第7話 妖しい元教え子、ルジェ―ロ

 授業は無事滞りなく終えることができた。


 授業が終わると、わらわらと何人か前に来て昨日休講したことについて、体調はもう大丈夫なのかと尋ねてきた。どうやらケンジ―は生徒らに慕われているようだった。


 ちらりとアベルに視線を向けると、彼は顔を赤くして教室から足早に出てってしまった。

 おや、彼は人前では恥ずかしがり屋なのだろうか。

 さっきは額にキスをしてきたくらい大胆だったのに。

 彼の意外な一面に微笑ましく思うのだった。


「父さん、無理はしてないか?」


 他の生徒に混じって息子のケインが声をかけてきた。


「ああ大丈夫だ。そんなに何度も倒れたりはしないさ」


 息子は心配性だ。

 みんなの前で家と同じように接されると恥ずかしいのだが。


「今日は僕が夕飯を作っておくから、残業とかしないでさっさと帰ってくるんだぞ」


 と釘を刺されてしまった。

 こんな赤裸々なやり取りを普段から皆の前でしていたら、オレの家庭事情は生徒の皆に筒抜けだろう。

 まるでケインの方が親でオレが子供みたいだ。まさかそれがケンジ―が生徒らに慕われている理由じゃないだろうな。出来過ぎた息子を持つのも悩みものだ。


 ……いやいや、贅沢な悩みだな。

 生前は家で夕食を作ってオレを待っていてくれる存在などいなかった。

 そう考えると今のこの状況は突然降ってきた幸運なのだと思う。家族が家で待ってくれていることがどんなに得難いことか、一度独身のまま生涯を終えてしまった今では痛いほど分かる。


 ああ、これが幸福ってやつか。


 *


 授業の後、オレは学園の外に出ていた。


 この時間はオレの授業はない。

 エルと約束していた昼休みまでまだ時間もある。


 だからオレは不足している素材を買い付けに来たのだ。

 学園のすぐ外はちょっとした街になっている。

 それも、魔術関連の店ばかりが立ち並んだ街だ。


 沢山の魔術学校と魔術の店が集まったこの街を人は『オリバスの魔術街』と呼ぶ。なんでもオリバスという名前の魔術師がこの街に最初の魔術学校を建てたらしい。


 ところでケンジ―が勤めている魔導学園の学長の名前もオリバスなのだ。

 ゲームプレイ当時はこれは何かの伏線なのかと思っていたのだが、後半パートをプレイできない今となってはもう真相は分からずじまいだ。


 目当ての店に行けるかどうか不安だったが、歩き始めると自然と足が動き出した。転生した当初は家の中の間取りすら手探りだったのに。

 なんだかだんだんケンジ―の記憶に乗っ取られてきているようだ……なんてな、考えすぎだなオレ。


「ルジェ―ロ、いるか?」


 店の扉を開けながら、店主の名を呼ばわった。

 転生してきたばかりのオレが何故ここの店主の名前を知っているのかと言えば、ここの店主もまた攻略対象のうちの一人だからだ。


「せんせ、倒れたんだって?」


 カウンターに手を付いている二十代後半の男がオレを「せんせ」と呼んで見上げた。

 彼こそがルジェ―ロ・ガストロ。好感度最大になっているであろう攻略対象の一人であり、そしてケンジ―の元教え子だ。

 『魔術街』ではこういう風に魔術学校の卒業生が店を開くことも多いらしい。


 ルジェ―ロはまどアリィでは結構面白いキャラで、彼は時間制限付きなのだ。

 ゲーム開始当初は彼はまだ魔導学園の生徒で、学園を卒業すると『魔術街』の道具屋の店主となる。

 だが彼の卒業までに一定以上の好感度を稼げなければ、彼の卒業後は杳として行方が知れず消息不明になる。……いや、ただ単にケンジ―の知らないところで元気にやってるだけだろうけどさ。


 そういう訳でゲーム開始したらまず彼の好感度を稼ぐのが定石だ。


「お前は耳が早いな。多分ただの魔力あたりか何かさ」

「ただの、じゃないっしょせんせ。魔力あたりだって失神するタイミングが悪ければ死に至る。自分の身体を大事にしないと駄目だよ」


 オレンジの髪に青のメッシュを入れた元教え子に諭されてしまった。


 何だか皆に心配されている気がする。

 もしかしてケンジ―はしょっちゅう魔力あたりを起こしていたのだろうか。

 せめてオレはケンジ―の分まで自分の身体を大事にしてあげなければ。


「ああ、気を付けるよ。それで今日必要なものだが」

「ほいほい、旅人草りょじんそう辺りかな? そろそろ触媒液の実験があるだろ? それともこの前使ったであろう雄叫びの根かな?」


 ルジェ―ロは学園の卒業生だけあって、時期に合わせて入り用のものを大体把握してくれている。非常にやりやすい。


「両方だ、あと盗人兎の足もいくつか頼む」

「ほい、了解っと」


 ルジェ―ロが店の中を行き来して材料を揃えてくれる。


「これくらいあれば足りますかね」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」


 適当に掴み取っているように見えたのに、秤に乗せたそれらはどれもちょうどいい量だった。流石だ。


「じゃあ鏡に懐中時計をかざして」


 ルジェ―ロがカウンターに置いてある鏡を示す。


 懐中時計とは、魔導学園の教師の証として学園から与えられるもののことだ。

 通信用の魔道具デバイスになっている鏡に懐中時計をかざせば、オレがここで授業の為に何をどれくらい買ったか連絡が行き、後日学園からその代金が店に支払われるという仕組みになっている。

 オレは金を出さなくていい、なんて便利なんだ。現代日本よりハイテクじゃないか?


 鏡に懐中時計をかざすと鏡に波紋が起き、これで会計が終了したことが分かる。


「な、せんせ」


 彼がオレに声をかける。

 なんとなくその声に真剣みを感じて彼を見つめる。


「よかったら、オレが抜いてやろうか?」


 彼の垂れ目が優しくオレを見つめていた。


「……あ、ああ。魔力のことか。大丈夫だ」


 一瞬ドキリとしてしまった。

 まいったな、男相手にいかがわしい連想をしてしまうなんて。

 それも彼は元教え子だぞ。


「この後エルバートと模擬戦をやる約束をしている」


 彼に言って思い出す。

 そうだ、模擬戦をやることになっていたのだったと。

 大丈夫なんだろうか、戦いなんてできないぞオレ。


「ちぇ、オレ魔力放出させんの上手いのに」


 残念、という顔をするルジェ―ロ。

 どうやら戦う以外にも魔力を抜く方法があるらしい。

 出来ればそっちの方が良かった……!


 なんとなくドギマギとした気分のまま、オレは店を後にした。

 彼のハシバミ色の綺麗な瞳の色が暫く頭から離れてくれそうにない。

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