第9話 僕の暴走機関車は止まれない
二人で生活するにあたって色々な事を決めた。
真夜は特に自分がトイレに入った後の臭いなどをやけに気にしたのだ。僕はあまり気にしないけど、女の子は気にするものなのだろう。
そういった問題はこれから生活していけば色々と出てくるものなのだろうと思う。
それもまた楽しみの一つだと考えれば楽しめるんじゃないかと思う。だって実際……。
「ふ~んふん……」
今お風呂に入っている真夜の鼻歌が、こんなに聞こえてくるなんて思いもしなかったし。
これは僕が必要以上に静かにして、耳をすましているのも原因の一つだけど、それにしても……。
「んっ、はふぅ~……。あったかくて気持ちいい……」
艶めかしすぎやしませんかね?
何もしていなくても真夜の素肌を暖かな湯水が伝って落ちていくシーンが頭の中でちらついてしまう。
他にも形のいいおしりとか、起伏のまったく無い胸だとか、濡れた髪とそこから見え隠れするうなじ、ほのかに湿り気を帯びた柔らかそうな肌だとか……。
妄想が捗って捗って、ちょっといけないものでも出てしまいそうだ。
待て待て落ち着け、この妄想はだめだ。もっと安全な妄想に切り替えよう。
月並みだけど……この裸は家族の裸。妹の裸だ。子どものころから何度も見て慣れてるはずだから何とも思わない安全な……って無理だよ!? 僕が好きなのは血が繋がっている妹の真夜で、今まさに欲情の対象にしてるんだからね!?
ああぁぁぁ~っ! ダメだ!!
真夜の裸が具体的に頭に……! 小さいころからきっと色々と大きく……なってない部分もあるよねってそれじゃあこの記憶のままなのかな!?
ちょっ、もう、ほんとにヤバい! 頭が沸騰してしまいそうだ!
「~~~~!!」
僕は色んな情動を堪えるために、ベッドの上で頭を抱えると芋虫のように身もだえた。
なお、頭から布団をかぶって自分の世界に籠ってしまえばこんなもだえる事にはならなかったと気付いたのは、水音がすっかり消えた後だった。
まあ、気付いても聞くの止めなかっただろうけどね。
「今お風呂あがったから準備しててね」
「あ、ああ」
「ごめんね。着替えたらすぐ出るから、あとちょっとだけ待っててね」
「ありがとう。でもそんなに気を遣わなくていいよ。もっとゆっくりお風呂入っていいんだからね」
これは真夜を気遣っているのだ。決して、決して色々と妄想する時間を延ばそうとか、もっと真夜がお風呂に入ってる音を聞いていたいだとかそんな事が目的ではない。
「ん~、じゃあ今度は長めに入らせてもらうね。でも……」
「でも?」
続く真夜の声が小さすぎて、壁越しにはちょっと何て言ったか聞こえなかった。
「……な、何でもないよ。出たら言うね」
真夜は少し焦ったような口調で誤魔化した。それで何となく真夜の言葉に察しがついた。
きっととんでもなく可愛い事を言ってくれたんだろうな。
「分かった、楽しみにしてる」
「そ、そんなに楽しみにしなくていいよぉ……」
「真夜の事は何だって楽しみだからね」
「もう……」
そんな風に話している最中の事だった。ドアの方でコトリと何か物音がした。
考えにくいことだが、郵便物か何かが届いたのだろう。
「……もしかしたら野崎さんの荷物が間違って入ったのかな?」
だったらお風呂に入る前に余計な用事は済ませてしまおうと、僕は玄関に向かって歩いていくと、ドアに引っ付いているポストを開けた。
ポストの中には何か箱状の物が入っていたが、辺りが暗くてそれが何かまでは分からなかった。
「なんだろ」
僕は無造作につかんで持ち上げると……。
「ぶっ!!」
それを見て、僕は思わず吹き出してしまった。
いや確かに言ってたよ!? 社長さん、後で持っていくって言ってくれたよ!?
でもね? でもね? まさか本当に持ってきてくれるなんて思わないじゃないか!?
「何してくれてるのよ、社長さん……!」
毒づいた僕の手の中にある物の正体、それは時に近藤さんなどの愛称で親しまれる道具、箱詰めのコンドームだった。しかも未開封で六個入り。
いや確かに必要だけども! いつかは使う時が来るけれども!
「どうしたの、お兄ちゃん?」
真夜の純真無垢な問いかけに、僕は何も悪いことをしてないというのに背筋をピーンと伸ばしてしまった。
「な、な、な、ナンデモナイよ?」
「なんでもないように全く聞こえないんだけど」
緊張のせいか、意図せず声が裏返ってしまう。
当然、真夜には瞬間的に見抜かれてしまった。
「あっ! も、もしかして何処かに覗ける穴があったとか?」
「それはない……というか覗くなら真夜に言ってから覗くし、堂々と見るから」
「そ、それはそれでどうかと思うなぁ……」
とにかく僕の頭の中は、このヤバいブツの事でいっぱいだった。何か変な事を口走った気もするけど、今は些細な問題だ。
冷蔵庫の中……はだめだ。ゴムが劣化したらいざという時に破れてしまう……じゃなくて真夜も冷蔵庫を使うのだからすぐ見つかってしまうだろう。
棚も同じような理由で却下だ。きっと洗濯物を入れる時に見つかってしまうだろう。
ベッドの下もすぐに見つかるし、コンロなんて溶けてしまうかもしれない。
僕は頭の中で必死に隠す場所を探したのだが……。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
真夜がお風呂場から出てきてしまった。
真夜は勝ったばかりのティーシャツに、ホットパンツを履いて、ほかほかと湯気をあげながらタオルで髪の毛を拭いている。
近づけばとってもいい匂いがしそうだ。そんな事堪能できる状況じゃないけど。
「な、何でもないって」
結局隠すことが出来ず、慌てて僕は真夜の視線が届かない様、背中に隠すしかなかった。
「お兄ちゃん、今何隠したの?」
はいすぐバレたー!
