第8話 ルジェ―ロ視点――好みのタイプ
「ッああ~~!!」
彼が店を出ると、オレは途端に顔を覆った。
「何を言ってるんだオレは!」
踏み込みすぎだろ! と心の内で自分を詰る。
カウンターの鏡を見れば、耳まで真っ赤な自分が写っていた。
オレは男に恋をしている。
それも自分の恩師に。
その恋の始まりは学生時代に遡る。
オレはどうやら男が好きな生き物なんだと、彼に気づかされたのだった。
最初、オレは彼のことを典型的な『エリート』人間だと思っていた。
学生時代は生徒会長で、首席で卒業すると同時に教師に?
いかにも金の無い人間や劣等生の気持ちが分からなさそうな人間だ、なんて。
一方オレはその金の無い人間であり、劣等生でもあった。
学園に通う傍ら、魔術街の道具屋でバイトをして学費を稼いでいた。
近場で済ませられる依頼なら、冒険者ギルドの依頼を受けて金を稼ぐこともあった。卒業後は冒険者として生計を立てていくつもりだったから、その練習だ。
彼はオレの働いている道具屋をたびたび訪れることがあった。
その時の態度を見て「ふうん、店員を見下したりはしないんだな」と意外に思ったりもした。
そうしてオレは少しずつ彼に対する認識を改めていった。
でもそれが悔しくもあった。恵まれた人間が性格まで恵まれているなんてな。
きっと彼の辞書には苦労なんて言葉は存在しないに違いない。
彼に対してそんな屈折した思いを抱いている時点で、オレは彼に恋していたのかもしれない。
「せんせってさぁ、若い頃冒険者もやってたんすよね」
一人で店番をしていたある日のことだった。
薬草棚から彼の所望の物を取り出しながら彼に話題を振った。
冒険者としてのコツか何か教えてもらおうとして口にしたのかもしれない。
でもオレは気が付いたらこう言っていた。
「貴族で金もあって教師としての職もあるのに、なんでそんな金を稼ぐ必要があったんすか。嫌味っすか」
嫌味で働く人間などいる筈ないのに。
何より彼が優しい人間だと自分はもう知っているのに。
なんでそんなことを口にしてしまったのだろう。
でも彼は怒ったりはせず、ただ困ったように笑うだけだった。
「なんでだろうなぁ……多分、それ以外の時間の過ごし方を知らなかったんだな」
そこにいたのは『エリート』人間などではなく、ただの不器用な人だった。
「は、なにそれ。あほくさ」
呆れたように笑って、彼を振り返る。
「これからは時間の過ごし方が分からなくなったら、オレのところに来いよ。イロイロと遊びを教えますよ」
生徒から教師に対するものとは思えない不遜な物言いに、それでも彼は嬉しそうにはにかんだのだった。
その瞬間からだ。オレが自分より一回りも二回りも年上の男が好みのタイプになってしまったのは。
あんな可愛い笑顔、卑怯だろ。
それから素直に彼がオレのところに遊びに来たので一緒に酒を飲んだことも数回あった。彼の白い肌が酔いで赤く染まるのを目の当たりするのは理性を危うくするものがあった。
そして卒業も間近に控えた頃、オレがバイトしていた道具屋の主人が店を畳むと言い出した。もう年で体力もないから店を続けられないと。
道具屋を続ければ卒業後も彼と接点が持てる。
オレは思わず「自分が店を継ぎます」と言い出していた。
そして現在に至る。
「でも、あれは脈ありだったよな……」
『抜いてやろうか』と言った時の彼の表情を思い出す。
唾を飲んでいた。彼の頭の中でどんな想像が駆け巡ったのか手に取るように分かる。
「いや下品な奴と思われただけかもなぁ」
再び頭を抱えては悶々とするのだった。
嗚呼、彼をオレのモノにしてしまいたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます