第二部06
それに、聞いた話に寄れば如月教授は工学学科の人間だという。なんというか、ますます門外漢だ。機械人形を作るにあたって工学系の知識は独学で学んできたとはいうものの、教授などほかの人間に頼ることはなかった。否、出来る筈がなかった。そもそもの話、個人で機械人形を作ること自体が禁止されているのだから。
アネモネは鼻歌を歌いながら校舎を歩いて行く。
それにしても、彼女の青い髪、その風貌は目立つ。開国してから幾星霜とはいうものの、未だ未だ外国人が世間一般に浸透していない以上、彼女のような存在は歩くだけで目立つというものだ。
「何か騒ぎが起きていると思いきや……、まさか貴方ですか」
言ってきたのは、生物学科の深谷教授だった。
深谷教授は学科長を務めていて、さらに私の指導教員も務めていた。大方、私を国に撃ったのも彼だろう。
「まさか戻ってくるとは思いませんでしたねえ……。貴方、機械人形を個人で作っていたのでしょう? どういう存在かは、貴方も知っている筈ですが」
「ええ、知っていますよ、知っていますとも! だから貴方は通報したのでしょう。私を、国立機械人形研究所に」
「通報、などと人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。私は学内の保全に全力を尽くしたまでだっ」
そう言われて仕舞われたら仕方が無い。
問題は、如月教授についてだ。
「ところで、先生。一つお聞きしたいことが、いや、二つか、あるんですけれど」
「何でしょう。私の分かる範囲であれば何なりと」
「一つ。如月英次という男を知っていますか」
言ったのは、私ではなくアネモネだった。
アネモネという異国人からのクリーンヒットを受けて、何が何だか分からない状態に陥っている深谷教授。
ざまあみろ、と笑ってやりたくなったが、それはそれとして。
「二つ。ルイス教授をご存知ですか。C.R.ルイスという名前の男が病院に収容されてはいませんか」
「……急に貴方から発言されてしまったので、私の脳が混乱してしまいました。少し整理の時間を頂きたい。確認もしたいので少しお待ちいただけないでしょうか」
「構いません。どれくらいでしょうか。狸寝入りは困りますよ」
「良く日本の言葉をご存知で。……ええと、一時間ほどいただきたい。その間は、そうですね、丸子君。君の研究室にでも案内しなさい。後で私もそこに向かうことにしましょう」
「ええっ。私の研究室ですかっ」
最近掃除していないから客人を招くにはかなり困った状態であることは深谷教授も良くご存知のはずでは!
「ええ。そうです。貴方の研究室です。何も問題は無いでしょう? ああ、一応言っておきますとあれから何も変えていませんからご安心を」
◇◇ ◇◇ ◇◇
という訳で。
私の研究室にガウェイン、アネモネ、リリィキスカに竜一を招き入れた訳だが。
私の研究室の設備について簡単に説明しておこう。机や床の至る所には機械人形についての資料が散見されており、冗談抜きで『足の踏み場が無い』程だ。ソファが二つ置かれているが、一つには衣服が大量に置かれており、もう一つも書類の山と化している。ちなみに衣類が置かれている方は私が普段寝泊まりしているために置かれているだけであって、きちんと洗濯はされている。掃除がされていないだけだが。
「……何でまあ、研究の徒というのは、こうも掃除が苦手なのでしょうね?」
アネモネの問いには、本当に何も言い返せなかった。
「ええと、私は別に悪くないと思いますよ……?
リリィキスカは慰めているようだが、完全にそれは私にとって被害を甚大なものにさせているのだということに気づいてくれないだろうか。いや、気づいてくれないだろうな。
ソファの荷物を片付けて何とか彼女たちにはそこに座って貰うことにした。汚い空間ではあるが、我慢して貰うほか無い。
「済まないな。このような空間に閉じ込めてしまって。……窓を開ければ、多少は換気にもなるか」
そう言って私は窓を開ける。日差しが眩しかったがそんなことはどうだって良い。
「わっ、ちょっと、眩しいじゃない。カーテンをしなさいよ、カーテンを」
「五月蠅いな、分かっているからちょっと待ちたまえ」
私は遮光カーテンをする。若干暗くなってしまったがそんなことは知ったことでは無い。第一、カーテンを閉めろと言ったのはそちら側だ。そちら側が害を被ることになったとしても、私は何も知らない。知らないからな!
◇◇ ◇◇ ◇◇
「……済まない済まない、会議が長引いてしまってね」
結局、深谷教授が私の研究室にやってきたのはそれから二時間後のことだった。一時間半経過した頃には、アネモネも心配しだして「本当にやってくるのでしょうね?」などと言っていたのだがこれで一安心。私は安心して教授の話を聞くことが出来る、という訳だ。
深谷教授は封筒を一つ持っていた。何か説明資料でも入っているのだろうか。
深谷教授に椅子を用意すると、「済まないねえ」と言いながら腰掛けた。通報したのはそちらの方だろうが、と未だに根に持っていることを思いながら、私はソファに腰掛けた。
「先ず、良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
ほう。そう来たか。
このパターンはどちらも悪いニュースな予感がしてならないのだが。
一応今回の権利はアネモネに委ねることにした。
「アネモネ、どちらが良い?」
ガウェインの言葉に、アネモネは急かされるようにして、
「良いニュースから聞かせて頂戴」
とだけ言った。
「了解。良いニュースだけれど、如月教授とのアポイントが取れた。要するに面会出来るようになった、ということだね。これでも私は生物学科の学科長である訳で、とっても偉い訳なのだよ。少しは感謝して欲しいものだね。無断で機械人形を個人で作成した君と、工学学科の秘宝と言われる彼を会わせるのにも苦労した訳なのさ」
だったらアネモネ達だけでも良いじゃないか、という突っ込みは野暮なので辞めておく。
「それで、悪いニュースは?」
「C.R.ルイスだが、数日前に亡くなったよ。病死だ」
えらくあっさりと言われてしまって、最初何を言っているのかさっぱり分からなかった。
しかし、言葉の一音一音を噛みしめて聞いていくと、やがてその答えを理解していくようになる。
「ルイス教授が、亡くなった……?」
「ああ。病に苦しんで亡くなった、と看護婦は言っていたよ。ちなみに病名は結核だ。……まあ、結核なら確かに治らない病気だ。寧ろ良く一年以上も生きていくことが出来たと思っているよ。それはこの病院の技術が発達していることが要因なのかもしれない訳だが」
「……そんなことはどうでも良いです。ルイス教授は、遺書などは残していないのですか」
「良いところを突いてくるね」
深谷教授は不敵な笑みを浮かべて、封筒からさらに小さい封筒を取り出した。
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