第36話 リトルレディユーリの為に!
三十六
やぁ、諸君。ご存知の方も居られるとは思うが、私の名前は『マキト=アポロ』。このハポネ王国で唯一のSランク冒険者だ。
私は自分の事をただの冒険者としか思っていないが、中には英雄と呼ぶ者も居るらしい。
……誰かね? 私を変態紳士と呼ぶのは。
うぉっほん。その私は、ギルドからの指名依頼によりトキオ草原に見付かったというダンジョンへと向かっている。
もちろん私一人では無い。他に三人のAランク冒険者と一緒だ。とは言っても、若干一名Aランクでは無く、Aランク相当の奴だがね。
それではパーティメンバーを紹介しよう。まぁ、パーティと言っても今回限りの臨時である。普段の私はソロで活動しているからね。
さて、一人目は『マーシュ』。種族は人間だ。
こいつのジョブは【魔道士】だ。下級ジョブである【魔法士】の上位ジョブだな。超級魔法まで使う事が出来るそうだ。得意属性は、風、土、そして光。私がこいつを選んだのは、その光属性を得意としているからだ。
賢明な諸君ならば分かると思うが、光属性には回復魔法も含まれる。
つまりマーシュは、今回のダンジョン調査における回復要員だという事だ。
彼は何と、切断された腕でさえもたちどころに回復させる事が出来るらしい。素晴らしい事だな。
二人目は『キャロライン』、通称『キャル』。種族はドワーフだ。
彼女のジョブは、何と【
そしてこのジョブもやはり、下級ジョブである【重戦士】の上位ジョブだな。
どちらのジョブも重たい重鎧を着て戦うジョブだが、大きく違うのは、重戦士が完全な盾役なのに対し鎧騎士は剣技スキルを修めている為、隙を突いての攻撃も出来る所だな。もちろん、盾スキルも修めているから、護りも万全だ。今回のダンジョン調査の要だと私は思っている。
三人目は『ツヨケン』だ。種族は獣人。
知ってる者も居るかもしれんが、ツヨケンはまだ冒険者学園の生徒だ。ちなみに、Aランク相当だと言った奴はこいつの事だ。
彼はまだ学園の生徒である為、実際のランクはCランクなのだが、その戦闘能力はAランクに匹敵する物だ。
ツヨケンのジョブは【レンジャー】。下級ジョブの【シーフ】から派生する上位ジョブの内の一つだな。
シーフの仕事は主に罠の解除等だが、レンジャーは更に索敵や罠の設置、それに上級サバイバル術を修めている為、幅広い状況での活躍が期待出来る。冒険者にとっての、いわゆる万能職というやつだな。
マーシュ、キャル、ツヨケン、そして【アイテム闘士】の私。これが今回の指名依頼である『トキオ草原ダンジョンの調査と探索』に挑むパーティである。あらゆる状況を想定して選んでみたのだが、我ながら完璧だと思う。そうは思わんかね?
ともあれ、何故私がこの依頼を承諾したかと言うと、それは……マイリトルレディ、ユーリがそのダンジョンを発見したと聞いたからだ。
そもそも、私はSランク。断ろうと思えば断る事も出来た。
だがギルドマスターであり、私の師匠でもあるクラウスさんがこう言ったのだ。
「ユーリ君という女の子がトキオ草原でダンジョンを見付けたらしいのだが、あの年齢の女の子はとにかく夢見がちだ。もしかしたら注目を浴びようと嘘をついてるかもしれん。……が、念の為だ。悪いがマキト君、君に調査をお願いするよ。もしも本当にダンジョンだとしたら一人では流石の君でも危険だ。人選は任せるから、準備が出来次第出発してくれ。……嘘かもしれないから依頼料は、指名依頼でも10万ゼニしか出せないがよろしく頼む」
たとえ我が師のクラウスでも、マイリトルレディユーリの事を疑うのは許せん。だからこそ、この私がリトルレディユーリが発見したというダンジョンを調査し、必ずや本物であるという事を証明してみせる!
――と、いう事なのだよ。分かったかね、諸君?
