第35話 精霊の森
三十五
トキオから北に在る王都に向けて伸びる街道を100km程進み、そこから街道を外れて西に20km。そこには【精霊の森】と呼ばれる広大な森林が在ります。
「これぞ、ファンタジーです!」
思わずそう叫んでしまったのには理由があります。
この森には、太古の原生林を思わせる、天を貫く様な巨大な木々達が生い茂っており、その木々の一本一本が大人が十人以上で手を繋がないと囲えない程の太さを誇っています。更に全ての木の幹は緑鮮やかな苔でびっしりと覆われていて、よく見ると、苔達の表面には結露による水滴が滴って、それが眩いばかりにキラキラと光を反射してるです。
天を見上げれば、その巨大な木々の立派な枝葉の隙間からは木漏れ日が射し込んでおり、地面に目を移せば、その恩恵を受けた草花がしっかりと生えてる事も確認出来ます。適度な湿り気と程よい陽射し。この森林の中は植物にとっての楽園なのかもしれません。
そんな森の中は、正に緑一色の空間。澄んだ空気と相まって、精霊の森の名に恥じない幻想的で神聖な雰囲気を醸し出しています。自然が織り成すファンタジーですね!
そんな精霊の森に、ボクは居ます。
ちなみに精霊の森とは、【ハポネ王国】、【ワコク皇国】、【ルシア帝国】の三つの国に跨る広大な森林地帯の事です。その総面積は、かつての日本が二つは入ろうかという程に広大な物。その為、一度迷い込めば死んでしまう冒険者も後を絶たないとか。通称【帰らずの森】と呼ばれる所以ですね。
「身体能力を試す為に来たですが、この木たちを傷付けるのは偲びないですね。……でも、少しだけ探検したい気持ちもあるです。となれば! 探検あるのみ、ですね!」
そうです。学園が休みの今日を利用して、人には見られない場所を探して走っていたらこの森林が目に入り、この中ならば人目に付かないと考え、そのまま入った次第であります。
しかし、入ったのはいいけど、あまりにもファンタジーな雰囲気に圧倒され、身体能力を試すどころではなくなってしまったという訳です。試練のダンジョンの『3』の扉の先の森林以上に神秘的な森林です。圧倒されても仕方ないですよね?
ちなみに、この精霊の森に来るまでに掛かった時間は一時間程。朝八時にトキオの北門から出て、現在の時刻は朝九時を回ろうとする頃です。ここまで軽く走ったつもりでしたが、それでも時速120kmは出てる計算になるです。それだけでも、とんでもない身体能力だと分かりますね。
どうも。この度、人間を辞めました『荒神 勇利』改め、『ユーリ』43歳(?)です。よろしく。
そうそう。昨日孤児院に帰ったら、ボク、泣いてしまいました。
何故って?
だって……ミーナさんが予想通りに絡んで来たんですもん。欲望丸出し全開で。
ミサトちゃんが何故かモジモジしながらその様子を睨んでましたが、ボクにとっては実に三ヶ月ぶりのその行動に、恥ずかしさよりも懐かしさや嬉しさの方が大きくて……それで泣いてしまったです。
ミーナさんも面食らってましたね、ボクが突然泣き出して。それはそうですよね。ミーナさんにとっては撃退されると思っての、数日ぶりのエッチな突撃でしたから。しかも、それで嬉し泣きするんですから、凄く驚いたはずです。
人間って、本当に良いもの、ですね! ボク、人間辞めましたが。
ちなみに、その後は普通に撃退しましたよ? ボクの貞操はボクが守るです!
