第6話 生真面目な旧友、エルバート

「おはよう、ケン。体調は大丈夫なのか?」


 オレの研究室がある職員棟へと向かうと、同僚に声をかけられた。


 柔らかみのある赤毛をオールバックにし、眼鏡をかけた男。

 オレのことを「ケン」と愛称で呼ぶ彼はエルバート・スピアリング。

 かつてのオレが好感度最大にした攻略対象の一人だ。

 この世界でもきっと好感度最大になっているのだろう。

 目元に深く刻まれた皺が返って彼の男前さを引き立てていた。


「ああ大丈夫だよエル、一応医者に診てもらったが問題なしだとさ」


 ケンジ―の旧友という設定の同僚を、こちらもまた「エル」と愛称で呼んだ。


 エルバートはケンジ―の学生時代からの友人だ。

 彼は生真面目な人間であり、ケンジ―とよく馬が合ったのだろう。


 生真面目と言っても、ケンジ―の真面目さとはベクトルが少し違う。

 ケンジ―が仕事人間の社畜ならば、エルバートは一分たりとも遅刻せず、一分たりとも残業しない。

 時間内にきっちりすべての仕事を終わらせて帰るタイプの真面目人間だ。

 学生の噂が聞けるイベントでは、エルバートは毎回授業の開始時刻ぴったりに授業を始め、きっかり終了時刻に終えるという話があったくらいだ。授業が伸びてしまったことが一度もないらしい。


 オレ自身? 生きてた頃は残業三昧だったさ。


「何もないのに突然倒れたのか……魔力あたりかもしれんな」


 エルが口元に手を当てながら呟く。


 魔力あたりというその単語を耳にした途端に、その知識がふっと頭に浮かんでくる。

 魔力を多く保有している人間があまりに魔力を使わないでいると起こる症状で、身体の中に溜まった魔力素が破裂して意識が遮断されるのだ。つまり失神する。

 大抵はそれ以上の重篤な症状になることは少ないし、対策は簡単で定期的に魔術を使っていればいいだけだ。

 ただ授業のことばかりかまけて自分のために時間を使わない魔術教師などは魔力あたりになりやすい。まさしくケンジ―のことじゃないか。

 この世界ではよく失神する人間の代名詞といえば病弱なお姫様ではなく、忙しい魔術教師らしい。


「またぞろ不摂生に魔力に溜め込んでたんじゃないか、図星だろ?」


 リアルで運動不足を指摘された時のような気分になって、ギクリとしてしまった。実際には倒れた時はオレはまだケンジ―じゃなかったからオレのせいじゃないんだけど。


「昼休みに訓練場に来い。久々にヤり合おう」


 エルは一方的に昼休みの約束をすると、去っていった。


 運動不足……じゃなかった、魔力消費不足解消の為に訓練場で何かするのだろう。そういえばケンジ―とエルバートの模擬戦イベントなんてのもまどアリィではあった。


 え……? もしかして昼に模擬戦やる流れかこれ?

 オレ、魔術を使った戦い方なんて分からないんだけど!?


 *


 自分の研究室に入ると、どうやらオレは魔法薬学科の教師なのだと分かった。


 まどアリィでは最初に主人公がどの学科の教師なのかを選ぶことができ、それにより息子の初期ステータスが多少変わる。

 全員好感度最大フルハートを達成したデータではケンジ―を魔法薬学科にした記憶がある。

 やっぱりこの世界は直前にプレイしていたデータを元に構成されている可能性が高い。


 壁に貼ってある時間割や机に置いてある教科書などを見ていると、記憶が――――というより知識が蘇ってくる。

 どの授業でどんなことを教えていて、どこまで進んでいたかとか、戸棚に仕舞ってある素材のあれやそれやが少なくなってるからそろそろ仕入れてこなくちゃとか、そんな内容だ。


 教壇に立てば淀みなく授業を進めることができるだろう。そんな感覚がある。

 身体が覚えてるってことなのかな。そもそも身体がケンジ―・ランドルフのものだってことは、脳みそもケンジーのものだからケンジ―の記憶も無きゃおかしいに決まってるのだ。


「……よし、頑張るか」


 深呼吸すると、必要な教科書などを取りオレは自分の教室に向かった。


 ケンジーは高等部の教師だ。

 魔導学園では高等部から自分の好きなように授業を取ることができ、自分の望む専門に進める。

 元の世界で言うところの大学みたいな感じだ。それだけ教える内容も高度だ。


 幸いに今日の授業は座学。

 実験や実技などはない、気が楽だ。


 教室に入り、教壇に立つ。

 円形闘技場のように教壇を囲むように半円形に机が並び、居並ぶ生徒たちに見下ろされている。テレビとかで見る海外の古い大学の大教室みたいだ。


 身体が勝手に動いて、慣れた手つきで教室に備え付けられた拡声魔道具デバイスをオンにする。


 生徒たちの中にケインやアベルの姿も見つけた。

 もちろん二人の席は遠く離れている。


 にこりと彼らに微笑みかけると、オレは初めての授業を開始した。

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