第21話 囚われの身

「うう、う……」


 目を覚ますと、オレはベッドの上にいた。

 身体を起こそうとしたが、身動きが取れなかった。

 どうやら腕を縛られているようだ。


 場所はオレの部屋だ。

 転生した当初寝ていた天蓋付きベッドが見える。

 オレは一体どうなったんだ?


 ドアの方からカチリと物音がし、ドアノブが回る。

 オレの部屋には鍵が付いてなかった筈だ。

 だから息子が魔術で施錠を施したのだろう。


「ああ……起きたのか」


 扉を開けて入ってきた息子は、今まで見たこともないほどの冷たい目つきをしていた。何故だ? オレがケンジ―とは別人だからか?

 と思うと、彼はにこりといつもの微笑みを浮かべる。


「安心してね、父さん。すぐにでもその闖入者の魂を追い出す方法を見つけるから」


 彼はオレの中にケンジ―の魂があると思っているのだろう。

 オレの中のケンジ―に語りかけたのだった。


 闖入者。そうだ、オレはよそ者なのだ。

 分かってはいたが、実際に息子に言われると鋭く胸を抉られるようだった。


 せめてオレが彼にこのことを隠さず先に言っていたら何か違ったろうか。

 それとも変わらず息子にとっては父を奪った敵だったろうか。

 項垂れて後悔した。


「身体は大事な父さんの物だからね。水と食料はやろう」


 息子が手にトレーを持っているのが見えた。

 皿の上には朝食にぴったりな軽食が乗っている。

 もしかして今は朝なのか。

 部屋のカーテンは閉じられているので時刻がよく分からないのだ。


拘束解除バインド・キャンセル


 彼が呪文を唱えると、途端に身体が動けるようになった。

 どうやらオレの腕を縛っていたものは彼の魔術だったようだ。

 だが一部の拘束は外されないままだった。

 まるで手錠のように両手首を縛める光の輪が嵌まっている。


 息子がオレの身体を抱え上げるようにして、身体を起こさせる。

 そして、


「ほら、口を開けて」


 水の入ったコップをオレの口の前に持ってくる。

 どうやら手の拘束を取らないで、手ずから食べさせる気のようだ。

 オレが隙を突いて逃げ出すとでも思っているのだろうか。


「んッ、く……っ」


 開いた口に彼がコップを傾ける。

 水の一部が零れて喉を伝い、胸元を濡らした。


「あーん」


 小さく千切ったパンを彼が差し出す。

 どう思っているのだろうか。

 彼の瞳からは何の感情も読み取れなかった。


 * * *


「くそ、まさか先生を監禁するなんて……っ!」


 寮からロビーの視界を通して先生の様子を確認していたオレは思わず叫んだ。


「ケインの奴、何を考えているんだ!」


 同級生の行動に戦慄した。

 いくら何でも監禁なんて。

 どうしてそんなに思い切りがいいんだ。


「早く先生を助け出さなきゃ……っ」


 ランドルフ宅に駆け出そうとしてはたと立ち止まる。

 ケインは魔力量も魔術の腕も戦闘のセンスもオレよりずっと上だ。

 オレは模擬戦で一度も彼に勝てた試しがない。

 ここでオレが乗り込んでいったところで、あいつに始末されるだけではないだろうか。日頃の恨みも込めて。

 その様を想像して背筋がゾッとした。


「じゃあ、誰か他の先生に助けを求めるか……」


 生徒の中にはあいつに勝てるような奴なんていない。

 教師に助けを求めるしかない。


 いや待てよ。

 ケインは人望も高いんだ。

 優等生で生徒会長の彼はそれこそ教師のほとんどから信頼されている。

 彼がしらばっくれて「父さんは風邪でしばらくお休みします」とでも言えばみんなそれを信じるだろう。

 ケインよりもオレの言うことを信じてくれそうな先生なんていない。


「いらんとこで有能さを遺憾なく発揮しやがって……ッ!」


 叫びながら机を思い切り叩いた。

 ちょうどその瞬間、コンコンと自室の扉が叩かれる。


「うん? こんな時間に誰だ?」


 首を傾げながらも扉を開ける。

 そこにいたのは男装の麗人と見紛うほどの美丈夫……トゥールムーシュ先生。


「貴様だろう、ケンジに使い魔を仕掛けていたのは」


 ロビーを介しての盗聴で、彼が吸血鬼ヴァンパイアだという話は聞いていた。

 きっとあの時先生にキスしようとしたのを思わず止めてしまったことに激昂しているのだろう。


「お、終わった……!」


 先生がケインに捕らわれていることを誰にも報せることが出来ずにオレはこの場で八つ裂きにされるんだ。

 オレは絶望でその場に膝を突いたのだった。

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