「マキトさん! 本当にダンジョンなんて在るんですか!? 俺、聞いた事無いっすよ? ホーンラビットの巣穴がダンジョンなんて」
「……ツヨケン君。私のリトルレディユーリが嘘をついてるとでも思っているのかね? だとしたら、君は冒険者失格だ。……良いかね、ツヨケン君? 冒険者とは夢を追う者の事を言うのだ。ホーンラビットの巣穴にダンジョン? 大いに結構! 夢があって良いじゃないかっ! だが! リトルレディユーリの見付けたというダンジョンは必ず在る! 何せ、私のリトルレディユーリが言う事だからね!」
ふぅ……まったく、ツヨケン君はけしからんな。私のリトルレディユーリの言う事が信じられないだなんて。冒険者の風上にも置けないとはこの事だよ。
「マキト……そろそろ……」
「ああ、分かった、キャル嬢。
ツヨケン君、この辺りのホーンラビットの巣穴を探ってくれ。ダンジョンかどうかは、中にホーンラビットが居るか居ないかで分かるはずだ」
「了解っす!」
リトルレディユーリの事について熱く語っていたら、いつの間にか目的地付近に辿り着いていた様だ。キャル嬢が教えてくれた。
しかし、さすがは私のリトルレディユーリだ。たとえ傍に居なくても私の役に立ってくれるのだからな。
「マッキー、ダンジョンでの隊列はどうする?」
「ん? そうだな……前衛兼偵察にツヨケン君、前衛キャル嬢、中衛及び後衛の護衛が私で、そしてマーシュ君は最後尾にて魔法による援護と回復、それと後方の警戒を頼む」
「あいよ!」
「……ん、分かった」
ツヨケン君が巣穴を探りに行った後、マーシュ君が隊列を訊ねて来たので、私はそう答えた。この隊列ならば、どの様な状況にも対応出来るはずだ。マーシュ君もキャル嬢も納得した様だ。
だが、私でさえも敵わない魔物が現れたならば、たとえどんな隊列だろうと無駄だろう。恐らく、そんな魔物は存在しないとは思うが。
隊列についての確認と役割りの事をマーシュ君達と話していたら、ツヨケン君が戻って来た。緊迫した表情を浮かべている事から、どうやら目的の巣穴……ダンジョンの入口を特定した様だな。これ程早く見付けるとは、さすがはツヨケン君と言えよう。
「マキトさん……! 俺はダンジョンの事は知らないけど、ホーンラビットの巣穴の中にゴブリンを見付けた!」
「でかしたぞ、ツヨケン君! そこは間違いなく、リトルレディユーリが見付けたと言うダンジョンだ」
「やっぱりか! トキオ草原にゴブリンなんて居ないはずなのに、そいつが居やがるなんて変だと思ったぜ」
ツヨケン君は確かワコク皇国出身と聞いていたのだが、ダンジョンの事は知らなかったのか。ワコク皇国にはダンジョンが二つ在る筈だがな。まぁ、孤児としてハポネ王国に流れ着いたとしたならば知らなくても当然か。
ともあれ、リトルレディユーリが発見したダンジョンの入口を見付けたならば、後はやる事は一つ。早速、ダンジョン内部の探査と洒落込むとしよう。
「このダンジョン、地下に在るって事は地下型だよなぁ。マッキーはダンジョンに潜った事あるだろ? やっぱり地下型だと深くなるにつれ魔物も強くなるのか?」
トキオ草原ホーンラビットの巣穴ダンジョン、略して、リトルレディユーリダンジョンの地下一階層を抜け、我々は地下二階層へと降りてきた。
……誰かね? 略して無いなどと言うのは。
分かった。トキオダンジョンと命名しようじゃないか。それならば文句は無いだろう?
ちなみに一階層に出てきた魔物はゴブリンとオークの二種類だった。まぁ、それぞれゴブリンリーダーやゴブリンメイジ、それにオークリーダーなどが現れたが、特に言うことも無いので割愛する。ああ、全てツヨケン君が出会い頭に屠っていたよ。彼は強いからね。
ともあれ、階段を見付けて降りた所で休憩にした。何故かは分からんが、絶対に魔物が出没しないのだよ、階段付近は。ダンジョンにおける数少ない休憩ポイントの一つだな。そこでの休憩中、マーシュ君にダンジョンについて訊ねられた。
ダンジョンについて詳しいから指名依頼を出されたのだろう? それなのに分からない事があるのか、だと!?
