第19話 暴かれた秘密
「こ、これがどうしたんですか? あぁ、えっと、おかげさまでよく利用させてもらってます。ありがとうございます」
震えそうになる声を無理やり押さえつけ、ついつい力が入りそうになる両手を二人の死角になる様に机の下へと隠した。
「そう、良かったわ。教えたかいがあったわね」
野崎さんの刺すような視線に耐え切れず、僕は思わず目をそらしてしまった。
野崎さんの持ち出して来たもの、それは図書館の貸し出しカードだった。
だが、恐らく野崎さんの見て欲しいものとはそこではない。カードに書かれた名前欄だ。
そこには、『逆月』真昼と『逆月』真夜と書かれてあった。
「でさ、何か思うことない?」
「何がだ?」
社長さんが首を傾げてカードを眺めている。どうやらまだ気づいていないらしかった。
「どうして苗字が二人共『逆月』なの? ここに書いてあるってことは、保険証にも逆月って書いてあるはずよね」
「そ、それは……。ぼ、僕らは従妹同士で……」
前もって用意しておいた言い訳を使うが、何か核心を得てしまっている野崎さんには通用しないみたいだ。
疑いの眼差しを一ミリたりとも揺るがせず、野崎さんは続ける。
「トモ~。最初、あなたなんて聞いたんだっけ?」
「…………終わりだ。人の隠し事暴いたって何も面白い事ないだろ」
野崎さんの言いたいことを何となく察した社長さんは、顔をしかめるとテーブルの上にある図書カードを攫って、僕の膝に押し付けた。
「トモ。これは必要な事よ」
「マイ、いい加減にしろ。さすがにやりす……」
「やりすぎなわけないでしょっ!」
バンッ、と野崎さんの気持ちの大きさを表す様に、耳障りな音が上がった。
「いい? この子たちはまだ未成年で、下手すると私たちは誘拐犯扱いされるのよ? それ分かってんの?」
「……未成年っつってももう十六や十七だ。真昼は今年で十八なんだろ? 十三歳以上は自主的な判断が尊重されるだろ。確かに警察に事情を聞かれるかもしれないが、誘拐まではいかねえよ」
「そんなの分かんないでしょ。この子達の両親が訴えれば間違いなく……」
「あのっ、すみません」
僕らのせいでそんな事になるかもしれないなんて想像だにしていなかった。
「お世話になりました。ご迷惑でしょうから僕らは……」
「迷惑じゃない!」
社長さんが大声をあげて僕の声を遮る。
「少なくとも俺は助かってる。真昼が手伝ってくれるおかげで色々受けられる仕事も増えたし、真夜ちゃんは近所のじいさん婆さんや奥さん方に大人気だ。おかげ様で評判も売り上げもうなぎのぼりだ」
「……そんな……僕らを無理に庇う事は……」
「事実だ。少なくとも俺はこれからも雇い続けたいって思ってる」
「……ありがとう……ございます」
「はぁ~っ……」
わざとらしいため息が響く。顔をあげてみれば野崎さんが、仕方がないなぁとでもいった感じで頭をバリバリと掻いていた。
「私もあなた達を追い出したいわけじゃないのよ。それは勘違いしないで」
僕は返事はせずに、小さく頷くだけにしておいた。
まだ納得は出来なかったからだ。
「私は不幸に片足突っ込んでるあなた達を見ていられないだけ」
その言葉を聞いて、僕の目の前が真っ白になった。
衝動に任せて立ち上がり、野崎さんを睨みつける。
「僕はっ、僕らは不幸じゃないっ! 勝手に決めつけるなっ!」
だが、それに対抗するかの如く野崎さんも立ち上がると僕を睨み返した。
「どう見ても不幸だろうがっ! 不幸じゃないなんて言葉、自分が不幸だと認めたくない連中が吐く言葉だっ! そういうの何度も見て来た私が言うんだ、大人舐めんなっ!!」
「その人たちとは違うっ! 僕は真夜が居て、それだけで幸せだっ!」
「じゃあお前は今すぐ二人で外に出て行って二人だけで暮らせんのかっ!? ふざけたことぬかすなっ!!」
「マイっ、止めろっ!」
「でも……」
「止めるんだ。一旦頭を冷やせ。怒鳴り合ってもなんも解決しねえよ」
「…………」
野崎さんは不満そうな表情のまま、ドカッと椅子に座った。
そのまま不機嫌なのを隠そうともせず、人差し指でトントンと机を叩き始めた。
「真昼も座れ。落ち着いて話をしよう」
「……はい」
僕は社長さんに諭されながら席に着いた。
正直僕は、もう終わりだと考えていた。
ぼんやりと机の中心を見つめる。もう何も考えたくなかった。ただ、真夜と一緒に居たかった。
「……」
「…………」
しばらく誰も話さなかった。そのまま無言の時間がいつまでも続くかと思えたのだが……。
「ねえ、真昼くん」
野崎さんが口を開いた。その呼び方は今までのものに戻っている。多少は冷静になってくれたのだろう。
「はい」
「……二人って、兄妹なの?」
「…………」
再び場に沈黙が訪れる。
嘘をつくこともできただろう。もしかしたら社長さんはそれが嘘だと分かっていても、そういう事にしてくれたかもしれなかった。
でも、僕にはそれは出来なかった。
これだけ誠実に、一生懸命に僕らの事を考えてくれる人に、これ以上嘘をつきたくなかった。
僕は深く息を吸い込み、言葉にしようとして失敗する。それを何度か繰り返した果てに、ようやく一言、
「……はい」
そう絞り出すことに成功した。
「……そう」
野崎さんはそれだけ呟くと沈黙した。一方社長さんはやっぱりそうだったか、とでも言いたげな様子で小さく息を吐いた。
「だから駆け落ちした、か。そうよね。駆け落ちでもしないと、そういう関係になれないものね……」
「…………はい」
「ご両親は? って反対されたからここに居るのか……」
「…………」
僕は黙っていたが、無言は肯定とばかりに決めつけられてしまった。……全く以ってその通りなのだが。
「……もうさ、分かってると思うけど怒らないで聞いてくれる?」
僕は無言で頷いた。
野崎さんが言わなくてもその言葉の先は分かっていた。
僕はその事にどれだけ悩んで、どれほど苦しんだのか。そして真夜も同じように苦しんだはずだった。
「血の繋がった兄妹っていうのはね、結婚できないんだよ。国によっては刑罰まであるのよ」
「……分かってますよ」
それでも僕らは二人で居る事を選んだのだ。
そうしなければ魂は焼かれ、精神は摩耗してしまっていた。きっと待つのは……死しかなかった。そう確信できた。
「周りにバレればこうなるの。トモは、多分例外中の例外よ。私だって、何してんのよって思ってるもの」
「それは、覚悟の上でした……」
「覚悟ってそんな簡単なものじゃ……」
「心中」
再び苛立ち始めた野崎さんを遮るように、社長さんがその言葉を口にした。
それは、僕らが駆け落ちをした最初かつ最終的な目的だった。
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