第24話 エルに淹れてもらうコーヒー


 その人物から「今のケンジ―には別物の魂が入っている」と聞いた時、咄嗟に思い出したのはこの間の昼休みのことだった。


『お前はいい奴だから、きっと相手も受け入れてくれるさ』


 彼はそう言ってくれた。

 あの気持ちのいい笑顔であんな風に私を認めてくれる奴が他にいるだろうか。

 実際に彼を見て確かめるとは言ったが、もう心は決まっていた。

 彼は私の愛する彼その人であると。


「ケン。私もお前に話さなければならないことがある」

「え、なんだ……?」


 彼の茶色の瞳が揺れる。

 その表情を可愛いと思ってしまう。


「この話を聞いた後でもし他の所に泊まりたくなったら、行って構わない」

「大丈夫だ、お前もオレの話を聞いてくれたんだ。オレもお前の話を笑ったりはしない」


 にこりと微笑んで彼が請け負ってくれる。

 私の恋心を話せば彼は怯えるかもしれない。

 もう親友のままではいられないかもしれない。

 それでも、私は話すと決めたのだ。


「ケン……私はお前のことを愛している」


 時が止まったかのように彼の表情が固まる。


「親友としてという意味も勿論あるが、それ以上にこの気持ちは確かに恋情なんだ」


 彼の瞳が何度か瞬く。

 そして永遠とも思える長い沈黙の後、彼が口を開いた。


「その、急なこと過ぎて……ちょっと、考える時間が欲しい」


 やっぱり、こういう反応になるだろう。無理もない。

 あからさまに怯えられなかっただけ良かったと言える。

 そう思っていたら、彼が一言付け加える。


「でもお前がオレの事をそんな風に想っているというのは何というかその……光栄だ。嬉しいよ」


 彼ははにかみながらそんなことを口にしたのだった。

 なんだその表情は……!


「なっ、『嬉しい』なんてそんなことを言って私に襲われたらどうする!」


 思わず反射的にそう言うと、彼は本当に不思議そうな顔をしたのだった。


「お前はそんなことしないだろ? 合意を得ずに襲うなんて」


 心の底から私を信じ切っている様子だった。

 私だって男なんだっていうことを彼はまるで分かっていなかった。


「だから……そんな表情で『嬉しい』なんて口にしたら合意の上だと勘違いするだろと言ってるんだ」


 私が指摘すると、彼は恥じらうように赤面したのだった。

 ああクソ、可愛い。


「それで、他の奴の家に行くか?」


 オレが彼に恋心を持っていると分かった以上はこの家にいられないだろう。

 そう思っていたのだが。


「いや、大丈夫だ。ここに泊まらせてもらおう」


 そんなことを言うのだ、彼は。

 私に襲われたらどうする気なんだ本当に。


 * * *


 あのエルが、オレを好きだなんて。

 あの出来た人間の見本みたいなエルが。


 だから彼がオレに好意を抱いてくれていること自体は素直に嬉しかった。

 もしもオレが女だったなら、二つ返事で彼と付き合っていただろう。


 だがオレは男だ。同性愛者ではない。

 彼と付き合い出しても、ふとした拍子に彼を拒絶してしまうのではないだろうか。軽い気持ちで彼と付き合って、彼を傷つけたくはない。


「この部屋でいいか?」

「ああ、充分だ」


 夜。

 エルに客室に案内される。

 一応は貴族の邸宅である自室に比べれば狭いが、小綺麗でベッドもある立派な部屋だ。生前はただの庶民だったオレからすれば、こちらの方が落ち着くくらいだ。


「この部屋に住みたいくらいだな」

「……」


 素直な感想を口にすると、エルは何故だか手で顔を覆うのだった。

 彼の耳が仄かに赤く染まっているのが見えた。

 もしかして照れているのか?

 そう気づくと、途端にエルのことが可愛く思えてきたのだった。


「ああ、それじゃ……おやすみ」


 エルが踵を返して部屋から出ていこうとする。


「エル」


 彼との会話が終わってしまうのが急に惜しくなり、衝動的に彼の腕を掴んで引き留めた。


「なっ……!? こんな意味ありげなことをして貞操が惜しくないのか!」


 動揺して顔が真っ赤になったエルに謎の説教をされてしまった。

 赤面した彼はやっぱり可愛かった。


「……エルになら、襲われてもいい」

「……っ!?!?」

「襲われてもいいというか、オレには男を愛せるかどうか分からない。だから一度だけお試し……みたいなのは、駄目か?」


 エルを上目遣いに見つめて、尋ねてみた。

 彼が可愛く照れるところを見て欲が出てしまったのだ。

 彼と恋人同士になることが出来たなら、それはきっと楽しくて……気持ちいいことに違いないと。


「だ、駄目じゃない! 駄目なものか!」


 赤面した彼にベッドの上に押し倒された。

 そして唇を塞がれ……


 …………


 ……


「おはよう、ケン」


 朝、目を覚ますとエルが隣で俺に微笑みかけてくれた。


「起きれそうか?」

「あと5分……」


 目を擦っていると、彼が身体を起こす。


「5分と言わず、ゆっくりしているといいさ。コーヒーを淹れてこよう」

「ああ、ありがとう」


 彼が部屋を去ると、オレは毛布を頭から被って悶えたのだった。

 どうしよう、オレの恋人が優しくてカッコよすぎる……!

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