いくらSランクとは言え、私にだって分からない事の一つや二つはあるのだよ!
うぉっほん! それはともかく、マーシュ君の質問に答えるとしよう。これでも私は紳士だからね。
「マーシュ君は初めてかね、ダンジョンは。ならば覚えておくと良い。地下型ダンジョンは奥に潜れば潜る程に魔物は強くなるし、その分見返りも大きくなる。ようするに、より多くのお金を稼ぐ事が出来るという事だ。魔物の素材
これが塔型になると、上階に上れば上るだけ魔物は強くなる。他にもダンジョンのタイプはあるが、共通するのは……ダンジョンには核となる物や存在があるという事だ。核の一つ『コア』と呼ばれる物は濃厚な魔力を発し、それによって魔物を生み出したりするらしい。詳しくは知らんがね。もう一つの『存在』については伝承にしか伝わっていないが、その伝承によると、【魔王】や【神族】が関係しているとの事だ。
どちらにせよ、ダンジョンとは冒険者にとっての夢が詰まっているという事だな」
「なるほどなぁ……。ダンジョンで稼ぐなら、俺もパーティ組むかなぁ。さすがにソロだと辛そうだ」
「マーシュ君。私の様に幾つものジョブを極めれば、ソロでも可能だぞ? まぁ、人それぞれだろうがね」
「……そろそろ……行こ?」
「さて。キャル嬢もこう言ってるし、休憩はもう充分だろう。出発だ。ツヨケン君、この先も偵察及び罠の感知を頼んだよ?」
「了解っす! 俺の嗅覚は罠でも嗅ぎ当てる。任せて下さい!」
犬の獣人なだけはあるな、ツヨケン君は。まぁ、それも含めて選んだのだがね。
「……マキト……変身……じゃないと……ただの変態……」
「……分かっているさ……『アイテムフォーゼ!』」
キャル嬢に促され、私は龍双剣士へと姿を変えた。竜騎士の女性の物だった黒いノースリーブのワンピースは胸に竜の顔が意匠されたダークブルーのプレートアーマーとなり、背中に背負った大剣は細かく砕け、竜の鎧を補完する鱗へとなった。剣聖と名高い双剣士の物だった両手首に巻いてる白いリストバンドは、鎧の手甲と一体化した双剣へと変化した。私の戦闘スタイルの完成だ。
本来ならば、魔物との戦闘時だけこの姿になった方が魔力を温存出来るのだが、やはりいつもの恰好はキャル嬢には不評らしい。アイテム闘士の制限がある為仕方なく黒いノースリーブのワンピースを着てるが、今回の依頼が終わったら上に羽織る物を買うとしよう。私は紳士であって、決して変態紳士などでは無いのだよ。
それはさておき、出発だ。この姿に変身した以上、このダンジョンの調査も終わった様なものだな。
☆☆☆
トキオダンジョンに潜り始めてから、今日で二週間程になる。用意していた食料もそろそろ底をつきかけていたが、何とか間に合った様だ。
現在我々が居る階層は地下十階層だ。恐らく最下層だろう。
ここまで来るのに数多くの魔物を屠ったよ。中には、ゴリライガークラスの魔物も居たな。その為、何度か危ない場面もあった。
まぁ、それはいい。我々は今日最下層を探索し終え、帰るつもりでいた。
最後の間に辿り着くまでは――
「……『カウンターバッシュ』……!」
「ツヨケン君! キャル嬢がスキルを放った隙に後ろへ下がれ!」
「ハァ……ハァ……りょ、了解っす……」
「今、回復する! 『聖なる女神よ……我がマナを捧げる。慈愛の心を
キャル嬢が盾スキルを放ち、ツヨケン君は深刻なダメージを負いながらもその隙に乗じて、何とかマーシュ君の所まで下がる事が出来た。超級回復魔法をマーシュ君が唱えたから、ツヨケン君が死ぬ事は無いだろう。
「……もう……ダメ、もたない……!」
「キャル嬢! 無理はするな!! 『デュアルスラッシュバスター!』」
キャル嬢の盾スキル『カウンターバッシュ』は、敵の攻撃を跳ね返すだけでは無く、倍の威力で跳ね返す事が出来るスキルだ。それなのにも拘わらず、目の前の魔物はダメージを意にも返さずキャル嬢を追い詰めている。
