第12話 ヴラディ視点――光に群がる蛾
人間にしては変わった奴だった。
我は人間と関わることを避けていた。
無論、我の正体が人間どもに気づかれぬようにだ。
にこやかな好青年を演じ、そつなく教師としての職務をこなしながらも、他人とは常に一歩距離を置いていた。
だがあの人間は違った。
我がどんなに遠回しにやんわりと拒絶しようと、あの人間は気安く話しかけてきた。
そればかりか我が慣れぬ仕事に困っている時にはさりげなく手助けしてきて、あまつさえ昼食を一緒に摂ろうなどと言ってくることまであった。
我が
気が付いた時には我は奴に気を許し、奴を頼るようになってしまっていた。我もほとほと弱くなったものよ。
そもそも何故我が人間に身をやつして教師なぞやっているのか。
それは時の移ろい故だ。
時が経るにつれ、眷属たちは一人、また一人と数を減らしていった。
我らは強大過ぎた。そして慢心し過ぎた。
人間どもに弱点を突かれて狩られていったのだ。
やがて我は独りになってしまった。
民のいない王など王ではない。
我は時の流れに取り残された異物に過ぎなくなっていた。
もはや生き残るには人間の内に紛れるしかないのだ。
そうまでして尚も生きようとする己の浅ましさが可笑しかった。
我がこうも誇りを棄てられるなど数百年前ならば思いにも寄らなかった。
そしてある日、我の正体があの人間に露見してしまったのだった。
「こ、これは一体……」
「ああランドルフ先生――――いや、貴様か」
牙から血を滴らせながら振り返る。
それは夜のことだった。
命を繋ぐために闇に乗じて人間を襲い、血を啜っていた。
すると間の悪いことに、残業をしていて夜遅くまで残っていたあの人間が通りがかったのだった。
「ヴラディ……?」
「ああ、嗚呼。そうだとも、我こそが昨今の襲撃事件の犯人という訳だ。」
芝居がかった動作で手を広げて認める。
こそこそと路地裏で人間を殺さぬ程度の僅かな血を啜って生き、それを別の人間に見咎められるなど。
奴のことは気に入っていたが仕方ない。
歯向かうのならば迎え撃つのみだ。
なのに。
「
「どうする、ケンジ―・ランドルフ? この我を滅するか?」
奴は怒るでも怯えるでもなく、酷く悲しげな顔をしていた。
「ヴラディ……人間を襲うのを止めることはできないのか。オレはお前を討ちたくない」
「止めろだと? 貴様は我に食事を止めろというのか? それとも貴様が我の糧となるか?」
内心焦りながら嗤う。
この男はいつもそうだ――――我の心に土足で踏み込んで来ようとする。
彼にはそうしなければならない理由などない筈なのに、だ。
「ああ。お前がこんなことしなくて済むなら、オレの血くらいいくらでもくれてやる」
感じた予感の通り、彼はそう口にしたのだった。
こんなにも卑しい生物と成り果てた我に、彼は手を差し伸べるのだ。
「は、はは……我を受け入れるというのか? 人間が?」
「ああ。お前はオレの大切な同僚だ。少なくともオレにとってはな」
光を優しく暖かいものに例える人間の気持ちは分からぬ。
光は我らを焼くものであり、厳しく冷たいものだ。
だがこの時、ほんの一欠片だけその気持ちが分かった。
彼こそは我の光だ。
彼の差し出した手は暖かく、優しかった。
光を知ってしまったからにはもう以前のようには生きていけない。
我はもはや孤高の王ではなく、光に群がる蛾の一匹だ。
どうして彼の血がこんなにも美味に感じるのか分かっている。
これは依存なのだ。
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