第4話 既にデレているツンデレ、アベル
「明後日の朝、八時に中庭のトネリコの木の下で待つ。少し話がある。 ケンジー・ランドルフ」
件の"彼"宛ての手紙である。
好感度最大かどうか最も分かりやすい登場人物である彼にそう手紙をしたためて、伝書鳩ならぬ伝書梟で送った。
もしも彼が朝から授業がないのなら随分と早い時間を待ち合わせ時間にしてしまったが、仕方がない。
出来れば仕事が始まる前に好感度を確かめたかったし、彼は寮生だから授業が無ければ寮に帰って寝直すこともできるだろう。彼を家に呼んで息子と鉢合わせさせる訳にもいかないし。
さて、件の"彼"がどんな人物か語っておくとしよう。
端的に言えば、彼はいじめっ子だ。
彼はとある貴族家の次男だ。
彼の家は「流れる血が貴いほど魔術は身体に馴染む。平民に魔術を仕込むなどやるだけ無駄」という思想を持っている。
そしてオレの息子は平民。さらには彼の家より位の高い公爵家のケンジ―が平民を養子にして魔術を教えている。
件の彼にとってこれほど苛つくことはないのだ。
ああそうだ、言い忘れていたがケンジ―はこれでも公爵家の血を引いている。
だからあんな立派な屋敷に住めるのだ。
ワーカーホリックして金を稼ぎまくってたのも理由の一つではあるが。
改めて考えるととんでもない人間として生まれ変わっちまったもんだ。
そういう訳で彼はオレの息子を目の敵にしていた。
そこでオレが彼を篭絡して好感度最大にすることで、彼の息子への態度を軟化させたということだ。
その彼が一番分かりやすい人物という訳だ。
どれくらい分かりやすいかというと、好感度最大でなければ彼はこの呼び出しに応じてくれず、待ちぼうけを食らう羽目になるかもしれないほどだ。
白黒はっきりしていて非常によろしい。
一日家で本を読みながらゆっくり過ごし、呼んで来てもらった医者にも「体調に問題なし」とお墨付きをもらった。そしてその翌日である今日はいよいよ、オレの魔導学園教師としての初日が始まるのだ。
生い茂ったトネリコの葉が頭上でさわさわと涼しい音を奏でている。
早朝七時半に待ち合わせ場所であるトネリコの木の下に着いて待つこと数分――――件の彼は姿を現したのだった。
まだ待ち合わせの時間までニ十分くらいあるのにもう来てくれた。なんていい子なんだ。
「先生っ、話ってなんですか?」
彼はオレの目の前に走ってくると、息を弾ませながら尋ねたのだった。
ひょろりと背の高い彼に自然と見下ろされる構図になる。
ケンジ―も決して背が低いわけじゃないが、彼はそれ以上だからな。
金髪碧眼のまさに貴人といった見た目の彼も、オレを見つめる瞳の色は子供のようだった。まあ息子と同い年だからな。彼にとってはオレは父親のような年齢のおっさんだろう。
「ああ何。急にお前と話をしたくなってな、アベル」
公爵家の次男、アベル・モントルイユ。それが件の彼の名だ。
それにしてもこの従順さ、確実に好感度最大だ。
彼の顔にハートマークが浮かんで見えるようだ。
好感度最大でなければ彼の態度はもっとツンケンしたものだ。
彼を好感度最大にするのはなかなか大変なのだ。
その彼がこうなっているということは、全員の好感度が最大な可能性が高い。
良かった、これでだいぶ気が楽になる。
ところで彼の態度を見たかっただけで、何を話すかは特に決めていなかった。
朝早くに呼び出しておきながら、我ながら酷いとは思う。
「あの……このトネリコの木の下で想い人と待ち合わせをすると恋が叶うっていう伝説がありますよね」
アベルが頬を上気させながらそう口にする。
そんな伝説があるなんて知らなかった。学生らしい可愛らしい噂だ。
ゲームの中にはなかった設定も存在するんだな。
それとも後半パートで出てくる話だったのだろうか。
今のオレには知る由がない。
「そうなのか、知らなかったな」
「……そうですよね。先生はきっと学生時代も真面目でしたでしょうからね」
彼の口ぶりからするとトネリコの木の伝説とやらは結構歴史があるようだ。
危うくオレが今までの記憶をもっていないことがバレるところだった。
ケンジ―は魔導学園の卒業生でもあることを肝に銘じておかなければ。
「もちろん今の学生たちも半信半疑ですよ。だって魔術法則的に可笑しいじゃないですか、待ち合わせするだけで恋が叶うなんて。でも半ば願掛けとして、あの手この手でここを待ち合わせの場所に使うんですよ」
アベルくんが事細かに伝説の内容を話してくれる。
息子のことさえ絡まなければ彼はとてもいい子なのだ。
「だから、その……」
「うん? どうした?」
優しく微笑んで彼の言葉を促す。
「先生がオレをここに呼び出してくれて、とても嬉しいんです」
とん、と。
アベルくんがオレの身体越しにトネリコの木の幹に手を着く。
いつの間にかいわゆる壁ドンの体勢になっていることに気が付いた。
なるほど若い女性が壁ドンとやらにときめく気持ちも分かる。
こうして間近で見上げると学生のアベルくんでも結構男らしく見える。
「オレ、先生にずっと憧れていたんです……!」
彼がまるで愛の告白のようにそう口にする。
ここに走ってきたせいか彼の頬は最初から赤かったので余計そう見える。
「公爵家の次男であり、卒業と同時に魔導学園の教師を務め、一流の冒険者でもある。そんな貴方に憧れていました」
そんな風に並べ立てられると、確かにこのケンジ―という男は少年の憧れを集めるに相応しい存在のように感じられる。大丈夫かなオレ、これから彼を幻滅させたりしないだろうか。
「そんな貴方がどこの馬の骨とも知れない平民を養子にするなんて……いえ、今はそんなことはどうでもいいんです。今はこうして貴方に個人的に目をかけていただけているのですから」
ゲームの中でも今もケンジ―は別に彼をえこひいきしている訳ではない。
ただ彼はそう思っているらしかった。
「先生。オレ、貴方に相応しい男になってみせます」
彼は誓うように宣言した。
それと同時に彼は身を屈め、二人の距離は接近し……
額に柔らかな感触が降ってきた。
「え……?」
「じゃ、じゃあそのあの、そういうことで!」
額にキスされたのだと気が付いた時には、彼は既に背中を向けて走り去っていくところだった。
「なるほど……日本とは違うんだなあ」
この世界のスキンシップはどうやら欧米ライクらしい。
だって挨拶替わりにキスしちゃうんだもんな。
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