを固唾を飲んで待っていますね。あ、講師の人達も当然居ますよ? この後は全校集会みたいな物があり、その後にマキトさんの話がある為です。
それはともかく、ボクの準備は整ってるです。やってやるですよ!
「ヌヴァー! 主よ、私があの者を相手しますか? ヌヴァー」
「……スラさんはダメです! 人形みたいに消しちゃうですよね? と言うか、ボクも色々と試したい事があるです。だから、スラさんは大人しくしていて欲しいです!」
ツヨケン君との模擬戦が始まろうとするその時、ボクの左肩にチョコンと乗って落ち着いてるスラさんから話し掛けられました。
ボクはそのスラさんからの申し出を断ったですが、それは当然ですね。人形みたいに消滅させちゃったら、本当にとんでもない事になるです。……殺人犯にはなりたくないですし。
とにかく、ボクも試したい事があるので、ここは譲れないですね。
「リトルレディユーリ、そろそろ始めるが宜しいかね? マジックシールドの準備も整ったのだが」
あ、ちなみに今マキトさんが言ったマジックシールドと言うのは、模擬戦を行う際に張る障壁の事で、対象の人物を設定すれば、その設定した人物の攻撃はどの様な威力でさえ他人を傷付けたりとか、設備を壊したりといった事を出来なくする物です。
つまり、ボクの攻撃はツヨケン君には当たりますが、部外者であるミサトちゃんやクリス君達には絶対に当たらないし、怪我をさせる事も無いという事です。凄いですよね。マジックシールド・イズ・アメージング!
……それはともかく、マキトさんに返事をしないと、ですね。
「あ、はいです! いつでも大丈夫です!」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだか知らねぇが、お前……ユーリって言うんだっけな。ユーリから仕掛けて良いぜ? 何せ俺は、二年のSクラス筆頭の実力だからなぁ!」
何と! ツヨケン君は二年生のSクラス、しかも筆頭と言うじゃないですか!
だとすれば、この冒険者学園の生徒の中では正に最強。これは腕が鳴るですね。
ともあれ、先に仕掛けても良いと言ってるので、ボクから仕掛けるとするです!
と言っても、先ずはボクの履いてる革靴……【白神】ですが、この靴は魔力を流せば身体強化出来るという代物です。それに魔力を流して、どれ程の強化が可能なのかを実験するです。
「では、ボクから行かせてもらうです! はぁぁぁぁ…………はぁっ!!」
体内で魔力を練り上げ、それを白神へと注ぎ込むイメージで流します。
すると、ボクの魔力を吸い上げた白神から、熱の様な物がボクの体内へと還元されて来ました。それと同時、ボクは何でも出来る様な万能感……優越感に満たされていたです……!
「はぁっ!!」
「何っ!? 何処だ!? ――っ!? ぐぁあああっ!!」
「私の目でも追うのがやっと……だと!? ますます素敵だな! 私のリトルレディユーリは!」
……マキトさんの言葉は今は無視するです。
しかし、優越感に満たされただけはあるですね……!
一瞬でツヨケン君の背後に移動し、更にその背後からお尻の辺りを
今ので恐らく強化率は二倍程です。とんでもない代物ですね、白神は!
などと白神の能力に感心していたら、ツヨケン君は立ち上がり、悔しさと驚きの表情を浮かべながらボクを睨みつけてきたです。
「お前……! 無詠唱で身体強化の魔法……『フォース』を使ったのか! 想像以上に強い様だな、お前。だったら俺も本気を出すだけだ! 無詠唱でフォースが使えるのが自分だけとは思うなよ?」
「無詠唱……です? えっ? きゃぁぁぁぁぁあっ!!」
「リトルレディユーリ!!」
油断大敵とはこの事ですね。ボクはツヨケン君に一瞬で背後を取られ、さっきのお返しとばかりにお尻の辺りを蹴られたです。
当然ボクは前につんのめり、更にその場から数メートル程前へと飛ばされました。身体は痛く無いですが、床に打ちつけた顔が痛いです……
「まだだ! 俺の本気がこの程度だと思うなよ? はぁぁぁぁっ! 『犬狼化!』」
さすがは二年生、先輩なだけはあるですね。ツヨケン君は倒れるボクに油断せずに、更なる力を見せ始めました。
フォースで強化された身体のまま四つん這いになり、その後、正に狼の如き身体へとツヨケン君は変貌を遂げました。身に付けている装備や服が破けない所を見ると、その状態を想定して
「気を付けろ、リトルレディユーリ! その姿になったツヨケン君は、Aランクの魔物に匹敵する強さだ! これは万が一に備えて、私も用意した方が良さそうだ……! 『アイテムフォーゼ!』」
ボクに注意を促したマキトさんはそう言うと、左腕の白いブレスレットを右手で触りました。すると、その瞬間からマキトさんの装備が変化を始め、その後、英雄とはこの様な装備をしているだろうという姿へと変わったです。
腰に大きなリボンが付いたノースリーブの黒いワンピースは、胸部に龍の顔の意匠が施された青黒い光沢を放つ鎧へと変わり、背中に担いだ大剣は数百という破片となり、青黒い龍の鎧の表面へと展開されて先の鋭い鱗を形成しました。もしも攻撃する者がいたら、鎧を触れただけで切り刻まれそうです。そして両手の甲からは、長さが1m程の鋭い刃がそれぞれ突き出ていました。
マキトさんのその姿は、言うなれば龍双剣士といった姿です。
