第13話 完璧人間になった息子、ケイン
「ふう、疲れた……」
一日の授業が終わると、思いの外疲労感が溜まっていた。
色んなことがあった気がする。
息子の言いつけを守ってすぐに帰宅すると、いい匂いが鼻を擽った。
そういえばケインが料理を作ってくれているのだった。
きっと美味しいに違いない。
ケインは「家庭力」も含めてすべてのパラメーターがMAXなのだから。
そう、ケインはすべてMAXの完璧チート人間なのだ。
それというのも
いやあ、大変だったなあ。
何せただMAXにすればいいのではなく、「この段階でこのキャラのこのイベントを起こすにはこのパラメーターが一定以上なければならない」といったように要所要所で息子のパラメーターを参照されるので、必要に応じて前もってそのパラメーターを上げておかなければならない。
それだけでなく、「剣の鍛錬」コマンドを実行すると武力がぐっと上がる代わりに知力と体力が少し下がる、と言った風にすべてをMAXにしようと思うと順番を考えなければならない。
それはさながら難解なパズルのようですらあった。パラメーターMAXのための正解ルートを見つけ出すまで何回試行したことか……。
そういう訳でオレの息子は武力、知力、魔力、家庭力、道徳心、エトセトラエトセトラ……がすべてMAXなのだ。何をやらせても上手くいく。それが我が子ケインなのだ。
「父さん、おかえり」
リビングに足を踏み入れると、エプロンを着けた息子がオレを振り返った。
うむ、我が息子は実にエプロンが似合う。
「今日の夕飯はなんだ?」
「父さんの好きなシチューだよ」
なるほど、この匂いはシチューだったのか。
ぐー、とお腹が鳴った気がした。
生きてた頃のオレは別にシチューが好物だった訳じゃない。
だが今はシチューという言葉とこの匂いに特別興味を感じる。
ケンジ―はシチューが好きなのだ。
そして今のオレは蘭堂健治ではなく、ケンジ―・ランドルフなのだ。
そう突き付けられた気がした。
……まあだからなんだという訳でもないのだが。
「おお、美味しそうだな」
息子が食卓に並べてくれた料理に目を輝かせながら、席に着いた。
「父さん、今日はどうだった?」
夕食に舌鼓を打ってると、息子が聞いてきた。
「うん? ああ、調子良かったぞ。授業はちゃんと出来たし、エルとも特訓できたしな」
「そうか。体調が戻って良かったよ」
息子は自分の皿には手も付けずに、ただオレが飯を口に運んでいるのをにこにこと眺めている。
「ああそうだ、いろんな人に休んだのを心配されたよ。生徒たちとエルと、道具屋のルジェ―ロだろ、あとヴラディだろ……」
「……ふうん、そうだったんだ」
息子は柔らかい微笑みのまま黙って話を聞いてくれている。
「ほらケイン、早く食べないと冷めちまうぞ」
オレがそう言ってようやく彼は食事に手を着け始めたのだった。
「お前はどうだったんだ。学校生活は順調か?」
「順調だよ。生徒会長をやるのにも慣れてきたしね」
そうだ。パラMAXで高等部の息子は生徒会長をやっているのだった。
まどアリィでは息子の人望とパラメーターが一定以上であれば、息子は生徒会長に選ばれる。
もちろん直前のデータでも息子は生徒会長に就任していた。
「ねえ、父さんも学生時代はスピアリング先生と一緒に生徒会をやってたんだよね」
息子がオレの学生時代のことを口にする。
確かに学生時代、ケンジ―が生徒会長を、エルが副会長をやっていたようだ。
そんな設定があった覚えはある。でもどうしようそれ以上の詳しいことはゲームでは出てきてないから知らんぞ。
「やっぱりさ、そういう風にいつも一緒にいて時間を過ごしてたら……特別な想いを抱いたりとか、するもの?」
息子がオレの顔をおずおずと見つめる。
その表情はまるでオレの顔色を窺っているように見えた。
その表情には見覚えがある気がした。
いや、ゲームの立ち絵では見たことがない。
ただ身近によくそういう表情をする人間がいたような……。
ああ、そうだ。生前の幼い頃のオレだ。
弟ができて両親の愛情が一心に弟に向けられるようになり、オレはいい子でいることで両親の関心を取り戻そうとしていた。その頃のオレの表情だ。
「ケイン、もしかしてスピアリング先生に嫉妬してんのか?」
尋ねると、ケインは急に青褪めて持っていたスプーンを取り落とした。
どうやら図星なようだ。
てっきり彼はパラメーターMAXというチートの恩恵から満ち足りた学校生活を過ごしているのかと思っていた。
オレの支えなどもう必要のない大人なのかと思っていた。
でも違う。彼はオレの息子だ。
画面越しではあるが養子にしてからここまでオレが育て上げた、オレの息子なのだ。彼にはまだまだオレの愛情が必要なのだ。
椅子から立ち上がると、彼の隣にいって彼の目を見て直接言う。
「ケイン。オレが一番大事なのはお前だ。お前を一番に愛してるし、オレはお前を誇りに思う。心配するな。何があってもお前を一番に優先する」
せめて息子には、オレの幼い頃に感じた寂しさを味わわせたくない。
その一心で口にした。
「父さん……」
彼の眦から、ぽつりと一滴の涙が零れる。
それを見て彼の身体を抱擁し、背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「よしよし。泣け泣け」
ケインもまた、オレの身体をぎゅっと抱き締め返したのだった。
*
その日の晩。
オレは異世界での初めての仕事に疲れ切って早々にベッドに潜り込んで横になっていた。すると誰かが扉を開けて部屋に入ってくる気配がした。
誰かも何も家には他に息子しかいない。
入ってきたのはケインだろう。
眠気が凄まじくて起き上がる気になれない。
毛布に包まったまま微睡みと闘っていると、間近でケインの声が聞こえた。
「父さん、オレは父さんの息子になれて本当に幸せだよ」
囁くような声。
意識が睡魔に負けて現実と夢の境が曖昧になっていく。
「だから……父さんは絶対に誰にも渡さないからね」
彼の密やかな声がオレを眠りへと誘っていく。
「おやすみ、父さん」
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