キャル嬢を救う為、私は迷わず自身最強のスキルを放った。
「貴様……中々やるじゃねぇか! おもしれぇ。こいつは防げるか? 【龍水裂斬!】」
「何っ!? ぬおぉぉぉぉぉあああっ!!!」
私の両手甲から伸びる双剣を交差する様に振り抜き、クロス状の巨大な光る斬撃を放った。広範囲に渡って敵を殲滅する為の斬撃だ。範囲内に居た敵は、全身を切り刻まれて絶命する。正に、私の奥義とも言えるスキルだ。このスキルを以て、私はSランク冒険者に上り詰めたのだ。誰であろうと防げる筈はない。……そう、思っていたのだよ、私は。自惚れだったがね。
だが、あろう事か……我々の目の前に居る魔物は、私の最強のスキルを喰らっても何処吹く風。何事も無かったかの様に反撃してきた。恐ろしい力を
しかし、ここで命を諦める訳にはいかん。こんな所で散ってしまえば、愛するリトルレディユーリに二度と会う事も出来ん。そればかりか、リトルレディユーリが嘘つき呼ばわりされてしまう。例え、私が死んだとしてもそんな事は許さん。……諦めてたまるか……っ!!
――少し、私の昔話を聞かせよう。心して聴きたまえ。
昔話と言っても、私が冒険者として一歩を踏み出した頃の事では無い。
そう、あれは……私がまだ少年だった頃に遡る――
☆☆☆
私が生まれたのは、小さくても栄えているハポネ王国では無く、ハポネ王国よりも遥か南に位置する……【アーク神国】と言う、強大な国の貧しい一家に生まれた。
ハポネ王国が在るのは【北ローラシア大陸】なのだが、アーク神国が在るのは【南ローラシア大陸】だ。
ちなみに、それぞれ北と南に分かれているローラシア大陸だが、実際は一部が繋がっている。故に、全てを併せて【パンゲア大陸】と呼ぶのだが、それはともかく、僅かに繋がるその部分は【悪魔の通路】と呼ばれ、強力な魔物が徘徊する地域だ。通路とは言っても、大部分が深い森に覆われているがね。運が良ければ、徒歩でも通り抜ける事が可能だろう。
悪魔の通路はさておき、その南ローラシア大陸においてアーク神国とは、覇王の国でもあった。
アーク神国では強き者が絶対とされ、その序列によって天使の名が授けられる。
トップに君臨する者の名は【メタトロン】。他の追随を許さぬ絶対の力を誇り、故に、彼は神の代行者として扱われる。神王とも呼ばれているな。
内政を司る者の名は【ガブリエル】。彼女は類まれなる知識を以て、広大な領土を誇るアーク神国の政治を一手に引き受ける。相国と言う位に就いている。
軍部を束ねる者の名は【ミカエル】。彼は烈火の如き情熱と武威を以て、国の内外の紛争の制圧を任務としている。いわゆる将軍の位だな、就いているのは。
貴族を纏める者の名は【ラファエル】。彼の経営哲学は誰にも真似は出来まい。名も無い様な下賎の者とて、いつかは自分も、と貴族を夢見る者が憧れる男だ。彼は物乞いからスタートし、公爵の地位にまで上り詰めたのだから、その手腕は凄まじい。
最後、教会を束ねる教皇の地位に座すのは【ウリエル】。他の国では教皇と神王は同一視される事もしばしばだが、この国では違う。もしも間違えたのならば、不敬罪によって神罰という名の罰が下される。もちろん、『死』だ。
話を戻そう。彼は大変慈悲深く、誰にでも平等に接する事から『聖人』とも呼ばれている。回復魔法の達人らしく、例え死んだ者でも生き返らせる事が出来るらしい。聖人の二つ名に恥じない力だな。
以上の五人によって、アーク神国は治められている。噂の真偽は定かではないが、それぞれが神に匹敵する程の力を有する様だ。その話がもしも本当だとしたら、今の私ですら勝てないだろう。さすがの私も、神に匹敵するとは到底言えんからな。まぁ、神に会った事は無いので分からんがね。
ともあれ、そんなアーク神国の北端に位置する村に、貧しくても慎ましい生活を続ける私の両親は住んでいた。
「木偶の坊のお前にはまだ早いよーだ! 悔しかったら、お前も父さんや母さんに頼んでみるんだなぁ!」