……と、そんな事がありましたが、今はこの森の探検です。出来れば魔物などが出て来てくれるとありがたいですね。色々と能力を試せるので。
「ヌヴァー! 主よ。この森での散策を希望します」
「突然どうしたです、スラさん?」
魔物が出て欲しいなどと考え、精霊の森を探検しようとした矢先……珍しくスラさんから散策の許可を求める言葉がありました。
ボクが創造してから自らの食事云々という事でボクの股間に張り付いていましたが、そのスラさんが何故に散策したいなどと申し出たのか。
ですが、毎日24時間片時も離れずにボクの股間に張り付いて居るのも嫌ですよね。しかも理由が、ボクの身体から排泄される物を吸収するだけなので、たまにはボクの股間から離れてこの世界を見てみたい欲求も生まれる筈です。
「分かったです。いつもボクの股間ばかりじゃつまんないですよね……。それじゃあ、空が茜色に染まる頃にここに集まるって事にします。いつもありがとです、スラさん。今日は散策を楽しんで欲しいです」
「ヌヴァー! 主のその場より素晴らしい場所などありません。ただ……私も良くは分からないのですが、この森にて何かを吸収する事が必要だと感じました。空が茜色に染まる頃ですね、分かりました……! ヌヴァー!」
「あふぅ……♡」
ボクから許可を得たスラさんは、ボクにちょっとした快感を
「それじゃ、ボクも探検しますかね!」
スラさんが森の奥に消えたのを見届けた後、ボクもスラさんとは違う方向の森の奥へと足を向けました。
精霊の森に入ってから思ってた事ですが、やはり人の手付かずの森だけあって、空気がとても新鮮で美味しいです。ただ呼吸をしているだけでも体力が回復する様な、そんな感じがするです。
歩みを進める地面も、腐葉土の上に苔が生えてるのか、踏み締める度にフワフワふかふかと柔らかい感触が足の裏から感じられ、歩くだけでも何だか楽しくなって来ます。
「む……? この蒸れた様な腐った様な……生臭い様な匂いは……! やっぱり! 神聖な雰囲気でもやっぱり居ましたね、ゴブリンが!」
地面の感触を楽しみながら進む事暫く。力の継承で、やはり鋭くなったボクの嗅覚にゴブリンの匂いが入って来たです。ゴブリンとの距離は、匂いの感じからしておよそ500m。巨大な木々が立ち並ぶ隙間を匂いのする方向に目を凝らすと、三体のゴブリンの頭が見え隠れしていたです。
「ゴブリンならば、それこそ虫を潰す様に倒せるですが、ここはアレを試すとしますかね」
ボクが言う
「そのままだと芸が無いですね。……ならば!」
マイア先生に教えてもらったマジックアローは、マナで出来た矢をそのままの状態で敵へと放つ物です。まぁ、属性を与えてフレイムアローやアイスアロー、サンダーアローなどにも出来ますが、この世界は魔法を使える世界。そして魔法とは、イメージに左右される物です。
となれば、厨二病を患ったボクとしては見た目などにも
左手にマナを集め、それに雷の属性を与えてからゴブリンの方へと肩と水平に腕を伸ばし、そこでマナを放出。握った拳の上下からはバチバチと紫電が弓なりに展開されました。
残った右手は左の拳へと軽く触れ、胸を撫でる様に後ろへと引きます。左拳と右手の間には、避雷針に雷が落ちた瞬間を捉えた様に迸る雷の筋が。
ここまで言えば分かりますね。そうです。雷で出来た弓をイメージしました。
名付けるならば『ライトニングボウ』ですかね。
雷の弓の弦を引き絞り、ゴブリンへと狙いを定め……そして放ちました。
「さすが、ボクです……! カッコ良いですぅーっ!!」
正に雷。ボクが放った雷の矢は一瞬にしてゴブリンへと到達し、その一体を容易く黒焦げの死体へと変えました。更に、その後ろに居たゴブリンまでもが放電現象による感電で即死です。辺りには、少し遅れてゴロゴロゴロという爆音が響いてました。雷の矢のあまりの速度に音が遅れた形ですね。
「あまりのカッコ良さに痺れますね! ……雷だけに♪」
ライトニングボウの派手なカッコ良さと威力にボクは上機嫌となり、鼻歌を歌いながら、更に森の奥を目指して進みました。気分は正にピクニックです。
すると、今度は動く木を発見しました。『トレント』と呼ばれる木の魔物です。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
魔物名:トレント
種族名:木霊魔族
ランク:Cランク
特徴:長い年月を生きた木が魔力を蓄え変化した魔物。何故自我が芽生えるのかは不明。一説によると、討伐された魔物の怨念が宿るからとか。
元は巨大な木なのだが、魔物化したおり、生命を維持する為に小型化する。大きな身体よりは小さな身体の方が低燃費である為。
木であった時の大きさは100mを超す巨大な物だが、トレントと化した時の大きさは10m程。
木の魔物である為、炎に弱い。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「試練の時は手こずったけど、今日は腕試しには持ってこいです!」
トレントは木の魔物の為、普通の剣や実力の無い冒険者では歯が立たないです。通常だと倒すにしても、剣だと
高い魔力と高い実力を伴った魔法使いならば、中級魔法の『
そしてボクにとっての腕試しに持ってこいとは、素手で攻撃が通るかという事です。
ちなみに試練の時に手こずったのは、周りがやはり森林地帯だった為、当時のボクの未熟な魔法で燃やすと大変な事になるからです。コントロールがいまいちでしたからね。
自分で放った炎で煙にまかれて焼け死ぬ。そんな事になったらアホですよね。まぁ、トレントの場合は毎回それを気にしないとダメですが。
あ、今なら魔法のコントロールは完璧だから、トレントだけを燃やす事も可能ですよ? 今回は身体能力を試す為に素手なのです。
「トレントが五体。とにかく、やってみるです!」
ボクから見えるトレントの位置は、およそ700m。多少地面がフワフワで頼りないですが、このくらいの距離なら一瞬です。時速120kmは伊達では無いですよ?