というかほとんど荷物が無いから隠す場所なんてないんだって。
「なな、何も隠して無いよ!?」
「じゃあ手に持ってるもの見せて」
「ももも、持ってるものなんて何何もななな無いよ?」
「なんでそんなに動揺してるの?」
「動揺なんてしてないさぁ~」
「口調変だよ」
「ぐっ」
言い訳を重ねるごとに、真夜の不信感と眉間のしわが増えていく。
むー、なんて可愛らしく拗ねる真夜を楽しむ余裕なんて無かった。
「と、とにかく僕の事は気にしないで、ね」
何が何でも真夜にだけは見られないように、背中に隠したままゆっくりと後退った。
今出来る解決方法は一つだけ。
ドアを開けて、このブツを見られない内に屋根の上にでも投げ捨てる事。
「気にするっ! 隠し事なんてダメなんだからねっ」
「隠し事じゃなくて……。ああもう、なんて言えばいいのかな……」
誤解必死だから隠さないといけない感じだ。
同棲初日にコンドームを手に持って、風呂上がりの女の子を待ってるとかケダモノ過ぎて百年の恋も冷めるっての。
「とにかく見せてっ」
「ダメだって!」
真夜は無邪気に僕へと掴みかかって来た。
僕は僕で抵抗するのだが、真夜は何とかして背中に隠したブツを見ようとするものだから、もうもみくちゃになって、胸とか胸とか胸が僕に押し付けられてしまう形になった。
暖かいわ柔らかいわいい匂いだわでナニこの天国って感じだ。もっとくっ着いて……じゃない。早くこの危険物を処理しないと。
「みーせーてっ」
「や~め~て~」
口調が棒になってしまっているが、僕はきちんと本気で抵抗している……つもりだ。
もっと抱き着いてなんて決して思っていない。思ってないからねぇぇ!
「取~った」
僕の抵抗もむなしく、爆発物(ある意味)は真夜に召し上げられてしまった。
ずるいよ、真夜。僕が真夜に抵抗できるはずないじゃないか。
「え~っと、これはな……に……」
真夜は僕に馬乗りの様な状態で、戦利品を確かめる。そして箱に書いたイラストや説明を読み進めた後、僕と箱を見比べる様に何度も視線を往復させると、
「ふやぁっ!!?」
ボンッと頭を噴火させた。
「あ~真夜、あのね。それはね、さっき社長さんがポストに入れてった物でね?」
「あやあえあうあの……おおお、おにおにおに……」
真夜は顔を真っ赤にさせ、目をグルグルにして混乱しきっていた。
あー、こんな真夜も可愛いなぁー。
なんて現実逃避してる暇なんてないって。何とかして真夜を落ち着かせないと。
「真夜、落ち着いて」
「おち、おちつい、ってる。よ?」
「いや、絶対落ち着いてないから。まず誤解しないで欲しいんだけど、それは僕が買ったんじゃなくて、社長さんがポストに入れてくれた物だからね。僕も今ポストに入ってることを知ったんだよ、うん」
「ほ、ホントに?」
「ホント。明日社長さんに聞いてみるといいよ」
これは掛け値なしに本当だ。
「ホントなの?」
「ホントだってば。真夜に誤解されたんだからむしろ僕にとっては迷惑なくらいだよ。そりゃあ僕だって男だからさ。いつかはって思うけど、今はまだプラトニックな関係でって思ってるから」
僕は真夜を大切にするんだ。そういったことを信じてもらえない事はちょっと悲しかった。
「で、でも、お兄ちゃん」
「なに?」
「あ、あのね? その……これ……」
「これ?」
真夜は戸惑いながらも下に指を向けた。どうやらそこに真夜が僕を信じられない理由が……。
「あ……」
「も、もぉ……」
真夜が指した先には、激しく自己主張をする僕の分身があった。
真夜ともみ合いしている際に、色々と押し付けられて興奮してしまったことが原因だろう。
確かにこの臨戦態勢全開の状態では、何を言っても信憑性は薄かった。
コンドームを手に、自前の刀を滾らせながら風呂上がりの妹を待つ。状況だけ見ればお巡りさ~ん! な案件確定だった。
「ち、ちがっ。これは今真夜と揉み合ったからで……。そう、こうなったのは真夜がエッチだったのが原因であって、いや何言ってるんだ僕は。とにかく信じて欲しいのは、僕が買ったんじゃないってことだよ」
「う、うん。それは分かったよ」
「よし、これでこの件はおしまい。こんな危険物はどこか目の届かないところに封印しておこう」
封印であって、捨てるといえないところに僕の本音があった。
「ち、違うよ。お兄ちゃん」
「え?」
「その、ね? こ、こうなってたから、つつ、使いたいの? って……意味、だよ?」
「つ……」
「つ?」
そんなの、答えは一つしかないじゃないか。
「使いたいよ!」
魂からの叫びだった。
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