第二部09
山間の村には、すんなりと入ることが出来た。
荒野の中に突如として出現したそれは、最初廃墟か何かでは無いか、と疑わざるを得なかった。
しかし、中に入るにつれ、徐々に子供達が遊んでいる光景が見えてきたり、わいわいガヤガヤとした人混みが見えてきたり(当然だが、言葉はさっぱり分からない)、村としての風景が見えてきて、少しばかり私はほっとした。
「ほっとした?」
アネモネの言葉に、私は息を呑む。
まるで彼女が私の心を読み解いたかのようなその言葉だったが、直ぐにアネモネは吹き出してしまう。
「……ぷっ、あはは! どうかしたのかしら。別に私は珍しいことを言ったようには見えないけれど。それとも、何。思っていることが的中したとか、そういう類い?」
「何故、分かるんだ?」
「偶然よ、当然そんなもの、分かる訳が無いじゃない」
「……だよな、そうであって欲しいものだ」
村の中心にある広場に到着した馬車は、ゆっくりと停止する。
「……それにしても、まさか本当に機械人形がここまで出来るとは思いもしなかった。……私も少しは考えを改めなくてはいけないのかもしれないな」
「そうよー。機械人形はもっと人間に近い行動を取ることが出来る。それも、『自分で考える力』が備わっていれば、の話だけれどね。備わっていない場合は、どれもこれも全部プログラムしてあげなくてはならない訳だけれど。それが厄介で面倒なのよね。だったら、マーティンが残した『心』についての資料を早く見つけて、『ゼロ』に次ぐ量産を目指さなくてはならない、という訳よ」
「それって、本当に出来るのだろうか」
「え?」
馬車を降りる私達。
アネモネの足が、その言葉を聞いて、立ち止まってしまった。
「『心』の実現だよ。それって本当に叶うのだろうか。出来るのだろうか。私達にそれを行うことが出来るのだろうか」
「出来ます。今の科学技術を舐めないでください。出来るからこそ、マーティンも大英帝国の力を借りて『心』を生み出したんです」
「……えっ?」
「知らなかったですか。マーティンは元々『エウレカ』の所属ですよ。でした、と言えばいいのかもしれないですけれど。『エウレカ』に所属していた頃の話は、私も又聞き程度にしか聞いたことはありませんけれどね」
「どうして?」
「私が所属した頃には、既にマーティンは失踪していました。……ガウェインの方が、彼については詳しいと思います。何せ、彼と共に研究していた人間の一人ですからね」
「えっ、そうだったんですか」
今までそんな素振りを見せてこなかったのに、突然の発表過ぎる。
もっと何か言う場面があったのではないか、と思ってしまうくらいだ。
「……私が何故マーティンの捜査に当たることになったのかは分からない。偶然によるもの、というのが一番のポイントなのかもしれない。だけれど、だけれどね。ガウェインが話してくれる内容は、どうにも彼を身近に感じざるを得ない内容ばかりだったのよ」
「それって……。未だ私達にも知られていない事柄、ということですか?」
「さあ。話はそこまでだ。マーティン・アポカリプトを探しに向かうぞ」
ガウェインの言葉を聞いて、私達はその内容から移動せざるを得なかった。
仕方無い。彼女にはいつかタイミングを見計らって話して貰うことにしよう。
「……でも、そんな簡単に見つかるものですか?」
言ったのは、アネモネだった。
アネモネの頭の回転には、目を見張るものがある。常に物事を正確に考える節があるし、それについて間違ったことだと気づいた場合は、直ぐに修正することも出来る。なんというか、今の我が国でもそんな人間は居ないんじゃないか、と思ってしまう程だった。
「人が少ない集落です。いちいち聞き込みをするのは面倒、なのが正直なところではありますが……しかしながら時間がありません。急いでマーティンを探し当て、その『心』の作り方を聞き出さなくてはならないのです」
「……先程、ポールから貰っていた手紙とも何か関係性があるのですか?」
「気づいていたのですか、手紙の件については」
「私には関係無い、そう言いたそうな表情を浮かべていますね?」
ぐっ、と歯ぎしりが聞こえる。
「私と貴方は一心同体の筈。そうバディを組んだ記憶があるのですが……どうやら上はそれを悪いことだと思っているのですかね? でも、バディを組んだのは上だし、その方針を掲げているのも上です。だったら、私達は何も悪いことをしていないし、貴方にしか手紙を出さない理由もはっきりと見えてこない。それもどうかと思うのですよ。それとも客人が居るからですか? いいや、それは答えにはならない筈ですが」
「……良いですよ、分かりました。手紙の内容について話します」
「ちょっと、ガウェインさん。良いんですか?」
ポールの言葉に少し引っかかる節があったが、私が止める問題でも無かった。
今話している話題は、『エウレカ』の内部の問題。つまり外部の人間である私と、竜一には何の関係も無い話。出来る事ならその話は、別の場所でやって欲しいぐらいだけれど、あまりそれについては答えない方が良いだろう。
「良いでしょう。別に悪い話でもありません。……手紙に書かれていた内容は、大変シンプルなものでしたよ。『ゼロ』の行方について、です」
それを聞いて、ポールが若干ほっとしたような表情を浮かべたように見えた。……まさか、違うのか?
しかし、アネモネはそれに気づかずに、ガウェインの顔を見ているばかりだった。
ガウェインの話は続く。
「『ゼロ』は現在、ウラジオストックに居るという話が浮上してきました。とどのつまり、この山間の村に居る可能性が非常に高い、ということです。だったら、都合が良いとは思いませんか?」
「何が?」
「『ゼロ』を見つけることが出来て、マーティンの研究資料も手に入れることが出来れば、我々は大手柄ですよ。本国から睨み付けられることもありません」
「それはそうかもしれないけれど」
「機械人形の研究が進歩すれば、我々の待遇も大きく変化することでしょう。それに気づかないのですか?」
「気づかないつもりは無いわよ。それぐらい……分かっている話だけれど」
「どうかなさいました?」
「気に入らない。本当に気に入らない。問題は、どうしてそれを私に伝えず、ガウェインにしか届かない仕様になっているのか、ということよ」
「……すいません、何せ遠くの国から届いているのです。その部署も私以外に誰が動いているかは分からなかったのでしょう」
「……貴方が謝る必要は無いでしょう、別に」
アネモネの表情はすっかり柔和しているように見えた。
しかし気になるのは、ポールの浮かべた表情だ。一瞬ではあったが窺わせたあの表情、気になる。やはり何かを隠しているのでは無いだろうか。
どうして?
どうして隠さなくてはいけないことが起きているのだろうか?
それは――実際に聞いてみないと分からないと思う。
けれど、それを聞いてみたところで、答えてくれるとは思えない。
だとすれば、どうすれば良いのか。
その事実を、アネモネに伝えるか?
いや、伝えたところで物事が解決するとは思えない。大英帝国が何を企んでいるのかは知らないし、私達の窺い知るところでは無いからだ。
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