力強く地面を蹴り、地面から張り出す木の根に足を取られない様に気を付けながら一番近いトレントの元へ。
幹の5m程の高さにある三つの虚がトレントの顔なのか、上二つ並んだ
その両目にあたる赤い光がボクを捉える事は無く、易々とトレントの懐へと入る事が出来ました。
「さて。……たぁぁっ!!」
右手で拳を握り、それを正拳突きでトレントの太い幹へと打ちつけました。
バキッメキッバキバキッ!!!
オオォ……ォォ……オォォ……ォ……ォン……
すると、それこそ小枝を折る様な感触と共に、トレントの身体は上下真っ二つに折れました。
二つに折れたトレントはどこから声を出しているのか、風鳴りの様な音を発しながら絶命したです。
「こ、これ程……ですか……!」
あまりの手応えの無さと、剣すら弾き返す程のトレントの身体をいとも容易く砕き折った自分の力に、まだ四体のトレントが残っているにも拘わらず呆然としてしまったです。
「ボオォォォォオオ!!!」
「ブォオオオオオン!!!」
「え? うわっ!!」
やはり風鳴りの様な声を発し、枝をしならせて鞭の様に使いながら攻撃して来たトレント。呆然としていたボクはその枝に足を巻き取られ逆さに宙ずりにされると、そのまま勢いよく背中から地面へと叩き付けられました。
「……。ダメージが無いのは女神の羽衣のお陰なのか、ボクの身体が頑丈になったからなのか、イマイチ分からないですね……。まぁ、いいです。はぁぁっ!!」
地面に横たわった状態から、背筋の収縮と両腕を地面に叩き付ける力を利用して飛び起き、その勢いのまま残る四体のトレントへと突っ込みました。
一体目は頭突き、二体目は右正拳突き、三体目は左後ろ回し蹴りと繋げ、最後の四体目は高さ5mまでジャンプしてからの貫手。最後の貫手は、トレントの顔(?)の中央に突き刺し、その内部にある核を握り潰す為です。
こうして、トレント五体との戦闘はあっさりと終了したです。
トレントでさえも虫を潰すかの様に容易く葬れる程の力。しかも、ほとんど力を入れてない状態で。
冗談抜きに、ゴリライガーでさえもあっさりと仕留める事が出来そうです。
と、なれば……
「うはははははは!! もう、誰にも負けんっ! 負けるはずが無いっ!! ボクは究極の力を手に入れたのだぁーーっ!!!」
……と、宇宙を股に掛けた某有名格闘漫画に出てくる緑色の戦士が、仲間を助ける為に宇宙の帝王との闘いに参戦する前のセリフを叫んでも仕方ないですよね?
あ、そう言えば、あの緑色の戦士もその時融合してましたね。そもそも――閑話休題。
さて。
そんなセリフを叫んだ、トレント達との戦闘した場所から更に森の奥に進む事二時間。その後は魔物と遭遇する事も無く進みました。
そのまま、相変わらずふかふかした腐葉土と苔の地面の感触を楽しみながら歩くと、どこからか小川のせせらぎが聞こえて来ました。水の音が聞こえたと同時に、喉が渇きを訴えてきたです。
「そう言えば、朝ご飯の時にお茶を飲んだっきり、何も口にしてないですね。こういう所を流れる小川の水は、きっと凄く綺麗だと思うので飲めるはずです。ちょっと行ってみますかね」
水の音を頼りにそちらへと進むと、水の匂いもしてきました。後少しですね。
「こういうのが最高ですね!」
匂いと音を頼りに進んだ先には、精霊の森の巨木達を避ける様に、幅が1m程の小川がサラサラと流れてました。
近付いて確認してみると、水は腐葉土による濁りなど一切無く、川底付近を泳ぐ小魚の姿も見えました。自然そのままの小川の姿に、思わず最高だと言ってしまうのにも納得ですよね!