「分かっているな、ツヨケン君。私のリトルレディユーリが危ないと思ったら、私は直ぐに止めさせてもらう」
「ワカッテイルゼ、マキトサン! イクゼェ! グルルァァァアアアッ!!」
ツヨケン君に釘を刺すマキトさんに、犬狼と化して拙い言葉で答えるツヨケン君。
その二人を見ながらボクは立ち上がり、気持ちを切り替えました。床に打ちつけた顔がまだ痛いですが、そんな事を気にしてる場合じゃないですね。
犬狼化したツヨケン君を見据えながら、ボクは重心を低くし、どの様な動きにも対応出来る構えを取りました。空手で言う所の”猫足立ちの構え”です。
初手は白神の試しといった物でしたが、猫足立ちの構えを取った以上、ここからはボクも本気です。……とは言っても、空手をやるつもりは無いですし、かと言って魔法を撃つつもりも当然無いです。
先程マキトさんが言ってましたが、今の姿のツヨケン君の強さはAランクの魔物と同等の強さみたいです。そしてボクの魔法は、Sランクのゴリライガーを容易く葬る事が出来る威力です。今朝のマキトさんの、ゴリライガーがSランクで、それをマキトさんが倒したという自慢話が本当ならば、ですが。
そうなると、ボクの選択肢は限られて来ます。なので、白神へと流す魔力を増やして強化率を三倍に上げ、更に両手に雷を纏わせる事にしました。
「スキダラケダ……ゼッ!」
「もうそんな体当たりは喰らわないです!」
「おぉ! 更に強化出来るのか、リトルレディユーリは! さすがは私の愛するユーリだ! だが、油断はするなよ?」
ツヨケン君の体当たりを瞬時に躱し、再びツヨケン君の背後へと回りましたが、そこでボクは再び油断をしていた様です。ボクの行動を読んでいたとばかりに、犬狼化した後ろ足で蹴り上げられました。
間一髪で躱す事には成功しましたが、ローブが裾から胸の辺りまで
だけど、蹴り上げた後のツヨケン君には完全な隙が出来てました。ボクの両手に纏った雷で失神するが良いです!
「今のは危なかったですが、これで終わりです! はぁっ!!!」
「グオァァァァァアッ!!」
両腕を開きながら前へと伸ばし、その状態のままツヨケン君の身体の両脇に手を
しかし殺すつもりでは無いので、直ぐに両手に纏った雷を解除しました。
……大丈夫ですよね? 一応、回復魔法を掛けておくです。
「『ヒール!』……これで治ったですよね? という事で、この勝負はボクの勝ちです! ……どうしたです? みんなで顔を赤くして……?」
「ヌヴァー! 主よ! 身だしなみが乱れていますよ! ヌヴァー」
……何ですと?
スラさんの言葉に、ボクは自分のローブを確認しました。……めくれてるです。
……??
それだけなのに、何故にみんなは顔を赤くしてるですかね? マキトさんに至っては、せっかくカッコ良い姿になったにも拘わらず、ムッハーって叫んでるです。
パンツぐらい見られてもどうと言う事は無いですが、そんなに珍しいですかね? ボクのパンツは。ミーナさんに買ってもらった中でも、今日は一番シンプルな物を履いてきたつもりですが、むしろそれが変ですかね?
でも、何だかスースーするです。
……
…………。
………………っ!?
そう言えばさっき、ボクはレイドさんに怒鳴られた時にチビったパンツをトイレで脱いで、その後洗って黒神の中に仕舞って、それで……
「きゃぁぁぁぁぁあっ!! 見ないで欲しいですーーっ!!」
つまりボクは、何も履いていない股間をみんなに晒していたという事でした!
道理で顔を赤くする筈です。ボクだって好きな娘のそんな場面に遭遇すれば顔を赤くして、しかも興奮してしまうです。好きな娘じゃなくても、女性のそんな姿を見てしまったら興奮するです。
……やらかしたです。もう、お嫁に行けないです。ボクの人生オワタです。涙が自然と溢れて来たです……
「もう、お嫁に行けないでずぅぅ! うわぁぁぁぁ〜〜ん!」
ローブの裾を急いで直し、ボクはその場で蹲って泣いてしまいました。その際にボクの口からおかしな言葉が出たですが、心が男のボクにとってお嫁さんは貰うものであり、お嫁に行くものではないです。まぁいいです、今はそれ所じゃないです。
無性に悲しくて、恥ずかしくて。後から後から涙が溢れてきました。
「みんな、あっちに行くニャ! シッシッだニャ! ユーリちゃん、大丈夫かニャ? このままここに居たらダメだニャ。とりあえずトイレに行くニャ。あたしも一緒に行ってあげるニャ」
「グスッ……分かった……です……グスッ……ミサトちゃん……」
ボクの恥ずかしい姿を見ていた男の子達は全員が興奮し、女の子達はその男の子達を「最低ー!」と口々に罵る中、ボクはミサトちゃんに連れられて、泣きながら近くのトイレへと行きました。
トイレに入ると、ミサトちゃんは自分のウエストポーチから白い布の様な物をボクに渡してくれて「万が一の時の替えニャ。貸したげるから、履くといいニャ」と言ってくれました。
「ありがとう……です……グスッ……ミサトちゃん……」
「さっさと履くニャ。それでマキトさんの話を聞いて、さっさと帰るニャ!」
「はいです……!」
ミサトちゃんに替えの下着を貸してもらい、ボクはそれを直ぐに履きましたが、ミサトちゃんみたいな獣人用の下着なのか、お尻の少し上辺りに尻尾用の穴が空いてました。ですが、何も履かないでいるよりマシなので、そんな事は気にしないです。
しかし、ありがたいですね。ミサトちゃんには感謝です!
