第23話 エルバートへの告白

 まどアリィのオープニングは、主人公が平民の中から並外れた魔力を持つ孤児を見つけ出すところから始まる。

 主人公はなんとかしてその子に教育を施して立派な魔術師にしてあげたいと考える。


 そして一番最初の選択肢が表示される。

 すなわち、その孤児を養子にするかどうかだ。


 養子にしなかった場合にはそのままゲームはエンディングを迎える。

 ゲームを楽しむ為には「養子にする」を選ばなければならない訳だ。

 だからこれは実質的には意味のない選択肢だ。


 だが……実際にはケンジ―・ランドルフがケインを養子にしないまま生きていく未来もあったのかもしれない。



「貴様を養子にしたのも、ここまで育て上げたのも、愛を注いできたのもすべて異世界のケンジだ。その選択故だ」


「そ、そんな……だって……」


 ケインは打ちひしがれたかのように呟く。


「今までオレを直接育ててくれて、微笑みかけてくれていたのは父さんだったんだ。それをいきなり……」


「ケイン。心の整理が付かないという気持ちは分かる。でも、この人だってお前の大事な人なんだという事は分かっただろう?」


 アベルが静かにケインに語り掛ける。


「そんなこと言われたって……どうすればいいんだ……」

「ケイン」


 静かに息子の肩に手を置いて、その名を呼ぶ。


「オレは他の誰よりもお前の意思を尊重する。お前がオレよりも元のケンジーの方がいいというのなら大人しく従う。ただ、今回の方法は心配だったんだ。死霊魔術ネクロマンスでケンジ―が無事蘇っても、それはアンデッドだ。自分の手で父を殺し、アンデッドにしてしまったお前が罪の意識に囚われてしまうんじゃないかと……」


 ケインが力無くオレの顔を見つめる。


「くそ……父さんみたいなこと言いやがって……」


 そう呟いて、息子は項垂れたのだった。


「まあ、考えるがいい。最もケンジに害を為す選択をしたのならば、その時には全力で阻止させてもらうがな」


「心の整理が付くまで先生はオレの部屋に泊まってもらうことにしよう」


 アベルの言葉に、それまで優雅に微笑んでいたヴラディが眉を顰めたのだった。


「貴様ではケンジを守り切れなかろう? 我の家に招待しよう」

「な、お前のとこじゃあ別の意味で先生が危ないじゃないかっ!」

「ほう、貴様まさか嫉妬しているのか?」


 アベルが凄い剣幕でヴラディに言い返す。

 確かにヴラディには血を吸われる可能性はあるが、そこまで言わなくたっていいだろうに。

 このままでは二人が喧嘩になってしまう。


「あ、あの、二人とも……」

「「そなた(先生)はどっちを選ぶんだ!?」」


 二人の視線が一挙にオレに集まり、ビクリと身体が竦む。


「いや、あの……オレはエルのところに泊まる」


 *


 エルは教師で、ケインの剣の師匠だ。

 もちろんケインよりも強い。

 そして何よりオレの……というよりケンジ―の親友だ。

 泊めてもらうならエルの所が安全かつ気が楽だ。

 ヴラディとアベルにはそう説明して分かってもらったのだった。


 そして現在、オレはエルの家の前にいた。

 残業をしないエルならばこの時間には多分家にいる筈だ。

 深呼吸をして、彼の家のチャイムを鳴らしたのだった。


「おや、ケン。どうした?」

「その……今夜、泊めてくれないか?」


 頭一つ分背の高い親友を上目遣いに見上げて、頼んだ。

 彼がオレを見てぱちくりと目を瞬かせた。


「ケインにべったりなお前が珍しいな。一体全体どうした?」

「いや何というかその、親子喧嘩みたいな……」


 照れ臭げに後頭部を掻く。

 大きくは間違ってないはずだ。


「ほう。ついにケインも親離れができるようになったか」


 そう言ってエルはオレを家の中に招き入れてくれたのだった。


「ケインのに比べれば見劣りするかもしれんが、私の手料理を振る舞おう。それでいいか?」

「勿論だ。ありがとう」


 まどアリィのイベントで知っていたことだったが、エルも料理ができるようだ。

 この年で料理の一つもできずカップ麺ばかり食っていた自分が恥ずかしい。


「ところでエル。今、時間あるか?」

「うん? 大丈夫だが」


 キッチンに赴こうとしていた彼を引き留めた。


 オレは例の告白を彼にするつもりだ。

 息子にはこの事を隠して後悔することになった。

 また後悔はしたくない。

 その結果、彼に嫌われることになったとしても。


「エル……オレはお前に告白しなきゃならないことがある」

「……聞こうか」


 彼は神妙に頷いてくれた。

 その反応に少し安堵を覚えた。

 彼なら真剣に話を聞いてくれるだろうと思えた。


 そしてオレはすべてを話した。

 オレが異世界人だということ。故意ではないがこの身体を乗っとる形になったこと。この世界がプレイしていてゲームまどアリィに酷似していること。


 すべてを話し終わると、エルが口を開いた。


「私に打ち明けてくれてありがとう」


 彼の眼差しが真摯にオレを見つめている。


「実はその話はもうある人に聞いていたんだ」

「えっ!?」


 ある人とはあの紫髪の少年のことだろうか。

 それ以外に考えられない。

 息子とエルの二人にチクっていくなんて、オレにとって大事なものをよく分かっている。


「実際に見て見極めようとは思っていたが、答えはとっくのとうに決まっていたのかもしれない」


 どくどくと心臓が高鳴る。

 エルは一体どんな答えを出したというのか……?


「ケンジ―――――お前は今も昔も変わらず私の親友だ」


 オレを真っ直ぐ見つめて、彼はそう言ってくれたのだった。

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