「ひゃっ♪ 冷たくて良い感じです♪ 味は……うん、美味しいですぅ!」
水に手を入れ温度を確認し、両手で水を掬って飲んでみました。その味は変な硬さも無く、口の中にまったりと広がる感じながらも、喉を通る時はサラサラと入って行く様な水でした。一口飲んだだけで喉が潤うと言えば美味しさが伝わりますかね?
あまりにも美味しい水だったので、少し多めに飲んでしまったですが。
「この小川の水はどこから湧いてるんですかね? まだまだ時間があるので調べてみるです!」
サラサラとした小川のせせらぎを聴きながら、上流へと向けて歩き出します。時おり聴こえる小鳥の
そんな小鳥の囀りや小川のせせらぎは、ある時をもって消えました。いや、ある音によって上書きされたと言えば的確ですかね。
その音とは……
「こんな所にも滝ってあるんですね……!」
そう、滝の音です。
高さが10mくらいの大きな岩の裂け目から流れ落ちる滝が、ボクの目の前に現れたのです。
流れ落ちる水が岩肌へと当たり、辺りには水煙が漂っています。更に漂ってる水煙には射した陽の光が当たり、小さな滝壺には淡い虹がかかっていました。神秘的な精霊の森の雰囲気と相まって、その滝壷の光景は神々しくすら見える程でした。
その光景を感動しながら見つめていたら、不意に体に震えが来たです。……水の流れを見てると、催しますよね?
「水が美味しいからと言って、少し飲みすぎたですね。まぁ、スラさんが居るから安心です」
いつもの様に力を抜き、そのまま用を足しました。……勘違いしたままに。
「え……。あ……っ!」
散策に出かけたスラさんは、当然ソコには居なかったです。
股間に広がる生暖かさとジワジワと濡れる下着、太腿を伝い滴り落ちた水分は、滝の水飛沫で濡れる苔の生えた腐葉土へと染み込んでいったです。途中、何度も止めようとしましたが、やはりこの身体では止められません。力の継承とは、何ぞや?
「忘れてたですぅ……。うぅぅ、感触が気持ち悪いです……」
周りには誰も居ないので恥ずかしくは無いですが、漏らしたという不思議な罪悪感に苛まれました。ですが、誰も居ないからこそ直ぐに処理出来ますね。
「幸いな事に目の前には水があるです。ここは陽が射してるし、洗っても直ぐに乾くですね」
白い革靴の【白神】を初め、濡れた下着、太腿を伝った時に多少濡れてしまった【女神の羽衣】も脱いで全裸に。そしてジャブジャブと滝壺にて洗い、陽が降り注ぐ丁度良い高さの枝に干します。
後は、汚れた体です。
小川の下流で飲んだ水は冷たかったので、先ずは慎重に心臓付近に水を掛けました。
「ひゃうっ! やっぱり冷たいですぅ。……水風呂だと思えばいけますかね? それっ! ひゃああああ!!」
気合い一発。恐る恐る入るから余計に冷たく感じると考え一思いに飛び込みましたが、そんな事は無かったです。心臓、止まりかけました。
「あ、危なかったです……!」
それでも水の冷たさに慣れると段々と気持ち良くなり、少しだけ露天風呂の気分を満喫しました。
「お日様もポカポカしてますし、ローブとかもまだ乾かないので日光浴としゃれこみますかね♪」
滝壺から少しだけ離れて巨木の枝葉の影が出来ない所を見付け、そこに【黒神】の中に仕舞ってあった『サーベルライガー』の毛皮を敷いて横になりました。
あ、サーベルライガーは試練のダンジョンの『6』の扉の先の天空の密林に出て来た魔物です。鋭く長い二本の牙とモッフモフの体毛が特徴のBランクの魔物ですね。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
魔物名:サーベルライガー
種族名:獣魔族
ランク:Bランク
特徴:体長2m程のライオンが変異した魔物。50cmもの長さになる二本の牙で獲物を仕留める。その全身は長い毛で覆われ、
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