「僕は木偶の坊なんかじゃないやい! ただ、みんなより少しだけ身体が大きいだけだいっ!」
私は当時、身体が他の子よりも大きいという理由だけで虐められていた。今となっては、大きな身体のお陰でSランク冒険者になれたと思っているから気にしてはいないが、当時はかなり凹んでいた。
「あんたら! 何度言ったら分かるの!? マキトを虐めるんじゃありません! この村は貧しいんだから、みんなで助け合って生きて行かないとダメなのよ? だから、仲良くしなさい!」
「うわっ!? シンシアが来やがった! ペチャパイのくせにうるせぇんだよ! ペチャパイのくせに!」
「何で二回も言うのよ!? こらっ! 待ちなさーいっ!!」
私が村の子供達に虐められると、必ず助けに入るのが『シンシア』だった。
シンシアは、私や私を虐める子供達よりも歳上の15歳で、何かと村のみんなの世話を焼いたり、色んな面倒事を頼まれもせずにやる様な女性である。そんな彼女の口癖は「わたしだって大人になればきっと……!」というものであり、胸の大きさに悩んでいた様だった。私に言わせれば『ちっぱいこそ至高であり至宝』なのだが、世の女性は何故それが分からんのだ。……まぁいい。
ちなみにこの時の私の年齢は10歳。歳上という事もあり、今思えば、私は彼女に仄かな恋心を抱いていたのだろうな。
「まったく……! 逃げ足ばっかり速いんだから! ねぇ、マキト。大丈夫だった? マキトは身体が大きくて力も強いんだから、あいつらなんてやり返せばいいのよ!」
「シン姉……。だって、叩いたら怪我をするし、それに……すっごく痛いんだよ? そんな事出来ないよ……」
シンシアは、私が虐められる度に毎回同じ事を言った。
その時言われた事が今の私の行動理念となっているが、この時は、何故毎回意味が分からない事を言うのか、と思ったものだよ。
シンシアが毎回言った事、それは……
「マキト! マキトは優しいけど、優しさを履き違えてるんだよ? 相手を傷付けたくない。それは分かるわ。確かに優しくて立派な考えよね。でも、マキトのそれは優しさなんかじゃ無い。臆病なだけよ? 本当の優しさとは、守る事。弱きを助け強きをくじく事が本当の優しさ、そして強さよ。あいつらは今のままじゃ必ずダメになるわ。もしかしたら殺されちゃうかも。だから、あいつらの未来を守る為にも、虐めはダメな事なんだって、懲らしめて教えてあげなくちゃ! でも、やり過ぎない様にね?」
……と、当時の私にとっては難しい言葉だった。
だが、話の最後には必ずニカッと太陽の如き笑顔を見せて締め括る。私はシンシアのその笑顔が見たくて、毎回助けてもらうのを待ってたのかもな。
「分かったよ、シン姉。でも……僕には出来ないよ……」
「マキトは強くなりたいんでしょ? 誰かを守る為に。今は無理でも、いずれ……ね! さ、今日はお家に帰りなさいな。お父さんの手伝いが残ってるんでしょ?」
「うん、分かった。ありがとう、シン姉。いつも助けてくれて」
「どういたしまして!」
毎日虐められても、毎日シンシアが助けてくれる。この時はそれでも幸せだったな。今思えば、だがね。
それから二年の月日が流れた。私が12歳でシンシアは17歳となっていた。
私は相も変わらず、村の同年代の子供達に虐められる日々を過ごしていた。だが、心と身体が成長したお陰か、虐められても何とも思わないし、殴られても痛くもなかった。
「図体ばっかりでかくなりやがって! いっつもボーっとしてるし、気持ち悪ぃ奴だぜ。こいつ放っといて、向こう行こうぜ!」
この頃かな? 私を虐めていた子供達が面と向かって私を虐めなくなったのは。
まぁ、何を言っても応えないし、殴っても効かない。虐めてもつまらなくなったのだろう。
「おい、マキト! ボーっとしてないで、こっちに来て薪を割るのを手伝ってくれ! 今日中に割っちまわねぇと、村のみんなが凍死しちまう!」
「分かったよ、父さん」
