第二部10

 そんなことを考えていたら、周囲を機械人形に囲まれた。


「不味い、囲まれた……!? 何故だ。まさか我々を連行するつもりか」

「貴方達は、マーティン・アポカリプトの研究を知るためにやって来たのでしょう」


 声がした。

 その声がした方を向くと、そこには老齢の女性が歩いてやって来ていた。

 彼女の通る道を、機械人形は開けていく。それを見る限り、この村では地位の高い女性と見て取れる。


「……貴方は、いったい何者ですか?」

「私は、マーティン・アポカリプトの秘書を務めておりました」

「いました、というのは……?」


 リリィキスカは問いかける。確かに、言われてみれば、彼女もインドの山奥の村で、マーティンを補佐していた役割に立っていたはずだ。ということはリリィキスカと彼女は似たような関係性をマーティンと築いていたということになる。


「マーティン・アポカリプトは、数日前にこの場から立ち去っています。その際に、研究材料の一切を捨てるように命じられており、私はそれに従いました」

「なんてこった! ということは、いわゆる『マーティン・ノート』と呼ばれているものは……」

「マーティンは研究を纏めたノートを、常に持ち歩いていました。ですから、今は彼と共にあるものかと思います」


 それを聞いて一安心といった溜息を吐くガウェイン。

 しかし、問題は未だ未だ山積みである。


「ならば、彼は何処に消えたというのですか?」

「彼は……ロンドンに行くと言っていました」

「ロンドン……だって!?」


 ロンドン。

 それが何処を示しているのか、分からない私達でもなかった。

 イギリスの首都であるロンドン。彼はそこに向かったのだという。

 では、いったい何のために?


「貴方達には話しておかねばならないでしょう。……付いてきてください」


 そう言って、ゆっくりと踵を返す女性。

 今はついていくしかない。そう思った私達は彼女についていくのだった。



   ◇◇ ◇◇ ◇◇



「私の名前は、アリアナと言います。元はアメリカに住んでいました」

「アメリカ……ですか」


 アメリカは、未だ独立したばかりの新興国。イギリスとも良く戦争を繰り広げている国家だ。しかしながら、力をつけている今、世界の諸勢力に入り込む余地を残しているのだという噂を聞いたことがある。


「アメリカから、ロシアに渡り……私はマーティンと出会いました。マーティンには、義足を作って貰いました。ほら、この通り……」


 そう言って、彼女はスカートの裾を捲る。

 すると、機械化された足が目の前に出てきた。


「事故でも遭ったのですか?」

「そうですね。鉄道に轢かれました。足だけはどうしても助からず……」

「それはご不幸でしたね……」


 リリィキスカは、アリアナの言葉に頷くばかりだった。


「話を戻しましょうか。私と、マーティンは、僅か半年程度の出会いでした。しかしながら、マーティンはいろいろなことを教えてくれました。だからこそ、私は忘れられない経験を得たとも言えます。マーティンと出会ったからこそ、今の私があると言っても過言ではないのです」

「そうなんですか……」

「ええ。……何か、テンションがついていけていないような気がしますが、気のせいでしょうか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。……ところで、マーティンは何故ロンドンに行ったのか、分かりますか?」

「いいえ、そこまでは聞いていません。マーティンはもしかしたら、『ゼロ』を求めているのかもしれませんね」

「『ゼロ』を?」

「ええ。『ゼロ』は今マーティンと離ればなれになっているはずです。その『ゼロ』がマーティンと一緒になれば、きっと彼の手で百パーセントの力を発揮するはず。そして、それを大英帝国も望んでいると思います」

「……確かに『ゼロ』が百パーセントの力を発揮できるなら、我々もそれを望むだろう。だが、今『ゼロ』が何処に有るか分かったものではないというのに……」

「マーティンには、分かっているのではないでしょうか、『ゼロ』の場所が」

「可能性としては、ゼロじゃないでしょうね」


 言ったのは、アネモネだ。


「そもそも、『ゼロ』を作ったのはマーティンです。マーティンが知らないなら、誰も『ゼロ』に近づける訳がない。それは誰にだって分かりきっている話ですから」

「そうでしょう。そうだと思います」


 ん?

 今の会話に、何処か違和感を覚えたような気がする。

 今の発言は、まるで『ゼロ』が何処にあるのか知っているような発言ではないか?

 そんなような気がしたのだけれど――私達はそれを言うことは出来なかった。

 出来る筈がなかった。


「……では、ここには何もない。ロンドンに向かった方が良いでしょうね」

「そうだと思いますよ。それをオススメします」


 そう言って、アリアナはお茶を注ぎ始める。

 そろそろ帰るという段階なのに、今からお茶を注がれてしまっては、仕方がない。飲み干すしかないだろう。

 そう思いながら、私達は、そのお茶が注がれるのをただひたすら待つばかりだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Android Empire -機械帝国- 巫夏希 @natsuki_miko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