第20話 『オレ』は

「はあ、なんすかそれ? 最近見た芝居の内容?」


 道具屋を訪ね、ルジェ―ロにもアベルやヴラディにしたのと同じ告白をした。

 今度は最初からまどアリィのことなども話した。

 だが、ルジェ―ロにはせせら笑いを返されてしまったのだった。


 前の二人が特異だったのだ。

 考えてみれば、誰もがこんな話をすんなり信じてくれる訳はなかった。


「いや、本当なんだ。信じてくれ」


 オレに出来るのは、真剣な目で彼を見つめることだけだった。

 すると彼も少しは深刻さを感じ取ってくれたらしい。


「もしそれが本当だったとして……なんでオレなんかにそんなこと話すんすか?」


 予想外の質問に目を見張る。


 何故って、彼が好感度最大になっている筈だからだ。

 それはつまりそれだけオレを大切に想ってくれているということだろう。

 そんな彼には話さねば不誠実な気がした。


 だけどこの距離感のある反応は何だ?

 彼とはそこまで仲が良くなかった?

 え、もしかして好感度最大になってない!?


「えっと、お前が大事な人間の一人だからだ」


 内心パニクりながらも答える。

 それしか答えようがなかった。


「ふうん……」


 ルジェ―ロは興味なさげに相槌を打つと、背を向けて棚の整理をし出してしまった。


「言っときますけどね」


 背を向けたまま彼が話し出す。


「オレは難しい話はどうでもいいんだ」


 売れていった薬草の束を移動させて、見栄え良く並び変えていく。


「あんたは頭がいいから細かいことを気にしてんのかもしんないすけど」


 見事な手際であっという間に整理整頓されていった。

 それだけで店自体が小綺麗な印象になる。


「オレには元のあんたと今のあんたと何処が違うのか分かんねえ」

「それは……」


 ルジェ―ロがくるりと振り向く。


「だから、今まで通り普通にしてて下さいよ。今のあんたが気に入らない奴なら嫌いになっていくし、その逆なら好きになっていく。ただそれだけの話です」


 ルジェ―ロはにこりと微笑んで言ったのだった。


 *


 アベルは、オレをケンジ―として認めると言ってくれた。

 ヴラディはランドウとしてのオレを受け入れると言ってくれた。

 ルジェ―ロは普通にしてればいいと言った。


 オレはどうすればいいんだ。

 人によって対応を変えればいいのか?

 それでは『オレ』がバラバラに千切れていくかのようだ。

 ケンジ―として生きると決めたのに。


 オレの正体を告白するということ自体、オレの自己満足だったのかもしれない。

 意味などあったのだろうか。


 紫髪の少年の姿をあれ以来見かけることはない。

 あの少年が動き出したらその時あれこれ考えればいいのかもしれない。


 結局考えが纏まらず、オレはエルには告白をしないまま家に帰ってきた。


「父さん……? 浮かない顔だね」


 エプロン姿の息子が出てきてオレの顔を見て心配そうにする。


「あ、ああ……ちょっとな」

「悩み事? 僕が聞くよ」


 そう言う息子に話してしまおうか、とも思う。

 オレが抱えていることを話したらきっと楽になれる。

 ……いや、ますます混乱することになるだけかもしれない。

 止めておこう。


「なんでもないんだ」


 にこりと微笑みを向ける。


「そっか」


 誤魔化されてくれたのか、彼はキッチンに戻って夕食の支度を再開してくれた。

 そして食卓には昨日と同じようにご馳走が並べられた。


「今日も美味しそうだな」


 スプーンを手に取り、黄金色のスープを口に含む。


「うん、美味しい」


 旨味が口の中に広がる……が微かに違和感を覚えた。何だろう。

 頭の中のケンジ―の記憶がピリピリと反応している気がするが、分からない。

 その様子をじっと息子が見つめていた。


「ところで父さん、今日は学校で人に会ったんだ」

「ふうん、誰に会ったんだ?」


 学校であったことを報告をしてくる息子が可愛いなあと思いながら相槌を打つ。


「名前は分からないんだけど、綺麗な紫色の髪をしている子でね」

「え……?」


 ゾクリと身体を怖気が駆け抜けるのを感じた。


「なんとその子ったら父さんの中には別人の魂が入ってるって言うんだよ。おっかしいよね」

「あ、ああ……」


 もう夕食の味が分からない。

 冷や汗が背を伝う。


「もちろん僕はそんな訳ないだろってその子を追い返したよ。でも……」


 その瞬間、オレはやっと違和感の正体に気が付いた。

 ああ、これは――――


「僕の調合した睡眠薬にも気づけないなんて、本当に別人なんだね」


 瞬間、オレの意識は暗転したのだった。


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