私の家、と言うか、父さんは
建材として使えない部分が薪に変わる。当時の私の仕事と言うか手伝いは、主にその薪割りだった。
「働けども働けども、我が暮らしは楽にはならず……ってか? マキト、こっちも頼む!」
「分かってるって!」
建材として出荷してるとは言ったが、私の一家が住んでた村は貧しいからそうそう家などは建たない。二年に一軒建てば良い方だな。なので当然、私の家も貧しい生活を余儀なくされたのだよ。毎日手伝いもさせられたがね。
まぁそのお陰と言っては何だが、私の身体は鍛えられた。村で私に勝てる者はほとんど居なかったからな。
気が弱くて虐められていたから喧嘩をする事も無かったがね。
「ねぇ、あなた。何だか村の入口が騒がしいんだけど、今日って何かあったっけ?」
「うん? 今日はなんにも無かったはずだけどなぁ。と言うか、騒ぐって言ったらあいつらしか居ねぇだろ!? なぁ、マキト?」
父さんと私とで薪割りに勤しんでる最中、買い物に出掛けようとした母さんが父さんに訊ねた。父さんは、騒ぐなら私を虐めていた少年達しか居ないと答えたが、その後を私に振るのはやめて欲しかった。
だって、答えようが無いだろう? 虐められていた私としては。変に答えて、万が一彼らの耳に入りでもしたら、また面倒な事になるのは目に見えている。
言っただろう? 当時の私は気が弱かったって。
だがこの時、せめて村の入口に行っていれば。
そして、彼らの事を止めておけば……あんな事にはならなかっただろう。
もっと、私に彼らに立ち向かう勇気があれば、村を失う事も、両親を失う事も、そして……シンシアを亡くす事も無かったのに。後悔とは、常に後からのしかかって来る物だと、この時初めて知ったよ。
「まぁ、いいわ。それじゃ、あたしは買い物行って来るから、家の事よろしくね?」
「行ってらっしゃい、母さん」
「たまには俺に酒を買ってくれても良いんだぜ?」
「はいはい、もっとお金を稼いでくれたらね! それじゃ、行ってくるわ」
いつもの様に母さんは買い物へと出掛け、私と父さんはその後も薪割りを続けた。
それから一時間程は経過したあたりだろうか。薪割りを始めてから、父さんが薪を100本、私が120本程割ったのだから、だいたい時間は合っているだろう。
「あいつ……今日は遅ぇな」
「村長の奥さんに捕まったんじゃない? 捕まるといつも長話してるみたいだし」
「違ぇねえ! あいつがまだ帰ってねぇが、そろそろ昼飯にすっか。マキト! そろそろ昼飯――『ぎゃああああああああああああっ!!!』――何だ、今の叫び声は!? おい、マキト! 俺は様子を見てくるから家に入ってろ!」
それは突然に起こった。私の記憶に間違いがないのなら、その時聞こえた叫び声は、私を虐めていたリーダー格の少年の物だった。
だが、様子がおかしい。普通の叫び声では無かった。まるで……断末魔の叫びの様な。
――ドゴォーーン! メキメキメキッ! ボォォ……メラメラメラメラ――
『グァアアア! やめてくれっ! 俺らが何をした!』
『痛い痛い痛い痛い、ぎゃあああああ!!』
『ぐええええ……! ゲブッ……ガハァッ!!』
父さんに言われるがままに家に入ろうとした私の耳に、恐ろしい音が響いて来た。次いで、村のみんなの怒鳴り声や悲鳴、そして、何かを吐き出す様な声も聞こえた。
その音と声は村の入口から始まり、村の中央にある広場へと広がり、徐々に村の一番奥にある私の家へと近付いて来てる様だった。
何が起きているのか。当時の私にはとんと分からなかったよ。
原因は後で知ったのだが、この日、私達の村に、とても小さな男の子が現れたそうだ。
その子は、村に着くなり「この村で一番の美味を所望する」と言ったそうだ。だが諸君も私の話を聞いて知ってる通り、この村は貧しかった。当然、この村に訪れる者に振舞える様な美味しい物など無い。強いて言うならば、木の実を粉末にして捏ねて作ったクッキーがマシな方だ。
