第27話 幸せはこの手の中にある

「ちぇ、つまんないの」


 紫が目の前で閃く。

 あの紫髪の少年が忽然と姿を現したのだと脳が理解し、固まった。

 エルと二人で魔術街を歩いている時のことだった。


「神の思惑をくじいてみたかったんだけど、結末を早めただけなんてね」


 紫の髪を揺らして、少年は首を振る。

 オレと同じく少年の姿を目にして固まっていたエルが口を開く。


「が、学長っ!」


 確かにこの紫髪の少年を見てそう呼んだ。

 学長だって? 魔導学園の?


「そう――――ボクこそは魔導学園の学長、オリバス・アンズワースその人という訳さ」


「な、な……っ!?」


 たった一言でオレの異世界人生を窮地に陥らせ、危うく息子に殺されかけるような目に遭わせた張本人が学長だったなんて! というか何でこんな若い子供が学長なんだ!?


「オリバス学長はホムンクルスに魂を何度も入れ替えて若返っているんだ」


 エルがそっと囁いて教えてくれる。

 なるほど、そういうことなのか。


「キミ、エンディングを先取りしちゃってるって分かってるかい?」


 紫髪の少年ことオリバス学長が皮肉げな笑みをオレに向ける。


「エンディング?」


 分かってるかいと問われても、オレはまどアリィをクリアしたことがないので知らない。

 というか今の状況の何がエンディングに当たるのだろうか。

 まどアリィは子育てゲームだから、息子が一人立ちしたからエンディングになったのかな。


「今ある記憶はすべて造られたもので、もしかしたら世界は一秒前に始まったのかもしれない。そう夢想したことは誰にでもあるかもしれないけれど、実際に『そう』だと分かった時の恐怖と来たら。せめて敷かれたレールくらいぶち壊してみたくなるだろう?」


 学長様は訳の分からないことをつらつらと並べ立てる。


「何を言っているのかはよく分からないが、オレもケインもエルも、みんな選択の末に今の生活を選び取ったんだ。それが無意味だなんて言わせはしない」


「うん……そうだね。だからボクは諦めたよ。何もしないさ」


 それに、と学長が付け加える。


「君が関わったことによって新たに生まれたものもあると思うしね」


 その言葉を最後に、現れた時と同じくらい唐突に学長は姿を消したのだった。


「何だったんだ……?」


 あまりに一方的な出来事に目をぱちくりとさせる。


「多分、あれは学長なりに謝ってるのだと思う」

「あれで?」


 エルの言葉に眉を顰める。


「ああ。学長は何というかその……人間性を期待しちゃ駄目な人だからな」


 精一杯オブラートに包んだ言葉に、学長の人となりをおおよそ理解できたのだった。


「あれ、そういえば……」


 まどアリィを局所的にやり込んだそもそもの原因をふと思い出す。

 全登場人物を好感度最大フルハートにすれば隠しキャラが登場する。

 その隠しキャラとはもしかしたらオリバス学長のことだったのではないだろうか。


 ……まあ、今となってはどうでもいいことだが。


「どうした、ケン?」

「いや、なんでもない」


 隣の彼を見つめ、そして手を伸ばす。

 今のオレには大事な彼がいる。

 それで充分なのだから。


「エル、愛してる」

「な、何をいきなり言ってるんだケン!?」


 彼は顔を赤らめながらも、オレの差し出した手を握るのだった。

 その手の温度に、幸せを感じた。

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子育てゲーだと思ってプレイしていたBLゲー世界に転生してしまったおっさんの話 野良猫のらん @noranekonoran

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