第18話 ヴラディへの告白

「トゥールムーシュ先生はあんなにも若く麗しいのに、異常なほどに古代魔術に造詣が深い。にも拘わらず、偉ぶったりせずにこやかで人当りがいい。あんなに完璧な人間は他にいないんじゃないだろうか」


「でも先生、授業中は口調が変わるよな。なんか古風っていうか……」


「馬鹿お前、あれは学者言葉って言うんだ。授業中は知の探究の時なのだとメリハリを付ける為だろう。トゥールムーシュ先生は公私混同をしないんだ」


「そ、そうかぁ……?」


 学生の噂イベント。

 何も発生するイベントが無い時に発生するイベントで、各攻略対象に関する噂話をランダムに聞ける仕組みになっている。

 その噂の内容をこうして想起しているのは、今まさにヴラディの授業を教室の端で聞いている所だからだ。


「前にも言ったが、古代言語は後置修飾が基本だ。これをいつもの感覚で名詞を前から修飾してしまうと……分かるな? 呪文が発動しないだけならまだマシで、最悪の場合には暴発する」


 拡声魔道具デバイスも使わずに、役者のように朗々と声を響かせているヴラディ。

 その堂々たる立ち振る舞いと美貌に誰もが食い入るように彼を見つめている。


「古代魔術は精霊に呼び掛け、精霊の力を借りる魔術だ。世界を直接書き換える現代魔術とは違う。呪文の最初には必ず精霊へ呼びかける。例えば氷の精霊の力を借りるなら『凍てついた異邦人よ、我が敵を滅せよ』といった風に」


 まるで授業というよりも一人芝居のようだった。

 その美貌と堂々たる所作、艶のある声の三つが合わされば何を喋っていても人並み外れた魅力が生まれてしまう。


「ところで古代言語で異邦人を意味する《シュトラン》は形容詞にすると『奇妙な』という意味になる。そして凍てついたという形容詞の《グラシアイ》は名詞にすると『氷』になる。もしもシュトラン・グラシアイの順番を間違えてグラシアイ・シュトランと唱えてしまうと、だ」


 そこで生徒の何人かが息を呑む。


「ふふ、そうだとも。精霊を『奇妙な氷』呼ばわりしてしまうことになる。実際にこの間違いをしてしまった魔術師は怒った氷の精霊に氷漬けにされてしまったそうだ。貴様らもゆめゆめ呪文を違えることのないよう、身体に染み込ませるくらいのつもりで暗記しておくことだ」


 可笑しさに唇を歪めるその微笑にすら、魔性じみた美しさがあった。

 ところでこれを学者言葉呼ばわりしていた生徒は、ヴラディに心酔し過ぎじゃないだろうか。

 どう考えてもこれ、あいつの素が出てるだけだろ。


 *


「そなたの方から我を訪ねてくるとは珍しいではないか、何かあったのか」


 授業後、オレはヴラディの研究室にいた。

 つい昨日血をもらったばかりだからか、今回は嬉々としてうなじに噛み付いてくるようなことはなかった。

 昨日の今日で吸血されていたら、流石に貧血になっていたかもしれない。


「ああ、そのな……お前に告白することがあって」

「ふむ……」


 ヴラディが思慮深い顔になって目を瞬かせる。

 蝶の羽ばたきのように、翡翠色の瞳を飾る長い睫毛が微かに揺れる。

 絶世の美青年ともなれば、まばたき一つで妖艶なほどの美しさを発揮できるらしい。


「どんな罪を犯した? 言ってみるがいい。我はどんな貴様をも赦そう」

「いやいや罪の告白じゃなくてだな」


 いや、ある意味では罪の告白なのかもしれなかった。


 ヴラディの正体は吸血鬼ヴァンパイア

 オレの正体に激高すれば、オレの身体は一瞬で八つ裂きになるだろう。

 アベルには告白する相手は選べと言われた。

 もしかすればヴラディこそが最も警戒すべき危険な相手なのかもしれない。


 でもオレは決めたのだ。

 オレを大事に思ってくれている人すべてに真実を包み隠さず話すと。


「実はな……」


 アベルにしたのとまったく同じ話を語り始めた。

 オレは異世界人で、異世界で命を落とした。そして何故かこの世界のケンジ―・ランドルフの身体に転生してしまっていた。故意ではないと。

 まどアリィ関係の話は省いた。だってただでさえ信憑性の低い話をしているのに、ゲームがどうのこうのと話して呆れられたくない。


「分からぬな」


 だがきっぱりと言われてしまった。

 くっ、自分よりずっと年上の人にも分かるように説明したつもりだったのだが……!


「そなた、まだ隠していることがあるであろう?」

「え?」


 だが彼の言葉の意味はオレの予想を超えていた。


「ケンジ―の記憶とランドウ・ケンジとしての記憶の両方を有していると言ったか。それにしてはそなたの口から語られる記憶はまばらだ」


 オレの話の矛盾を突かれる。


「すべて話せ。そなたが告白すると決めたのであろう。ならば包み隠すな。それともこの我の度量を舐めているのか」

「え、えっと……」


 ずいと詰め寄られてどうすればいいか分からなくなる。

 結局、オレはゲームという概念について一から説明し、さらにヴラディたちはまどアリィというゲームの登場人物なんだよという話をすることになったのだった。

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