第一部03

「それじゃ、どこから話を進めれば良いですか、丸子誠二さん」

「え、ええと、最初からお願い出来ないかな」

「……はあ。これが同盟国からやってきた人材ですか。何というか、もっと良い人間が居なかったんですかね、大日本帝国(ジヤパン)は」

「何か言いましたか」

「いいえ、何も。……それじゃ、最初から話しますね。これから私達は数日かけてインドとパキスタンの国境近くにあるメリドキシアへと向かいます。『ゼロ』を作り上げたと言われているマーティン・アポカリプトの残した『マーティン・ノート』はそこに眠っていると言われています」

「どうしてそこに眠っているんだ」

「さあ。そこが安心だと思ったんじゃないですか。死人に口なし、って奴ですよ」

「死人、ってことは、マーティン・アポカリプトは……」

「既に死んでます。五年前にね。ゼロを作り上げたのが六年前。ゼロがどんな身体なのかは誰にも分からないらしいですよ」

「そりゃまたどうして」

「ゼロをたった一人で作り上げたからですよ。これぐらい、大日本帝国に居る時に情報として詰め込んでおきたかったものですがね」

「……それは悪いことをした。でも、あまりにも時間が無さ過ぎたから」

「それは言い訳です。言い訳に何を重ねようと無駄なことだということに気づいて欲しいものですね」

「それは……そうかもしれないが……」

「まあまあ、あまり時間を割くことでも無いだろうぜ? とにかく今は『マーティン・ノート』について話をしようじゃないか」


 言ってきたのはガウェインだった。正直有難かった。このままアネモネにずっと攻撃され続けているよりかは、話をさっさと進めてしまいたい。悪いのは私なので、そう言い出すことも出来ない事情を考えて、ガウェインは言ってくれたのだろう。そう思うと、感謝の気持ちが溢れてくるのだった。まあ、後でコーヒーでも奢ってやろうじゃないか。ガウェインがそれを許可するかどうかは分からないが。

 ガウェインの話を聞いて、アネモネは咳払いを一つ。


「……マーティン・ノートの内容はどういう内容なんだ?」

「それは分からない。強いて言えば、『ゼロ』に関する内容が書かれていると言われている」

「ゼロに関する内容……。どこまで本当なのやら」

「嫌なら帰国しても良いんですよ? その代わり、二度とゼロに関する知識は与えられませんが」

「分かった、分かったよっ。私が悪かったんだろっ。それ以上何も言えないよ」

「そう言って貰えると嬉しいですね。素直な人は嫌いじゃないですよ」

「せめてそこは好きだと言えっ」

「そんなこと言われましても」

「おいおい、さっきから夫婦漫才めおとまんざいのようなことしても困るんだぜ」


 言ったのはガウェインだった。

 というか、夫婦漫才なんてワードを知っているのか。

 意外と日本通なのかもしれない。


「……さておき。その『マーティン・ノート』の奪還。それが大英帝国イギリスにとっての悲願なのです」

「どうしてですか。それを手に入れることで、大英帝国は何をするつもりなのですか」

「魂を管理することが出来るからです」

「魂の……管理」

「或いは解放と言ってあげた方が良いかもしれませんね。魂を肉体そのものから解放する。そうすることで、我々人類は次のステップに進むことが出来る。『マーティン・ノート』は言うならば、我々人類にとって涅槃ねはんの案内人たる存在であると言えるのですよ」

「涅槃の……案内人、ですか。涅槃は確か仏教用語だったと記憶していますが」

「仏教用語では、『煩悩を滅した状態』。安らぎ、とも言うようですが、その状態に近づくことが出来ると言えば良いでしょうか」


 ますます分からない。

 大英帝国人の考えていることは、我々日本人の考えよりもかなり高尚なところに来ているのかもしれない。


「しかし、『マーティン・ノート』を他の国に取られてしまっては、全ての計画が台無しになってしまいます。分かりますね? マーティン・ノートには、魂を別の肉体に保存するやり方そのものが書かれている。これすなわち、人間を永遠に生きながらえさせることが出来る、ということなのですよ」

「人間を、永遠に」


 確かに、その通りだ。

 人間の魂を、他の肉体に保管することを成功とした、機械人形『ゼロ』。

 そのやり方を記載したノートがあるならば、どの国も躍起になって狙うに違いない。

 というか、寧ろ我が大日本帝国も狙ってもおかしくないはずなのだが。


「貴方達の国は未だ涅槃という分野に詳しくとも、マーティン・ノートの価値に未だ気づいていない。だから貴方達の国は躍起になってマーティン・ノートを狙おうとしない。……だから私達は貴方達と手を組んだのです。貴方達ならば、マーティン・ノートを正しい使い道で使わないにせよ、『圧倒的高位』により我々大英帝国のものになるということは明らかです。それが別の欧米諸国に取られてしまっては全てが水の泡ですからね。……ああ、一応言っておきますが、貴方達大日本帝国ジャパンを馬鹿にしているつもりはありませんよ。敬意を持って、そう評しているだけですから」

「……それは、有難きお言葉として受け取っておきましょう」


 いずれにせよ、私達大日本帝国は、欧米諸国から下に見られていることは間違い無い。

 幕末に締結した、いわゆる不平等条約がネックとなっているからだ。使節団によって幾らか緩和はされたとはいえ、それでも地位の差は大きい。我々の国と大英帝国は、あくまで平等に存在していない。圧倒的高位に大英帝国が存在し、圧倒的低位に我々日本人が存在しているのだ。それが、占領されているされていないの問題ではなく、国として独立しているにもかかわらず、だ。

 

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