「……緩いです」
「うるさいニャ! そんな事言うと返してもらうニャ!」
「ご、ごめんなさいです!」
……余計な一言でした。
ともあれ、その後は涙でくしゃくしゃになった顔を洗い、ローブの袖の中に入れておいたタオルで水気を拭き、ミサトちゃんと一緒に修練の間へと戻りました。
修練の間に戻ると、ツヨケン君が入口付近で待ち構えてたです。
……もしかして、また絡んでくるですかね?
などと思っていたら、そっと右手を差し出し、そして優しい口調で話し掛けて来ました。
「お前、やるなぁ! 気に入ったよ。まさか、この俺を倒す奴が新入生で居るとは思わなかった! まだまだって事だな、俺も。それはともかく、俺の名前は既に知ってるとは思うけどツヨケンだ。よろしくな! それでだけど、いつまで俺の右手を遊ばせておく気だ? 謝罪と仲直りの意味を込めての握手なんだけど」
「あ、ご、ごめんなさいです! ボクの名前はユーリです! ……って、もう知ってるですよね。ボクは記憶喪失なので、冒険者になって色々と知りたいと思ってるです。よろしくお願いするです!」
差し出された右手をボクも右手で握りながら、改めて自己紹介をしました。その際のツヨケン君の肉球がプニプニとした気持ちの良い感触だったので、自己紹介が終わった後もそのまま握ってました。……が、いい加減離せと言わんばかりに手を引かれたので、名残惜しいですが手を離し、握手を終了しました。
やはり……肉球は良いです♡ 先程の恥ずかしさなどが癒されたです♪
「ちなみに、俺とミサトは【ワコク皇国】出身で、実は兄妹だ。それで、俺も去年までは孤児院に居たんだけど、今年からは冒険者になって、それで生活してる。本当はこの学園を卒業しないと冒険者になれないんだけど、ある程度の強さが認められれば冒険者になる事が出来るんだ。まぁ、特例みたいなもんだけどな。だから、ユーリも今年はまだ無理だろうけど、来年からはたぶん冒険者になる事が認められるんじゃないか? 何せ、いくら全力じゃなかったとは言え、入学早々俺に勝ったんだからな!」
「……兄ちゃんは余計な事を言わなくて良いニャ!」
新事実発覚!!
何と獣人は、例え親が猫の獣人でも子供が猫の獣人になるとは限らないみたいです! となると、隔世遺伝ってやつですかね? 何世代か前の遺伝子が突如として目覚め、親に全く似ないで生まれるというアレ。
それとも、どんな獣人でも、生まれてくるまでは何の獣人かは分からないって事ですかね? ……不思議です。
「お前ら! いつまで喋ってやがる! 後はお前たちだけだぞ!? 特に、ユーリが来ないと話はしないってマキトさんが言ってるんだから、早く整列しろっ!」
レイドさんに怒られたです。
「そうだった! んじゃ、俺は二年生だから向こうに行くわ。お前らはレイドさんの傍に行けば良いだろう。じゃーなっ!」
「あたし達も早く並ぶニャ!」
「はいです!」
ツヨケン君は修練の間に入って左側へ、そしてボクとミサトちゃんはレイドさんが居る方の右側へと行きました。
その様に修練の間で並びましたが、その修練の間は、ボクとツヨケン君が模擬戦をやった時とはガラッと変わっていました。奥にステージがあるです。
修練の間は直径が50m程の円形の空間ですが、入口から入って一番奥に、先程までは無かったステージが出来ていて、そのステージに向かって左側半分が二年生で、残りの右半分が一年生という感じで整列してますね。
出来たステージの中央ではマキトさんがいつもの変態紳士の恰好に戻り、ジッとボクの事を見ているです。……気持ち悪いので帰りたいです。
それはともかく、マキトさんのさっきのカッコ良い姿は気になるです。何故にあの黒いワンピースや大剣が変化をしたですかね?
この後の話の中でその事が聞けたら良いですが、聞けなかったら質問してみる事にするです。……変な勘違いをされそうで嫌ですが。
とにかく! 英雄との呼び声高いマキトさんの話を聞くとするです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます