第19話 ヴラディ視点――ケンジ

「なるほど、理解した」

「できたの!?」


 我が頷くと、彼は大仰に驚いた声を上げた。失敬な。


「ゲェムというのは、要は自分で行く末を決められる芝居のようなものであろう?」


 彼から聞いた話を軽く要約する。

 彼が「ああ」と肯定する。


「そしてこの世界はそこでそなたがした選択とまったく同じ選択を経ていると」


 些か複雑な話ではあったが、この理解で間違ってはいないだろう。


「ならば――――我に手を差し伸べてくれたのはそなただったのだな、ランドウ」


 何故ただの人間が我に怯えもせず受け入れてくれたのか。

 何故必要もないのにあんなにも暖かな眼差しをくれたのか。

 これですべて納得がいった。


「え、ええっ!? いやそれはケンジ―がやったことであって、」


「でもその選択をしたのはそなただ。そなたでなければ、ケンジ―はその選択をしなかったやもしれぬ。そうであろう?」


「えーと、そう、なのかな……?」


 戸惑う彼に歩み寄り、両腕を伸ばす。

 そして赤子を掻き抱くように、優しくその身体を抱擁した。


「辛かったろう」


 彼の背中を静かにさする。


 彼が我に怯えなかったのは、異世界の人間だったからなのだ。

 我に手を差し伸べてくれたのはこの世界の人間ではないからだ。

 彼の存在がどんなに我の救いになったろうか。


 そして今、彼はたった独りでこの世界にいる。

 見知った友も部下もおらず、たった独り。


 彼は吸血鬼ヴァンパイアでありながらたった独り人間界に身をやつす我と同じだ。

 彼も我も独り。ならば、その独り同士で支え合わないでどうするのか。

 彼の苦しみも寂しさも真に理解できるのは我だけだ。


「いや、オレは……」

「ケンジ―・ランドルフとして生きる、と言ったな?」


 彼の瞳をしっかりと見つめる。


「なるほど確かにこの地で生きるのならばその方がやりやすい。だがな、それは仮の姿だ」


 我の言葉に彼の表情が固まるのが見て取れた。


「だから我の前でだけはランドウ・ケンジとして生きよ。我がそなたの前でだけ吸血鬼ヴァンパイアの本性を晒すように」


 愛おしささえ籠めて彼に微笑む。

 ああ、我はこの人間を愛し始めているのかもしれない。


「でも、」

「そなたのすべてを受け入れると言ったろう?」


 彼の瞳に微笑む我の姿が映っている。

 なんと愛らしい存在か。

 吸い寄せられるように彼の顔に手を伸ばす。

 そしてつい、と彼の顎を軽く掴んで我に向かせる。

 互いの吐く息さえ混じり合う距離。

 魅入られたように互いの距離は縮まっていって……


「痛ッ!」


 突然足に走った痛みに声を上げてしまった。

 視界の端に駆け去っていく小鼠の姿が見えた。

 クソ、誰ぞの使い魔が潜んでいたのか。


「どうしたんだヴラディ?」

「……いや、なんでもない」


 彼の前で小鼠を追い回す無様な姿を見せるわけにも行かぬか。

 まあ後で経路ラインを辿って直接使い魔を操る本人を絞めに行けばよいだろう。


 この我の邪魔をした罪、高くつくぞ……!

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