年老いた家畜などを潰して食べる事が贅沢と言えば贅沢だが、この年はどこも家畜を潰す家は無かったな。
それでも、しっかりとした村の大人がその子に応対すれば良かったのだが、如何せん……たまたま応対したのが、例の子供達だったのだよ。
彼らはその子を、いつも通り……そう、私に対するものと同じ様に応対したそうだ。
その子は泣いたらしい。当然だろう。小さな男の子が、彼らの馬鹿にした言葉に傷つかない方がおかしい。その子は泣きながら村から出て行ったそうだ。
それから小一時間程過ぎた頃。その子は一人の男を連れて村に戻って来たらしい。その男は身なりからして、かなり高貴な人物だったという話だ。これは、一部始終を見ていたシンシアが言っていたのだから間違いないだろう。
男の子を連れた男は、こう言ったらしい。
「ラファエル様を含む、至上の方々を敬えない村は存在すべきでは無い。よって、これよりこの村を歴史から抹殺する」
蹂躙……いや、そんな生易しいものでは無く、消し去る、と言った方が正しいな。
手始めに、私を虐めていた彼らが犠牲になった。初めに聞こえた叫び声は、リーダー格だった少年の物だったからね。
シンシアによると、指が光ったと思ったら、少年の半身が失われていたらしい。だからだろう。叫び声を上げられたのは。
その後、男は両手の平を村へと向け、膨大な魔力を解き放ったのだとか。これも、やはりシンシアから聞いた話だがね。
ともかく、私は凄まじい音と断末魔の叫びに恐れ
「何をしてるの! 早く逃げなさい!!」
「シン姉! いったい、何が起こってるの!?」
どうしたら良いのか分からずに居た私の元に、シンシアは慌ててやって来た。それも、早く逃げろと言いながら。
そして、私は事の詳細を聞いた。急いで逃げようと言っていたのに、私に詳細を聞かせてくれたのはシンシアの性格だろうな。
「この村は、もう終わりよ! マキトを虐めてたあいつが、あいつらが寄りにもよって四大天使が一角、『ラファエル』の名を継いだ子を馬鹿にしたのよ! あの子はまだ幼いから直接的な力は無いみたいだけど、護衛として連れて来た【サマエル】に泣き付いたの。どっちにしろこの村は終わりだから、早く逃げて!」
何故、この村にその子がやって来たのかは、今もなお分からん。分からんが、私はサマエルの事は知っていた。
彼は、無慈悲な処刑人だ。メタトロンを初め、四大天使やアーク神国に背く者共を処刑する事を至上とする狂信者だった。そしてその力は、四大天使に勝るとも劣らない物だと言う。村の未来は既に無かった。
思えば、母さんは買い物に行く時、父さんは異変を感じて私の傍を離れた時、それらが私と両親の永遠の別れになったな。
「――っ!? 危ない!!」
「うわっ!? シン姉、何をす――っ!? シン姉!!」
「ガフ……っ! は、や、く……逃げ――カハッ! 今、なら……まだ……だか、ら、逃げ……て……」
「シン姉!? シン姉!! うわぁあああああ!!!」
シンシアの言葉を呆然と受け止めていた私は、まるで気付いていなかった。
恐らくはサマエルの力の一端だとは思うが、遠くから飛来した植物の種と思しき物体が私を貫こうと猛烈な勢いで迫っていたのだ。シンシアはそれに気付いて、咄嗟に私を突き飛ばした。シンシアは、私の代わりにその物体の餌食となってしまったのだよ。
その種がシンシアの身体に当たった瞬間、急激な勢いでシンシアの身体を侵食し、直ぐに身体を突き破って根が張り始めた。
想像を絶する苦しみや痛みだっただろう。それでもシンシアは気力を振り絞って、私に逃げろと促してくれた。
私は、無我夢中で逃げ出した。
どこをどうやって、どの様に走ったのかは覚えていない。気が付いた時には見知らぬ場所に居たのだよ。
運が良かったのか、それとも悪かったのか。それは今でも分からないが、とにかく、その後私はあてもなくさ迷い続けた。腹が減っては草を食べ、喉が渇いたら朝露で喉を潤した。悲しかったが、私は村で唯一の生き残りだ。悲劇に見舞われても生き残った以上、私には生きるしかなかった。
