第3話 好感度最大フルハート

 オレは諸事情により『魔導学園教師の子育てダイアリィ』をかなりやりこんでいながらも、一度もクリアしたことがなかった。


 その諸事情とは。

 人によってはそんな下らないことと思うかもしれない。

 だがオレは攻略サイトのある情報を見た瞬間からそれに囚われてしまった。


 "登場人物全員の好感度を最大にして後半パートに入れば、隠しキャラが登場。"


 その情報を目にしてから、もう中途半端な状態で後半パートとやらに行くのはあり得なくなってしまった。やり込み要素を放置して適当に遊ぶなんてオレには無理だ。そういう潔癖症なのだ。


 そうは言っても攻略サイトを見てるんだから簡単なのではないか。そう思われるかもしれない。

 違うのだ、そうじゃないのだ。


 何しろまどアリィは選択肢が膨大だ。


 膨大な数のイベントに加え、息子のパラメーター数値によって選べたり選べなかったりする選択肢がいくつかあり、さらには完全ランダム要素である天気によって起きるイベントと起きないイベントがある。

 例えば雨の中外で息子が稽古をし続けて風邪を引いてしまうイベントは晴れの日には起きない。


 極め付きに、選択肢を選んだ結果好感度がどれだけ上下したか隠されていて分からない。好感度が上がったのか下がったのか、上がりはしたけれどもっと良い選択肢が他にあったのか。そういったことがまったく分からないのだ。

 攻略サイトでも「この選択肢が一番好感度が上がるのではないか」という推測しか載っていない。実際プレイしてみて、攻略サイトに載っている情報が一部間違っているのを発見してしまったこともあった。


 ただ好感度が最大になれば登場人物一覧にハートマークが付くので、それで判別することが出来る。

 それだけにオレは全員好感度最大フルハートを捨てることができなかった。

 何より、手探りでの攻略がめっちゃ楽しかった……っ!

 まどアリィを攻略している時間はオレにとって至福のひと時だった……ッ!


 そしてオレは先日、ついに達成したのだ全員好感度最大フルハートを!

 これで初めて後半パートに入れる、とドキドキわくわくしていた。


 それなのにだ。

 高熱で寝込み、気が付いたらこの世界である。


 正直まどアリィの世界に転生して一番残念なことは、まどアリィをもう二度とプレイできないことかもしれない。


 さて、つまり直前までプレイしていたデータがその全員好感度最大になった状態で後半パートに入る直前になったやつな訳だ。息子の年齢はちょうど十八歳。今の状況と合っている。


 この世界が直前にプレイしていたデータで出来ているのか確かめねばならない。

 もしも全員の好感度が最大だと分かれば、そこから逆算して彼らとどんな会話をしていたかも分かる。そうなればケンジ―としてこの世界で生活するのも楽になるだろう。

 志半ばで転生してしまったせいでこの先の後半パートでどんなイベントが起こるかは未知だが、なんとかやっていけるようになるだろう。


 しかしゲームと違ってこの世界には登場人物にハートマークが付いたりなどしない。特に息子のケインは好感度最大時と通常時とで態度にもあまり大きな差異はないので分かりづらい。

 これはまず好感度最大になっていることがとても分かりやすい人物に接触を図るがあるだろう。


 ケンジ―は小っちゃなミミズクを使い魔にしている。

 後でそいつに手紙をもたせることにしよう。


「授業の準備か?」


 ベッドに寝そべりながら本を読んでいると、息子が水差しとコップを盆に載せて持ってきてくれた。


 今読んでいるのは魔術の入門書だから、授業のためだと思ったのだろう。

 魔導学園の教師が自分の勉強のために入門書を読むなんてちょっとした悪夢だ。

 数学の教師が算数を学んでいるようなものだ。


「わざわざありがとよ」


 息子がコップに注いでくれた水を受け取る。

 水に口をつけ、コップを置いてから息子の問いに答える。


「なに、授業の準備という訳じゃないが。入門書ではどう説明していたか確認したくなってね」


 適当にそれっぽいことを言って微笑んで見せる。


 実際、まるで再確認してるかのように本の中の知識がスッと頭に入ってくるのだ。元々頭の中にあった知識が本を読むことによって呼び起こされているかのような感覚だった。

 しかもそれに関連する知識も連動してふっと頭に浮かんでくる。

 これは案外簡単に授業もできるようになるかもしれない。


「やっぱり仕事の事じゃないか、このワーカーホリック」


 ケインがぷくりと頬を可愛らしく膨らませてむくれてみせる。

 オレの息子、ちょっと可愛すぎないか?


 勘違いしないで欲しいのだが、うちの息子は剣術も嗜んで身体を鍛えている立派な細マッチョだ。他人から見れば、十八歳の細マッチョが頬っぺたを膨らませてるからと言って可愛い訳はないどころか不気味だろう。

 これは彼がオレの息子だから可愛く見えるだけだし、彼も学友の前ではそんな表情は見せないだろう。


「いやいや、暇つぶしも兼ねてるだけだから」


 息子の愛らしさに頬が緩むのを感じながらも思い出す。

 そういえばワーカーホリック設定なんてあったなと。


 ケンジ―はかつてはそれはそれは仕事に傾倒していた。それこそ命も惜しまぬくらいに。

 魔導学園の教師として働くだけに留まらず、冒険者としても活動し授業の合間を縫ってクエストをこなしていたらしい。


 その仕事依存症がいくらか収まったのは、ケインのおかげだ。

 ケインを養子にもらってからその世話にかかりきりになり、家庭で過ごす時間を大切にするようになった。冒険者としての仕事を請けることはなくなり、抱える授業の数も少なくなった。

 それでも未だに息子をむくれさせてしまう程度には、ケンジ―は仕事好きなようだが。


 さて、仕事復帰までの間に一生懸命本を読み込んで知識を蓄えておきますか。

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