第4話 からかい上手なお隣さん
僕達が住まわせてもらっているアパートは、小さい部屋を五つ横に連ねた長屋の様な形をしている。そこから社長さんの住んでいる母屋を挟んで北側に物置小屋はあった。
物置小屋の扉は開け放たれており、中には様々なものが雑然と置かれている様子が見える。
「あ、あれか」
その中に、高さにして百四十センチくらいの、真夜より少しちいさい冷蔵庫が鎮座しているのを発見した。
冷蔵庫の上には何かのパーツやビデオデッキなどが積み上げてあり、このままでは運び出すこともできないだろう。
「社長さんはまだコンロを取り付けてくださってるんだよね。……なら」
このままぼーっとここで待っているのはさすがに悪い気がしてならなかった。
とりあえず、運びやすい様に冷蔵庫を発掘するべく僕は袖をまくり上げた。
「よしっ」
僕は気合を入れるとガラクタの山を切り崩しにかかった。
外と中を往復する事五回。一応冷蔵庫を運び出せる状態にはなったのだが、試しに動かそうとしてみたところ、重くて小動(こゆるぎ)すらしなかった。ドアを開いてみれば案の定、中にも色々と詰め込まれている。
「これも出しとくかなぁ」
そう呟いた瞬間、
「まっじめだね~」
悪ふざけをしている子どもの様な笑い声と共に、背中に何か丸くて大きくて柔らかいものが二つ押し付けられた。
「うわぁぁぁっ!」
男としての本能で、それが何か瞬時に理解した僕は、思わず悲鳴を上げてしまった。
人生初の、おっぱいである。
まな板とか壁と形容すべき体形の真夜では、絶対に味わう事の出来ない感触であった。
「のの、野崎さん!? 当たってますって」
ジタバタもがく僕を、野崎さんは絡みついて拘束し、更に巨大な胸を押し当ててくる。
……というかちょっ、ホント待って。やめて~! あ~やわらかいあったかい気持ちいいふかふかするぅぅ!!
「当ててんのよ。私、これでも公称八十五のFカップなのよ」
「こここ、公称? はちじゅうご?」
「前っていうか今もグラビアアイドルとかやってるの。真昼くん、どう?」
そう言うと野崎さんは僕の耳にふぅ~っと息を吹きかけてくる。
「うひゃうっ!」
体の芯から謎の快感が沸き上がり、二度目の悲鳴を上げてしまった。
「ふふっ、かーわいー。どう? この後」
「ななな何がですか?」
「何って……味わってみない?」
言葉と共に、必要以上に胸が押し付けられる。
背中の圧力は大きくなったのだが、それでも野崎さんのお腹は僕の背中に欠片も当たっていなかった。
真夜が同じことしたら、絶対お腹と足が当たるのに。
「み、みません! ぼぼ僕には真夜が居ますから!」
「彼女持ちなのぉ? ちょっとくらい火遊びしてみない?」
「しませんっ! 僕は真夜一筋ですからっ!」
「そんな事言わずにさぁ~」
相手は女性でその気になれば振り払えるはずなのに、緊張しきった僕の体は全くいう事を聞かなかった。
野崎さんは色っぽい笑い声をあげながら、僕の胸を撫でまわしてきて……。
「お前は見境なく絡むな!」
「あたっ、何よ、独占欲~?」
「常識を言ってんだ俺は。常識を」
ぺしんっというちょっと痛そうな音が背後で響き、ようやく僕は解放された。
金縛りの解けた僕は、思わずその場から二メートルほど走って物置小屋の奥まで逃げ、それから改めて野崎さんの方を振り向いた。
一応、まだ腰を落として警戒は解かずに何時でも走って逃げられるようにしておく。
「しゃ、社長さんありがとうございます助かりました」
「マイが迷惑かけてすまんな。コイツ、ノリで生きてるような所があるから面白そうな事には首突っ込みたがるんだよ……」
「コイツって何よ~。人の恋路を邪魔するなんてダメだぞ~」
「そりゃお前だろうが。彼女持ちを誘惑しやがって」
しかも僕は駆け落ちしたてだからね。
「だって初々しくて可愛かったんだも~ん」
「だからって相手の事情も考えずに絡むんじゃねえ」
「事情?」
聞き返す野崎さんに、社長さんはしまったという顔をした。僕の事情は軽々しく言いふらして良いものじゃないと考えてくれているからだろう。
「あのっ、僕ら駆け落ちして行くところが無かったんです。それなのに社長さんが助けてくださって……。えっと、ですから……」
野崎さんが管理人ということもある上に、何より今後の牽制のためにも、彼女には伝えておいた方がいいだろうと判断したのだ。
真夜の嫉妬を買いたくないし、真夜にへそを曲げて欲しくない。僕は真夜といちゃつきたいんだ。そのためにもしっかりとお断りしとくべきだろう。
「そういうお誘いは……」
「きゃー、駆け落ち!? ドラマみたーい。すっご、今時ホントに居るんだぁ」
野崎さんは黄色い声をあげて大興奮し始めた。
僕に飛びつこうとしたのは社長さんが野崎さんの首根っこを捕まえて防いでくれたけど。
「お相手の名前は? 若く見えるけど何歳なの? というかもしかして彼女もあの部屋に居たの?」
野崎さんの怒涛の質問攻勢に思わずはなじらんでしまった。
「え、え~っと……」
しまった。まだ真夜の旧姓を考えてなかった。
僕たちはどちらも逆月なんて珍しい苗字だ。二人共がそんな珍しい苗字だってバレたら、兄妹だってこともバレてしまう。
従妹同士……これも苦しい。日本では結婚できるしそんなにタブー視されているわけじゃない。
とりあえずは……。
「真夜、です。歳は僕が十七で真夜が十六になります」
「え? じゃあ高校生同士なんだ。そりゃ駆け落ちにもなるわね~。待てなかったの?」
「えっと、それは……」
「お前は他人が秘密にしたいところにズカズカ入っいてくんじゃねえ。困ってんだろうが」
「ちょっ、ポンポン気軽に私の頭を叩かないでよね!」
「お前が悪いんだろうが、お前が」
社長さんがまたも助け舟を出してくれたおかげで深く追及されずに済んだ。
後で真夜と色々口裏合わせをすることを、僕は心に留めておいた。
「しゃ、社長さん、冷蔵庫ってあれでいいんですよね?」
「おう。あ、中になんか入ってたか。すまんすまん、今すぐ出すわ」
社長さんは頭を掻いて謝罪すると、冷蔵庫の前に座って中身を取り出しては適当に放り投げ始めた。
「手伝います」
「おう、サンキュー。でももう終わったから大丈夫だ。運ぶのは一緒にやってくれ」
「分かりました」
僕と社長さんは、二人で協力して冷蔵庫を物置小屋から引っ張り出した。後はこれを部屋まで運ぶだけなのだが……。
「ん? マイのヤツどこ行った?」
あたりを見回しても、あの巨乳で色っぽい野崎さんの姿はどこにも見当たらなかった。
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