それからも、私はひたすら歩いた。挫けそうになっても、その度にシンシアの顔が頭に浮かんだ。
何故だろうな。辛い時に浮かぶのは、決まってシンシアの顔だった。それも最期の時では無く、ペチャパイだと少年達に馬鹿にされ、その度に「わたしだって、大人になればきっと……!」と悔しそうに笑う顔だ。
そのシンシアの顔も、もう……見る事は叶わんがね。
一年程、何とか生きながら歩き続け、やがて辿り着いたのがハポネ王国のトキオという街だった。そう、私達が生活し、ホームとするトキオの事だ。
途中、恐ろしい森を抜けたが、あれが悪魔の通路だったのだろう。そう考えると、私は運が良かった。魔物に遭遇しなかったのだからね。後に知った事だが、悪魔の通路にはゴリライガークラスの魔物がうようよ居るそうだ。中にはゴリライガーなど相手にならない程の奴も居るとか。本当に運が良かったと言えよう。
……話を戻そう。トキオという街は、街と言うよりは都市と言った方が正解だろうと私は感じた。私の村から比べれば、それこそ王都そのものに感じたよ。当時の私は王都など見た事無かったがね。
私にとってトキオは大都市なのだが、ハポネ国王が街としか認めない以上は街なのだろう。人それぞれ、国もそれぞれ、だな。
ともあれ、この時の私はまだ13歳であり、当然稼ぐ事も出来ない。身分を証明する事も出来なかったからね。
そんな私を救ってくれたのがダストさんだった。
この頃、彼は孤児院の経営に乗り出したばかりで、良ければ孤児院で面倒見てあげるよと言われた。渡りに船とはこの事だな。私は涙を流しながら土下座をして、地面に額を擦り付けながら感謝したものだ。
リトルレディユーリが孤児院でお世話になってると聞いて、私は驚いたよ。運命を感じたね。
リトルレディユーリの事はともかく、私は孤児院でお世話になり、その後、クラウスさんと出会い、冒険者となった。
そしてSランクへと上り詰め……リトルレディユーリと運命の出会いをした訳だね。
何故ここまで、私がリトルレディユーリを愛してるかと聞かれたならば、それは間違いなくシンシアが関係してるのだろう。リトルレディユーリは、どことなくシンシアに似ているのだよ。……ちっぱいとか、ちっぱいとか……優しい眼差しの奥にある勇敢さ、とか。
話が長くなってしまったが、つまり私はリトルレディユーリの為に残りの人生を捧げようと思っている。
何故ならば、リトルレディユーリはきっと、シンシアの生まれ変わりだからだ。私はそう信じている。
あの時臆病な私に勇気があれば、シンシアは死なずに済んだのかもしれない。
だが、彼女が居たからこそ、私は今を生きる事が出来ている。
シンシアの生まれ変わりのリトルレディユーリを、今度こそは守ってみせる。それが私がリトルレディユーリに
☆☆☆
「ぬぉあああああああっ!!!」
「ほう……! 【龍水裂斬】を耐えるとは大したもんだぜ! だが、次のは耐えられねぇだろう」
水で出来た巨大な龍が私の身体を覆った時、水の筈なのに全身を数百の凶悪な斬撃が襲った。一つの斬撃毎に全身がバラバラになる様な恐ろしいスキルだ。何とか私は耐えられたが、ツヨケン君達は駄目かもしれないな。
「おお! ちょび髭マッチョだけじゃなく、後ろの連中も耐えたか! 面白くなってきやがったぜ!」
何と! ツヨケン君達も生き残っていたか!
だが、奴の次の攻撃は恐らく耐えられまい。私も同じだ。だが、諦めてたまるか! 私はまだリトルレディユーリを守ってはいないし、彼女に認めてもらってもいない。絶対に生きて彼女の元に帰るのだよ、私は……!
「リトルレディユーリの為にっ!! この様な所で死んでたまるかぁっ!!!」
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