第二部08

 ロシア、ウラジオストック。

 と言ったところで、私にはロシア語が分からない。

 それはアネモネ達も同じような意見だった。


「だから、『エウレカ』のロシア支部から人を出して貰うようにしたわ」

「『エウレカ』って大英帝国だけに存在しているんじゃないのか?」

「いいや。そんなことは無いよ。世界各地に『エウレカ』は存在している。だってそうしないと何かあった時に問題が生じるでしょう?」


 そういう物だろうか。

 いや……そういうことにしておこう。

 あまり考えたところで、それが無駄になってしまうのが今の現状なのだから。


「……アネモネさん、ですね?」


 待ち合わせ場所でしばらく待機していたら、一人の男性が声をかけてきた。

 コートを着た、長髪の男性だった。帽子を被っており、表情を窺い知ることが出来ない。


「あなたが、ロシア支部から来た方かしら?」

「ええ、その通りです。ポールと言います。よろしくお願いします」


 ポールは帽子を外す。すると精悍な顔立ちがその場に現れる。

 整った顔立ちだった。目鼻はキリッとしており、私よりも高い。数倍というレベルでは無いけれど、二倍はあるだろう。まあ、大英帝国人は皆そういうものだ。忘れろ忘れろ。


「……ポール、貴方は今回の事件についてどれくらい知っているつもり?」

「事件、と言いますと」

「言わせないで。マーティン・アポカリプトが行方不明になったことは、立派な『事件』よ」

「『事件』というのは少々言い過ぎな気がしますが……。まあ、良いでしょう。マーティン・アポカリプトが行方不明になった件は既に我々の耳にも届いています。独自に調査を進めていますが、まったく手がかりが掴めていません。しかし、貴方達がやってきた、ということは」

「ええ。マーティン・アポカリプトは、ウラジオストックの山間の村に住んでいる、という証拠よ。これはマーティン本人からやってきた手紙から得られた情報だから、純然たる証拠と言っても過言では無い。……『エウレカ』本体にも連絡はしているのだけれどね。連絡をしている暇があるなら、さっさと行ってしまった方が良い。そう思ったのよ」

「確かにその通りかもしれませんが……」

「『エウレカ』はマーティン・アポカリプトの研究を欲しがっている。それは事実。そうして、私達がやるべきことはマーティン・アポカリプトの確保。だったら、マーティン・アポカリプトの確保に動いた方が良い。そうとしか思えないでしょう? 本体の意見を待つよりかは断然良い」

「……ガウェインさんもそれで」

「ああ、問題無いと判断した」


 何故、そこでガウェインに問いかけた?

 今までの判断なら、普通、アネモネが上司ということで、アネモネの判断のみで通されると思っていた。

 しかし、その話を聞いた限りだと、アネモネの意見以外にも一応ガウェインの意見が通る、ということになる。

 いや、寧ろ。

 ガウェインは、アネモネの監視役という役割を持っているのでは無いか?

 あくまでも私の持論にしか過ぎないのだが、アネモネとガウェインはお互いがお互いを管理し合っている存在なのでは無いか。

 だから、ガウェインの意見を聞くに至った。

 お互いがお互いを監視し合って、何か変な行動を取らない為に。


「……ならば、問題無いでしょう。私もそれに同行させていただきたく思います」

「ええ、問題無いわよ。その為にロシア語が堪能である貴方に、来て貰うことにしたんだから」

「ロシア語が堪能?」

「あら? 話していなかったかしら。『エウレカ』の各国に存在する支部に居る人材は、大半がその国で捜査を進める為に、その国の言語は完璧にしているのよ。勿論、大英帝国訛りはあるかもしれないけれど、そこについては目を瞑って貰うことにして」

「ははあ、成る程」


 ならば問題無いだろう。

 そもそも、私達は『エウレカ』の捜査に同行しているだけだ。『エウレカ』の指示いかんによっては直ぐ本国に帰らなくてはならないことも有り得る訳だ。今のところは問題無い訳だけれど。


「……では、向かいましょう。馬車を用意しています」


 そう言って。

 すたすたとポールは歩いて行ってしまった。

 ガウェインとアネモネもそれに付いていく。

 ええい、何というか、大英帝国人は歩くのが速すぎるような気がする。

 それを今更突っ込んだところでどうだ、という話な訳だが!

 ウラジオストックの出口に、馬車が一台用意されていた。馬車には、機械人形が乗っている。


「この機械人形は……運転手の代わりか?」


 私はアネモネに問いかける。


「ええ。嫌いだとは言わせないわよ。貴方だって、『秘書』として機械人形を使っているんだからね。……ま、機械人形は今こういう難しい作業でも操作出来るようになったから有難いものよね。でも、それが出来るってことは今生きている人間の仕事を奪うことになる訳だけれど」

「……それについては、致し方無い、という話が出ているんじゃないのか?」

「とは言っても、本国でもそれは意見が分かれているところでね」


 本国、というのは彼女の場合は大英帝国か。


「単純作業だけを置換するべきか、それ以外の作業も置換するべきなのか。もしそうであったとしたら、置換されてしまった人間の代替措置はどうするべきなのか。それが大きな問題になっている。……まあ、仕方無いことよね。確かに、それは問題になっていても」

「……それは、日本でも同じことだと思う。きっと同じような出来事が起こるのだろう」

「『不死の軍隊』」

「……何?」

「我々、大英帝国の人間が一人、そんなことを考えたことがある。機械人形を軍人に仕立て上げて、我々人間を大将として遠隔操作をする。そうすることで、戦争は人間対人間から、機械人形対人間、或いは機械人形対機械人形という代行戦に成り下がってしまうだろう、とね」


 馬車の扉が閉まる。

 そしてゆっくりと馬車は動き出した。


「しかし、それは実現出来ることなのか? 機械人形の知能が上がらない限り、やはりそれは不可能な問題なのでは……」

「機械人形の霊気は既に進化を遂げている。そしてそれは我々の思考を遥かに上回るくらいだ。それが実現することも珍しくないでしょう。……そして、きっと彼はそれを恐れたのでしょうね」

「恐れた?」

「自らの研究が、戦争に使われるのを」


 馬車が速度を上げていく。

 窓から景色を見ると、どんどん山を登っていくように見受けられた。

 そして、私達の乗る馬車は山間の村へと向かっていく。

 まるで、そこに吸い込まれるように。まるで、餌を求める魚の如く。


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