モッフモフに包まれ、ポカポカの陽射し。あまりの気持ちよさに、ボクはいつの間にか眠っていました――。
☆☆☆
――ボクの目の前には、惚れぼれする程に凛々しく育った四人の子供たちの姿が。しかしその顔には、かつてボクのローブの裾を掴んでキャッキャと笑っていた物とは別の表情が浮かんでいます。
それぞれの手には、光り輝く槍、光り輝く大剣、光り輝く弓、光り輝く盾を持ち、まるで憎き敵を見る様な目でジリジリとボクへと迫ってました。
何故、この子らはボクから離れてしまったのか。
何故、この子らはボクを憎むのか。
何故、この子らは互いに手を取りながらも互いに背を向けるのか。
幸せなあの時は……何故――
☆☆☆
気持ち良く眠っていたボクは、突然のけたたましい叫び声で目を覚ましました。「フゴフゴ、ブキィーー!!」という鳴き声から一瞬オークを想像しましたが、どうやら違うみたいです。
「せっかく気持ち良く寝てたのに……『
モフモフの毛皮の上で上半身を起こし、少し離れた茂みから姿を見せた猪へと右手を向け、左手では眠気覚ましに目を擦りながらもアイスウィンドを放ちました。
猛然と突進してくる猪にボクの魔法が直撃すると、その鼻先から霜が付着し始め、やがて身体全体を氷が覆うと、まるで剥製の様に固まりました。縁日で良く目にするりんご飴状態と言えば分かりますかね?
猪は凍りついて絶命しましたが突進の途中だった為、勢いそのままに腐葉土と苔の地面を削りながら10m程ボクに近付いた所でようやく止まりました。
「むぅー。魔力感知しながら寝てましたが、さすがに普通の動物までは分からないですね。って言うか、この世界で目覚めてから初めて見た普通の動物です!」
少し、感動しました。
多くの魔物が蔓延るこの世界で、普通の動物が魔物の脅威に脅かされつつも一生懸命に生き残ってた事が嬉しかったのです。と同時に、その命を無造作に奪ってしまった自分に自己嫌悪してしまったです。
魔力感知では無く、認識阻害の結界を張って寝るべきでした。……寝るつもりは無かったので、仕方ないと言えば仕方ないですが。
「手違いで殺してしまったですが、その命、決して無駄にはしないです。……安らかに眠れ……」
ボクが殺してしまった猪に手を合わせ、言葉通りに無駄にしない為、【黒神】の中へと収納しました。今夜の夕食はマレさんに頼んで猪鍋ですね!
……自己嫌悪したんじゃなかったのかって?
それはそれ、これはこれの話です!
だいたい、ご飯を食べる時の『いただきます』は、命を繋ぐ食を提供してくれた事に感謝を捧げるものです。つまり、命をいただく。だからこそボクは、例え嫌いな物でも残さずに食べるのです。それが命を捧げてくれた事への最大の供養だと思うからです。
という訳で、今夜の猪鍋……じゅる……楽しみですね♪
「今度は逃がさねぇぇーっ! だりゃああぁ――ぁああ!!?」
「――え……? キャアアアアアアア!!!」
猪を黒神へと収納した後、今夜の夕食に思いを馳せていたら、猪が飛び出て来た茂みから威勢の良い言葉と共に一人の若い男が飛び出て来ました。その両手にはそれぞれに二本の剣を持ち、飛び出た勢いそのままにボクへと斬り掛かって来たです。
ボクが人間だと気付いた瞬間斬り掛かった剣を止めようとする若い男と、突然の出来事に呆然とするボク。しかし、全裸だった事を思い出し、咄嗟に胸と股間を腕で隠してしゃがみ込みました。
こんな所に人間は居ないと思っていたからこそ裸でローブを乾かしていたのに、その思い込みが仇となったです。
「ご、ごめん! ま、まさかこんな所に女の子が……しかも、そ、その……そんな格好で居るなんて思わなかった……」
そう言って、慌てて後ろを向く若い男。初めて女の子の裸を見たのか、その顔は真っ赤に染まっています。初心なんですね。
ですが! そんな事は関係ないです!
ボクは自分で裸になった事を棚に上げながら、涙目でその若い男を睨み続けました……
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