第8話 幸せを確かめて
社長さんや野崎さん達を交えての夕食が終わり、僕らは僕達の部屋に帰ってきた。
扉を閉めた瞬間、
「はふ~……」
「ふー……」
偶然にも真夜と僕のため息が重なった。
思わず僕らは顔を見合わせる。一瞬の間の後、どちらからともなく笑いが漏れた。
僕らは笑い合いながら、心から幸せというものを噛み締めていた。
「ねえ、お兄ちゃん。私達ってこんなに幸せでいいのかな?」
「これだけして貰えたことは本当に運がいいと思うけど、幸せは真夜がくれたものだから、いいんだと思う」
「えぅ……」
僕の言葉に、真夜は頬を染めながら沈黙する。真夜はそのままちょっとの間俯いていたのだが、やがて口元を拳で隠しながら上目遣いで僕を見ると、
「わ、私の幸せも、お兄ちゃんと一緒に居る事だよ」
なんて嬉しい事を言ってくれた。
「……は、早く部屋にあがろう」
「う、うん」
狭い玄関先で肩を寄せ合うというのもいいかもしれないが、真夜の体力を考えれば早く部屋の中で休むべきだろう。
僕らは靴を揃え、ドアにカギをかけると、ゆっくり部屋の中へと入っていった。
この部屋は長方形を三対七で二つに区切った様な造りになっており、小さい空間がキッチンなどに充てられ、大きい空間が生活空間に充てられている。
構造的には、入り口から入って左側にキッチンがあり、右側にトイレ、お風呂、洗面台が一緒になった三点ユニットバスが設置されている。
そこから進むと生活空間で、今は左側に折り畳み式の簡易ベッド、右側にこたつ机と棚が一つずつ壁に沿って置かれていた。
「真夜はベッドに座って。あ、ちょっと浅くね」
「お兄ちゃんは?」
「僕の事は気にしなくていいからさ」
「う、うん……」
真夜は僕の言う通りに従い、素直に座ってくれた。
まったく、お兄ちゃんは真夜がこんなに素直で心配だよ。悪い人に騙されちゃうんじゃないかってさ。などと考えながら僕はベッドに乗る。
ベッドは二人の体重を受け止めてギシギシなるが壊れる様子はなく、僕はそのまま真夜の背後に回ると、
「わひゃぁっ」
真夜を包み込むように座り、目の前にある真夜の背中を抱きしめた。
「真夜……しばらくこのままでいいかな?」
「お、お兄ちゃん……」
「真夜……お願い」
この四日間は本当に色んなことがあった。遠くまで逃げるために数日間電車に揺られ、どこか隠れられる場所を探して知らない街を歩き回り、たまたま身を寄せた海の家で社長さんに出会った。
そこからはとんとん拍子で話が進み、部屋に案内され、野崎さんの案内で店を回り、晩には社長さんからごちそうしてもらって、今はこうして二人で暖かい部屋の中で過ごしている。
目まぐるしく変わる状況に、僕らは流されるだけ流されて、最終的にはこんな望外の幸運に恵まれる事になったのだ。
今でもこれが現実なのか信じられないから、それをしっかりとしたもの、真夜の存在で確かめたいのだ。
この幸せが夢じゃないって僕が実感できるまで。真夜のぬくもりが確かなものだって僕がはっきりと理解できるまで。
「…………」
暫くの間を置いて、真夜がゆっくりと頷いた。
そして返答の代わりとでもいうかのように、僕の腕を軽く抱き返してくれた。
しばらく無為の時間が流れる。
二人きりの、二人だけの時間。誰に邪魔されることなく、誰に咎められることなくゆっくりと流れていく。
僕らが実家に居る時は、どれだけ望んでも決して手に入らなかった宝物が、今はいくらでも手に入るのだ。
「……お兄ちゃん」
「なに?」
「ふふっ、呼んでみただけ」
真夜も今同じ気持ちなのだろう。どこまでできるのか、この幸福が、どんなことをしても壊れないものなのかを、恐る恐る試しているのだ。
「……真夜」
「なぁに?」
「大好きだよ」
「だっ……い……」
腕の中に居る真夜の体温が急激に上がる。それが面白くて、僕はその言葉を更に重ねて囁く。
「愛してるよ」
「あ……えっと……」
「うん」
「………………」
長い長い時間をかけて、真夜は本当に小さな、ともすれば密着している僕ですら聞き逃しかねないほど小さな声で、
「わたし、も」
そう言い返してくれたのだった。
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